箱庭の番人


「あ、ごめんね。いま消すから」

唐突に主語もなく言ってくるものだから、何のことを言っているのか分からず数秒沈黙する。
なまえは基本的に喋るのが下手くそで、こういったことがよくある。

「消さなくていい。気に入っているからかけているんだろう?」
「でも…」
「俺のことなら気にするな。寧ろ音楽が掛かっていた方が落ち着く」
「そう?ならかけたままにさせてもらうね」

考えた末、出した返答は大当たりなようだった。

こんな夜に唐突に電気を消そうとするのはおかしい。
本番が近くて喉の調子を悪くしないよう俺が生活の隅々まで気を遣っていることを知っているのに加湿器を消すような奴じゃない。
となると、答えは一つ。

出会った頃からなまえが好きでずっとDVDやらグッズやらを集めているアニメのサウンドトラックを指しているのだ。

この部屋はなまえの好きなもので溢れている。

なまえの気に入っている暖かい木目のテーブル。
好きな色だと言っていた淡いブルーのカーテン。
よく連絡をよこしてくれる家族の写真。
なまえが絶対に離さず一緒に寝ているクマのぬいぐるみ。正直言ってこれは色々な意味で邪魔なのではやくどこかへ行って欲しいのだがぬいぐるみが勝手に動いてくれるわけもなく、ベッドで2人並んで寝る時は少し窮屈な思いをしている。

「キョロキョロしてどうしたの?」

なまえが不思議そうな顔をしながら紅茶を俺の前に置いた。
ありがとう、と言うと、「最近ハマってるんだ。海斗くんも飲んでみて」と隣に座った。

うん。おいしいな。

「この部屋はなまえの好きなものばかりだなと思ったんだ」
「わたしのお部屋だもん。そりゃそうだよ」

急にどうしたのとなまえはクスクス笑う。

「何度も来てるのに、急にキョロキョロするからビックリしちゃった」
「すまない。悪気があったわけでは無いのだが」
「別にいいよ」

人に部屋をジロジロ見られるのは俺だったら気恥ずかしいが、なまえは本当に何も気にしていないようだった。

「これだけ気に入っているものに囲まれたら帰宅するのが毎回楽しみになりそうだな」
「うん。でもね、海斗くん」

気にしてなさそうとはいえ、やはり人の部屋を見すぎるのは良くないという結論に至った俺は先程のマイナスな言動を挽回するべくフォローを入れてみる。

そんな俺の思考など微塵も知らないなまえはニコニコしながらこちらに近づき、俺にギュっと抱きついてきた。

「このお部屋の中で一番好きなのは海斗くんだよ!」

悪いが、そういうことらしいぞ。

目線の先にあるベッドの上のクマに心の中で話しかける。
こんな恥ずかしいセリフに心底喜んでしまうくらいには、俺はこの優越感が心地良い。