前日譚

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 終わりは、いつだって唐突に訪れる。
 やりたいことがある。見たいものがある。会いたい人がいる。
 すべてが終わるまで死ねない。
 たとえ惰性で未来のない、無意味な人生であっても。
 意味があるのなら、理由があるのなら、まだ生きなければ。

 しかし、ある日突然のことだった。
 私の人生はあっけなく終わった。

 死因は憶えていない。けれど代わりに、死の記憶≠ェ刻まれた。
 気がつけば、私の意識が覚醒していた。
 終わりは突然やってくる。同時に、始まりも前触れがないものだ。



「がはぁっ」

 ――巫幸祈として誕生して、17年。
 幼少期から様々な経験を積んだ結果、屈強な男を一撃で倒せるほど強くなりました。

 ……笑えない。花の女子高生としてどうなの?

「あの……! ありがとうございました!」
「どういたしまして。この辺りは危ないから、気をつけてね」
「はい!」

 悪質な不良男子に絡まれていた少女。
 素直な返事に自然と淡い笑顔が浮かぶ。
 すると、少女の頬が紅潮した。

 あれ? なんで?

「あの、えっと……巫幸祈先輩、ですよね?」
「え? そうだけど……先輩? もしかして学校の1年生?」
「はい。お会いできて光栄です!」

 え、光栄?

 不思議な言葉にきょとんとすると、少女は拳を握って力説する。

「巫先輩は有名ですよ? 綺麗な薄い茶髪と金目銀目が特徴のハーフで、モデルみたいな美人さんですし、成績は上位で優等生なのに、不良を倒すほど強くて優しくて! 学校のヤンキーだけじゃなくて、地元で有名なレディース暴走族にも慕われて……みんなの憧れなんです!」
「……それは……なんだか恥ずかしいかも」

 この話は幼馴染から聞いているから自覚している。けど、平穏無事な日常からかけ離れた有名人という事実は嫌だった。
 特に、この通り名は。

「夜叉姫って異名の通り、素敵でした……!」

『夜叉姫』。あらゆる不良を潰し、それでいて慈悲の心を持つ最強の女。

 ――というのが謳い文句。
 そして、それが私の異名。

 いったい誰が付けたんだか……。

「ありがとう。ところで、時間は大丈夫?」
「あっ……! あのっ、助けてくれてありがとうございました! 学校でまた会えたら、その時はお礼させてください!」
「うん。気をつけてね」

 軽く頭を撫でて、ひらりと手を振って少女を見送る。
 一人になって、深く溜息を吐く。

「『普通』になりたいのに……何でこうなるかなぁ」

 前世からの目標で願いが、「普通の人生を歩む」こと。
 生まれた家庭が特殊で、それによって特殊能力を具えちゃって、嫌なものを視たり体験したり……。
 いろいろと大変で、不思議な出会いも経験もした。
 特に奇数な運命だと思ったのは、幼稚園時代のこと。

「あ、幸祈!」

 駅前の広場に出ると、幼馴染と遭遇した。
 癖のある黒髪に、青い瞳の少年。格好良さと綺麗さを併せた顔立ち。
 ごく普通の一般人だけど、善性と社交性から友達が多く、誰とでも仲良くなれる特技を持つ。

 名前は、藤丸立香。

 ……この名前を知る人は、理解できるだろう。この世界が【Fate/シリーズ】というゲームの世界で、彼が【Fate/Grand Order】の主人公だと。
 デフォルトの名前で男主人公である彼と幼稚園児の頃に出会い、近所付き合いもあって幼馴染になったのだ。

「立香? 買い物?」
「友達とゲームセンターに行ってた。幸祈は?」
「私は買い物。趣味に必要な材料の買い足し」
「もしかして、レジンのアクセサリー?」

 そう、と頷けば、立香は目を輝かせた。

「次はどんなのを作るつもり?」
「凄く綺麗な夜光石があったから、宇宙っぽいデザインにしようかなぁって」
「それ絶対売れるやつ! 誕生日にくれたストラップ、かっこよくて友達も褒めてたし」

 そう言って肩に下げている鞄を見せる。紐の付け根の金具に、クリスタル型の青いオルゴナイトのストラップがついている。
 ライトブルーの樹脂の中には、本水晶、アメジスト、小さな星のゴールド、十字架のシルバー、青く光る三日月型の夜光石、シルバーチェーンをつけるための王冠の金具を組み合わせて作成した。

