わるいこだって叱ってね

「う…」

ザワザワと音が聞こえて目を覚ます。
わたし、どうしたんだっけ…?
ヴィランに見つかって、それから……

「おう、起きたのか。ちょうどいいや。人質が怖がってた方がヒーローも手を出しにくいだろうからな」
「え…?」

どうやらわたしは、ヴィランに抱えられていたらしい。
目の前にはヒーローが何人かいて、わたしは人質となっているようだった。
わたしが目を覚ましたと分かると、ヴィランはわたしをゆっくりと地面に下ろすと同時に自分もしゃがみ込んだ。
不自然な動作に違和感を覚える。

「ひっ……!」

首に腕が巻きついたかと思うと、ヒヤリとした感触がした。
ナイフを突きつけられているとすぐに気付いた。

その光景を見ていたヒーローが顔を歪める。
こうなってしまうと手の出しようがないのだろう。

ヒーローを一人一人見る。
出久くんは、いなかった。

「はやく俺から離れな!さもないとこの女の命はないぜ」
「くっ…!」

ヒーローがヴィランの言うことに従って少しずつ後ろに離れていく。

それに気を良くしたのか、ヴィランは不気味な笑みを浮かべてわたしに顔を近づけた。

「お前はこのまま俺の家に連れて行く。俺は女に囲まれて生活するのが夢だからな。好みの女を攫っては自分の召使いになるように洗脳するんだ」
「や…」
「たっぷり奉仕してもらうぜ。あんなコトやこんなコトもな」
「やだ!いずくくん!」

ゾッとして、思わず名前を呼ぶ。

「なまえちゃん!!!」

空耳かと思った。
だって、あまりにも都合が良すぎる。

「な、なんだ!?どこから!」
「その子から離れろ!!!」

ヴィランがキョロキョロと辺りを見回すと、物凄いスピードで出久くんが死角から飛び出してきた。

「ぐわ!!!」

出久くんがヴィランの顔を殴る。
勢いのよさにヴィランの身体は吹っ飛んだ。

それと同時に手を出せていなかったヒーローが一斉に確保に向かう。
一瞬のことだった。

ポカンとして動けずにいると、出久くんがこっちを向いた。

「なんですぐに連絡しなかったんだ!」

出久くんが、わたしの方に駆け寄ってきたかと思うとすごい勢いで掻き抱いて、そう怒鳴った。
ギュウ、と痛いくらい出久くんの腕がわたしの背中にまわる。
まるでわたしの存在を確かめるようだった。

「…現場の状況が、無線から流れてきたんだ。キミは意識を失ってた」
「……」
「そのとき、ヴィランが言ったんだ。“この女は望んで俺に捕まったんだ”って」
「…ちがう…」
「そんなわけないっていうのは分かってた。でも、アイツから逃げてる途中、通報しようと思えばできたはずなのにしなかったって知って」
「……」
「誰でもいい。助けを求める相手が僕じゃなくてもいいから、頼むから………」

出久くんが、言葉に詰まる。
抱きしめられてるせいで、表情は見えない。

「出久くん…?」
「…心臓が、止まるかと思った」
「……」
「ナイフを突きつけられてるキミを見たとき、頭が真っ白になった。キミがしぬかもしれないなんて最悪な想像までした。こんな思いをするのは二度とごめんだ…!」
「ごめん、なさい…」

わたしから出たか細い声に、出久くんがハッとする。

「ごめん!謝って欲しかったわけじゃなくて…!」
「ううん。わたしが悪いよ。付き合ってたときだって出久くんの負担にしかなってなかったのに、別れてからも助けてもらっちゃうなんて、迷惑ばっかり」
「そんなことないよ!」

出久くんが大きな声を出してわたしの言葉を遮った。

「違うんだ、そんなふうに自分を追い詰めて欲しいわけじゃなくて、僕が言いたかったのは…」

出久くんが、腕の力を強めるのを感じる。
出久くんとの間に、1ミリも隙間なんてないくらい、ギュウウと強く抱かれていた。

「……無事で、良かった……」

わたしの首元に息がかかる。
ため息まじりで放たれた言葉は、安堵に満ちていた。

「出久く…」

出久くんのそれに釣られて、わたしまで肩の力が抜ける。
助かったという実感がようやく湧いてきて、涙がポロリとこぼれ落ちた。

「怖かった……しんじゃうかとおもった」
「うん。よくがんばったね」
「いずくくん、いずくくん…!」
「よしよし」

泣きながら大好きな人の首にすがりついて名前を呼ぶ。
助けてって言えなかったのに、気づいてくれた。
犯人の家に連れて行かれる前に助けてくれた。

「助けてくれて、ありがとう……」
「遅くなっちゃってごめんね」
「次からは、助けてってちゃんと呼ぶようにする」
「次はないとありがたいんだけどなあ」

苦笑いをしたようにハハ、と小さく笑ったのが聞こえた。
たしかにそうだ。

「なまえちゃん」
「ん?」
「顔、見せて」

出久くんがわたしの両肩をそっと掴んだ。
出久くんの体温から解放される。
少し、名残惜しいと思った。

出久くんと真正面で向き合う形になった。
ああ、本物の出久くんだ。

「うっ」
「え、なあにどうしたの!?」

出久くんが急に口元を抑えてバッと横を向いた。

「ずっと、会いたいなって思ってたから、いざ現実になると直視できなくて!」
「えっ」

そんなことを顔を真っ赤にして言われるものだから、わたしまで顔が赤くなってしまう。

「…未練がましくてカッコ悪いけど、僕は…なまえちゃんのことが、まだ好きなんだ。さっきは、誰でもいいから助けを求めるように言ったけど、本当は、僕がキミを助けたい」
「…出久くんは、カッコイイよ。みんなそう言ってるよ」
「みんなじゃなくて、キミじゃなきゃ意味ないんだけどな…」

出久くんが自虐するように笑う。
わたしだって、例外じゃないのに、まるでわたしはそう思ってないみたいに出久くんは言う。

「僕と別れるとき、言ったよね?僕といると自分のことが嫌いになるって」
「うん…」

出久くんのことが好きだからこそ、出久くんに相応しくない自分が嫌いになった。

「キミが自分のことを嫌いになる以上に僕がキミのことを好きでいるから、だから」
「……」
「また、僕の恋人になってくれませんか?」

夢みたいな言葉だった。

「…それに応える前に、わたしもひとつきいていい?」
「なに?」
「出久くん、また、わたしのヒーローになってくれますか?」

出久くんは、わたしの言葉に目をぱちくりさせて、もちろんと笑った。