友達の想い



 穏やかな笑みで答えれば、浪川七海は息を呑んだ。
 どうしたのかと首を傾げると、隣にいる杏奈姉さんが大仰おおぎょうに息を吐き出した。

「言っとくけど、有珠の魔力属性は私と同じだよ」
「……え?」

 杏奈姉さんの発言に、浪川七海は呆然と声を漏らす。
 彼女の反応に、杏奈姉さんは不機嫌そうな顔で一瞥する。

「そもそも私が魔法を使えるのは有珠のおかげ。有珠がいなければ、魔法学園に入ることすらできないまま科学の道を進んでいた」

 杏奈姉さんの幼少期は、祥真さんの勧めで化学を学んでいた。幼いながら『属性無し』と診断されて生きる意味を見出せなくなっていた。

 初めて出会ったときの杏奈姉さんを思い出して、胸が痛んだ。

「有珠のおかげで今の私がある。私にとって、有珠は希望の女神なの」
「……希望の女神は大袈裟じゃない?」
「だって本当のことだしぃ。有珠のおかげで魁とも進展したしぃ」

 苦笑する私の顔を、杏奈姉さんは喜びを込めた笑顔で覗き込む。
 無邪気で可愛らしい仕草に、同性である私でもときめいてしまった。

「それは杏奈姉さんが可愛いからだよ」
「……かわっ?」
「兄さんから言われない? 杏奈姉さんが『可愛すぎてつらい』って惚気のろけられてるのに」
「魁ィィっ!」

 ボッと赤面した杏奈姉さんに暴露すれば、さらに頬を赤らめてテーブルに突っ伏した。その反応に「これだから見守り隊をやめられないのよ」と恭佳が呟き、凪が強く頷く。

「有珠さん、そろそろ行きますか?」
「あ、うん」

 凪のひと声で、確かに勉強会の邪魔になると思い至って席を立つ。

「じゃあ、杏奈姉さん。勉強会頑張ってね」
「うん……有珠も頑張って」

 頬を赤らめたままの表情で頷いた杏奈姉さんが激励の言葉を贈ってくれた。
 私はニコリと笑って頷き返した。

「あのっ、花咲先輩……!」

 ゴミとトレイを片付けて、恭佳と凪と一緒にケーキ屋を出たとき、愛らしい声がかけられた。
 勇気を振り絞った声に驚いて振り返ると、弥栄文乃がいた。

「どうしたの?」
「……えっと、その……七海ちゃんのこと、ですけど……」

 弥栄文乃は歯切れ悪く言って、頭を下げた。

「すみませんでした」
「……え? 何が?」

 どうして深く頭を下げるほど謝られるのか分からない。
 戸惑っていると、弥栄文乃は姿勢を崩さないまま言った。

「先輩を傷つけることを言ってしまって……。七海ちゃん今、花咲君のことで気が立ってて……」

 なるほど。だから私に警戒心を抱いていたのか。
 とんだとばっちりだ。不快感を覚えるけれど、溜息を吐いて消す。

「貴女が謝るのは筋違いじゃない?」
「……え?」

 私の言葉に、弥栄文乃は顔を上げる。
 彼女の表情には戸惑いが浮かんでいた。

「八つ当たりしてきたのは彼女であって、貴女じゃない。本人じゃなく貴女が謝ったら、彼女は他人にそれを押し付ける誠意のない人だと勘違いされる」
「――!」

 考えたことがなかった。そんな顔で驚いた。
 私は、こんな発想ができる自分に嫌悪感が込み上げてきた。主観が混じった客観から見て感じることを簡単に思い浮かべるのだから。

「嫌でしょう? 友達が悪し様に思われるのは」
「……はい」
「なら、次から彼女をいさめて。遠慮するばかりじゃあ友達としてさびしいでしょう?」

 先週、祥真さんの言葉で傷ついたとき、訴えた二人に味わわせてしまったこと。
 思い返すと、私がした遠慮は寂しいことだった。友達なら、親友なら、もっと寄りかかっていいはずなのに。

 相手を傷つけるのが怖くてできなかった。その結果、逆に二人の心を傷つけた。
 弥栄文乃は、あの時の私に似ている。そう思った。
 でも、彼女と自分を重ねるのは良くない。そう思うと、苦笑いが浮かんだ。

「お節介を言ってごめんね。じゃあ、杏奈姉さんとの勉強会、無理なく頑張ってね」
「あ……はい」

 弥栄文乃は素直に頷く。普通の子ならお節介だと文句を言うのに、彼女はいい子のようだ。
 拒絶されなくて安堵し、きびすを返してケーキ屋から離れる。

 少し歩いたところで、気疲れから小さな吐息が漏れ出た。
 やっぱり初対面の他人と接するのは苦手だ。

「ようやく分かってくれたわね」

 軽く疲れた私に、恭佳が言葉を投げかける。彼女の言いたいことを理解して、苦笑気味に頷く。

「……うん。あの時はごめんね」
「ほんと。次に遠慮したら私も殴るから」
「あはは……気をつけるよ」

 乾いた笑みで返すと、隣にいる凪が俯いた。
「あの……あの時はすみませんでした」
「え? ……あぁ」

 キョトンとした私は、すぐに理解する。

 あの時、自分に失望して壊れかけた私は本音を吐き出した。
 これ以上誰も傷つけたくない。だから頼れないと。
 けれど、私のその想いで二人を傷つけてしまった。


 ――「遠慮しないでください! 私達は有珠さんを助けたいのにっ……! 頼られないと寂しいじゃないですか!」


 私の本音を聞いた凪は、私の頬を叩いた。滅多に見せない涙を流しながら。
 凪だけではなく恭佳も、私を助けたいと言ってくれた。その言葉にどれだけ救われたことか。

「別にいいよ。私が悪かったんだし」
「ですが、あの時の有珠さんは傷ついていましたのに……」
「気にしてないから」

 ちょっとショックだったけど、それ以上にショックを受けたのは凪と恭佳だ。私のせいで傷ついたのに許さないなんてありえない。

「それより、二人は大会に出る?」
「もちろん。有珠と勝負するチャンスだもの」

 話を切り替えると、恭佳が好戦的に笑った。

 マニアって程じゃないけれど、恭佳は戦うのが好きだ。魔物の討伐でも集団行動ではなく、単身での方がAランクまでなら倒せる。のびのびと戦う環境が整っていれば、大学部の風紀委員長より強いと思う。

 私も恭佳と戦うのが楽しみだ。勿論、凪とも。

「楽しみですね」

 凪の呟きに「うん」と相槌を打ち、女子寮へ戻るのだった。



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