 ネックレスにも向いているこれは、実はお守り。
 効果は様々で、首を突っ込まない限り、彼に危険は及ばない。

「あ、そのネックレスも手作り? 初めて見るけど」
「うん。夜桜をイメージして作ったの。樹脂を瑠璃色に染めるの難しかった」

 瑠璃色だけでははっきりと中身が分からないから、底から重ねつつ馴染ませる要領で、無色透明、薄青色、青、瑠璃色のグラデーションに染めた。その中に、本水晶、蝶型のシルバー、押し花のように乾燥させた天然の桜を裏表に一輪ずつ、最後に三日月・星型の夜光石を上部に込めて作ったオルゴナイト。
 ペンデュラム型で、金具の付け根に桜×クロッシングスターのシルバーチャームをつけた。

 手に取って見せると、立香は「すっご」と感嘆した。

「ちなみに、このウエストポーチも手作り」
「……職人になれるよ」
「買ってくれるかな? 制作費込みだと高額になっちゃうけど」
「オレの友達なら絶対買う」

 幼馴染の断言は本気だ。嘘は滅多につかないし、つくとしても守るための無害な嘘。
 だから私は彼を信頼している。なんせ私には害悪を見極める「眼」があるのだ。

「あれ? 献血サービスって……今朝あったっけ?」

 立香が広場の隅にある献血サービスの車を発見する。
 そういえば無かった気がするけど……ちょっと待って。

 今年、私と立香は17歳。今は7月下旬で夏季休暇中。そこに献血サービス……。

「……やってみる?」
「……そうだなぁ。やってみよう。幸祈は?」
「私も」

 きっと巻き込まれないだろうけど、気になって参加することにした。



 献血サービスの後、家に帰宅した。
 誰かに尾行されていたので、念のためにウエストポーチに必要なものを全て詰め込む。
 自作のポーチは四次元ポケットならぬ四次元ポーチだから何でも入る。ポーチより大きなものでも吸い込まれていくのだ。

「これもいるかな」

 ベッドの下に隠しているものを引っ張り出す。アタッシェケースの中には、最高クラスの威力を誇る大型拳銃。
 銃身の先端が細い10インチバレルが特徴の、若干華奢なデザートイーグル。プラチナカラーだけど『.50AE10インチバレル』に近い形状で、外殻の一部に白金や銀などを取り入れているそうだ。

 これはとある魔法使いから貰った魔術礼装。弾丸は通常の.44マグナム弾、魔術師が作った銀弾、私の自作があり、弾倉マガジンは瞬時に交換できるように予備が一つ。

「よしっ」

 アタッシェケースといくつもある弾丸のケースもウエストポーチに入れる。
 部屋の中がすっきりした。元から災害対策のために食糧と大半の本は全部入れているから、それほど苦ではない。



 ――そして、翌日の午前。

「幸祈ー!」

 インターホンの後、一階から立香の声が聞こえた。
 玄関に行くと、知識にある白い制服を着た立香の他に、見知らぬ男がいた。

「……えっと?」
「ほら、献血サービスにいた人だよ。オレたちに助けてほしいことがあるんだって」

 オレたち≠チて……やっぱりそうか。私にもレイシフト適性があるのか。準備しておいてよかった。

「突然ですまない。ある組織で手伝いをしてくれない?」
「……手伝い?」
「君たちの適合率は100%! 君たちほどの逸材が、こんな辺境の国にいること自体が奇跡なんだよ」

 両手を合わせて頭を下げて頼み込む男性。
 ここまで必死になるなんて、相当追い詰められているようだ。

 まぁ、私に選択肢はない。何故なら参加しなければ死んでしまうから。

「わかりました。必要な物を持ってきますので、ちょっと待っててください」
「助かるよ! ついでにこれに着替えてくれ」

 そう言って袋を渡された。
 自室に戻って袋から取り出したのは……。

「カルデアの魔術礼装じゃん」

 まさかカルデアの制服である魔術礼装だとは。

 仕方ないので着替えて、オルゴナイトのネックレスを身につけ、最後にウエストポーチを腰に巻き付ける。
 身嗜みを確認したら、玄関に向かう。

「お待たせしました――」

 靴を履いて外に出た瞬間、意識が暗転した。
 最後に見たものは、見知らぬ誰かに担がれた、気絶した立香だった。



 
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