フレアスカートじゃ闘えない
「ごめん、招集がかかった。行かなきゃ」

さっきまで優しい笑顔で「おいしいね」とソフトクリームを食べていた顔が一瞬で険しい表情になる。

ああ、今日もだ。

出久くんのスマホが鳴ると大体こうなる。
だからわたしは、出久くんと一緒にいるときに心が休まったことがない。
今日は何時間一緒にいられるのだろうか。
あのスマホはいつわたしから出久くんを取り上げてしまうのだろうか。

いつもハラハラしながら出久くんの隣にいる。
そして出久くんが「ごめん」と申し訳なさそうにするのを、内心すごく「やだな、行って欲しくないな」と思いながらなんでもないかのように見送っていた。

あと何回こんなことが続くのだろうか。
出久くんが現場に向かい、1人公園のベンチに取り残されたわたしはため息をつく。

ヒーローである出久くんと付き合っているのだから、こういうことがあることなんて百も承知だったはずなのに、いつしかこの状況に耐えきれなくなりそうな自分がいる。

わたしが我慢するだけで、何人もの人が出久くんに助けられて。
そもそも、わたしがこうやって呑気に公園に座っていられるのもヒーローが街の平和を守っているからだというのに。

出久くんがヒーローじゃなかったら良かったのに。
わたしを優先して欲しい。
なんて思うのは最低だ。

こんな考えが少しでも浮かんでしまうわたしが、出久くんの隣にいていいわけが無い。

自分を否定する理由に出久くんを使ってしまう最悪な人間。
出久くんといると、自分の嫌なところがどんどん暴かれてしまう。

「出久くん!?あれ、さっきニュース速報に出てたのになんでここに」
「アハハ…なまえちゃんの顔がどうしても見たくなって、来ちゃった。急にごめんね」
「脱獄したヴィラン捕まえたんでしょ?怪我は?」
「大丈夫!このとおりピンピンしてるよ!」

出久くんは、よく事件を解決するとわたしの家にやってくる。
わたしは出久くんが怪我をしないか毎回心配でたまらないのだけれど、それが伝わってしまっているからかもしれなかった。
出久くんは人の気持ちを汲み取ってくれる人だから、わたしに心配をかけないようにしてくれるのだろう。

出久くんの優しさに胸がギュッとなる。

ヒーロー活動を心から応援できてないわたしにここまでしてくれる出久くん。
自分が醜くて苦しくなってしまう。

ヴィランを倒したからそこで終わり!とはいかないだろう。
きっと、あとの処理だってあるし、近くにまたヴィランが出没すれば駆けつけなければならない。
そんな中でわたしに会いに来るなんて、とんだ負担だ。

わたしはお荷物になりたいわけじゃないのに、出久くんに「ごめん」と言わせるばっかりで。

だから、もう全部終わりにしたかった。

「出久くん、あのね、わたし、出久くんと別れたいの」
「え……?」
「出久くんといると、自分のことがどんどん嫌になるの。だから…」
「え、……え?」
「だから、ごめんね。さようなら」

出久くんは、自分のせいでわたしが嫌になっていると知ったら、きっと何も言えなくなる。
彼は優しいから。

そんな出久くんの性格につけ込んで、別れを告げた。
出久くんを傷付けて。

出久くんのために別れるんじゃない。
自分のことをこれ以上嫌いになりたくなかったから。
最後まで自分本位で、わたしはわたしのことが世界で1番大嫌いだった。


別れてからの出久くんは、ヒーローとしての目覚ましい活躍を見せていた。

事件解決数はぐんぐん伸び、ついにはトップに躍り出た。
ニュースで出久くんを見ない日はない。
つぎのヒーロービルボードチャートは上位間違いなしである。

嬉しい反面、やっぱりわたしが出久くんの足枷になっていたのだなと思う。
かつてデートにあてていた時間は休息にできているだろうし、わたしに会いにわざわざマンションまで足を運んでいる暇があれば事務所でほかのヒーローの個性を分析して戦い方の幅を広げているんだろうな。あるいは、わたしよりももっと出久くんを癒してあげられるような女の人が……

もやもや。
自分から振っておいて、これはない。
未練タラタラで、わたしは出久くんと別れてもやっぱり自分のことが嫌いだった。

もう、出久くんと別れてから、1年が経とうとしていた。