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ガラガラ。
教室のドアを開けて自分の席に向かおうとすると、莉乃が勢いよく向かってきた。

「なまえ!」
「りっちゃーーーん!」

莉乃の姿を前にしたなまえは腰に抱きついた。
ネイバーに襲われてしにかけた経験をした上、記憶を消されそうにあった。
全て未遂であるが一日に色々なことが起きすぎて莉乃に会うのも随分久しぶりな気がしていた。
突然のことに莉乃は驚いた様子であったがなまえはすり寄る。

「え、な、なに…どうしたの」
「もう二度と会えないかと思ったよ…」
「はあ?」

莉乃は何をおかしなことを言っているのだか、とでも言いたげな顔であるが何せなまえは昨日、しにかけた。
間一髪のところで出水に助けられたからよかったものの、もし出水が来なかったら確実に今日という日を迎えることはなかっただろう。
莉乃との再会もかなわなかったことを考えるとぐずぐずと腰に抱き着いていることも当然と言えた。
まあ、そんな事情などみじんも知らない莉乃からすれば変な行動と思われるのは仕方のないことなのだが。

「ねえあんた今日おかしくない?昨日もラインしたのに既読もつかないし…中島と一線こえちゃったのかと思ったよ」
「いっ!?」

い、一線!?
なまえはギョッとした。
そういったことに関心がないわけではないが、現在彼氏もおらず、恋愛面に関して疎いため、高校生のうちはまず縁がないだろうと考えていたのだ。

「え、まさか本当にこえた?」

あまりにも大げさな反応を取ってしまったため誤解をされてしまい、さらに焦るなまえ。
完全に逆効果である。

「こここここえるも何も、わたしと中島くんはそういった関係では…」
「アハハ!焦りすぎ!」
「りっちゃん!」

莉乃にからかわれたなまえは落ち着きを取り戻すため、ゆっくりと昨日のことを思い返した。

昨日、なまえは学校帰りに中島に告白された。
しかし、運悪く中島が去った後でネイバーに襲われてしまい、危うくしにかけたがクラスメイトでボーダー隊員である出水のおかげで救出され、難を逃れた。
そして、ここだ、ここからが問題なのだ。
どうやらボーダーに関する事項は機密事項が多いらしく、襲われた人は記憶を消されなければいけないらしい。
自分も記憶を消されそうになったが──

こうしてなまえは昨日のことをバッチリと覚えている。

なまえは運がよかった。
昨日、なまえが記憶を消されそうになった瞬間、つまり研究員が装置を操作しようとしたとき。
突然遠くから爆音がしたのだ。

「な、何の音だ!?」
「ネイバーか!?」

研究員たちのただ事ではないような雰囲気になまえもごくりと唾を飲み込んだ。
ネイバーって、さっきのやつ…?
ここの人たちは戦えないのか。
ボーダーの隊員がどれほどのものか知らないけど、出水くんが強いということはなんとなく分かる。
きっと今も出水くんがいればこんなに焦ることもなかったのかもしれない。

出水がはやく来ないか、と自分の服を握りしめていると、上層部と連絡を取っていた研究員が叫んだ。
「大丈夫!ネイバーじゃないそうだ」

他の隊員はホっと息をつく。
「そうか」
「びっくりした…俺たちが襲われたんじゃ抵抗もなにもないからな」
「まあ今の時間だったら太刀川さんや二宮さんがいるからすぐ来てくれただろうけどな」
「で、結局なんだったんださっきの音」
「どうやらC級隊員が訓練中に基地の壁を突き破ったらしい」
「なんだそりゃ!?」
「化け物じゃないか!」

予想外の出来事に興奮気味の研究員たち。
なまえは状況が呑み込めず、黙ってそちらを見ていると先ほど装置を操作していた研究員と目が合った。

「あ、ええとどこまでやったんだっけ、オレ」

チャンスだ!
なまえはこれまでの人生で一番の勝負に出ることにした。

「あの…ここはどこですか?」




結果的になまえは勝負に勝った。
記憶が消されたふりなど、やったことがあるはずもなくぎこちない芝居だったと思うが、研究員は知らない場所で知らない人間と話していることへの困惑と受け取ったらしい。

どこまで消されることになっているのかわからず探り探りで芝居を打ったが、告白された後から消えているという設定で正解だったらしい。
こうしてなまえは記憶を消されず、朝を迎えることに成功したのであった。