これまでの日常



 地球とことなり、こちらは二つの世界で構成しているとされている。

 人類が住まう人間界と、精霊が住まう精霊界。
 人間界は創造神マカリオス、精霊界は女神タイタニアが秩序を守護している。

 人間界ではそう言い伝えられているが、実際は三つ=B

 精霊達から『混沌界』と呼ばれる、魔神ネルガルが生み出した異次元。
 人間界で堕天精霊≠ノちた精霊は精霊界へかえれず、みずからをおか瘴気しょうきむしばまれて死にいたるか、退魔士に討伐されるしか救われる道はない。
 しかし、混沌界でなら多少は生きながらえる。――そこで憎悪を増幅ぞうふくさせながら。



魔法≠ェ存在する異世界に転生して、もうすぐ十年。
 私――チハル・サカキは、異世界の人間界の中で最も有名な人族の国、エレフセリア聖王国で公爵貴族として誕生した。
 実の父親に勘当かんどうされて自由の身になり、前世で妖怪≠セったけど、こちらに来て精霊に生まれ変わったヒイラギとアズサと再び【式神契約】を交わして、気楽な生活を送っている。
 二年後の春に鬼神という最上位精霊が家族に加わり、にぎやかになったと思う。

「エンジュ! また無断で酒蔵さかぐらに入ったな!?」

 ……訂正。少し賑やかすぎるかも。

 台所で夕飯の支度をしていると、四本の狐の尻尾を持つ青年の怒鳴り声が聞こえた。

 前世で妖怪として生きていた、現在最上位の精霊となった天狐てんこのヒイラギ。
 天狐とは、千年以上も生きた狐の妖怪が神格の力を持った妖狐ようこのこと。

 彼は月見酒が趣味。その時は米≠原料とした日本酒をたしなむ。詳しくは、醸造じょうぞうアルコール不使用、精米歩合せいまいぶあい五〇%以下で作られる純米大吟醸酒じゅんまいだいぎんじょうしゅ。神社でささげられる御神酒おみきと同等の清酒せいしゅだ。
 異世界にも米はあるけれど、それは東の島国でなければ手に入らない。だからヒイラギはわざわざ調達しに行き、我が家≠アと【幻想郷】の雄大ゆうだいな大自然に大規模な田圃たんぼを作って自家栽培さいばいしている。表の楼門ろうもんから、立派な田圃や果実酒のための果樹園が一望できる。

 まさか自家栽培するほど好きだとは思わなかったから、外界≠フ天気を連結させて、雨が降るようにしている。
 収穫の時期は巻き込まれるけど、私も白米を食べられると思えば協力できた。
 こんな感じで、ヒイラギはお酒の中で純米大吟醸酒をこよなく愛している。

 でも、それはヒイラギだけではないみたい。
 この世界で家族に加わった鬼神・エンジュも。

其方そなただけ美味な酒を独り占めとは、いささか卑怯ひきょうではないか?」
「だからといって大吟醸はやめろ! 焼酎しょうちゅうや果実酒があるだろう!」
「我も米の酒が好みなのだよ。あきらめてくれ」
「だが断る!」

 この会話、二週間に一回は聞いている。
 本当にきないなぁ、と苦笑いしつつ夕飯を作っていると、隣で手伝っているアズサが微笑む。

「あらあら、あの二人もりないわね。私の出番かしら」

 穏やかだけど、内心では苛立いらだっているのだと判る言葉に、思わずほおが引きる。

「アズサ……あれが二人のじゃれあいだから……」
「限度があります」

 漆黒の瞳を細めて笑う、プラチナブロンドが美しい女性。外見は二十だけど、彼女も長い時間を生きている元妖怪。
 ぬえ。一般的に合成獣とあつかわれているが、夜鳥やとりという別名もある。アズサの場合は、その名の通り美し鳥獣ちょうじゅうの妖怪だから、地球にいた頃は苦労したそうだ。

 基本的に穏やかな気性で優しいが、怒ると誰よりも怖い。我が家のお母さんのようで、お姉さんの立場にいる彼女を怒らせて平気な人はいないはず。実際、初対面で激オコ寸前すぜんの威圧を込めた怒りを向けられたエンジュは、あれ以来いらいアズサの怒りに触れないよう気をつけているから。

「ほどほどにね。特にヒイラギは苦労して作っているんだし。エンジュは何かしら働いたら、ご褒美でひとびんあげているんだけど……」

 エンジュは武器を作るのが得意で、趣味で作成された武器はヒイラギが外界≠ナ売っている。
 成果が良ければ好きなお酒をご褒美であげているのだが、あっという間に飲み干してしまう。ひと瓶だけでは足りないようで、ヒイラギも頭をなやませている。

「これだと田圃を拡張かくちょうしなければなりませんね」

 これ以上田圃を増やしたら収穫の時が大変だ。植える時はヒイラギが【神通力】で簡単に終わらせているけど、流石さすが稲刈いねかりは手間がかかる。まあ、年に一度しか収穫できないのだから、仕方ないけれど。

「さて、夕飯もできたことですし、配膳はいぜんしましょう」
「うん」

 アズサが味噌汁を木製のおわんに注いで、ぜんに乗せて部屋に運んだ。

「ご飯だよー」

 そんな感じで、本日も楽しく夕飯の時間を過ごした。


「あと少しでチハルの誕生日ですね」

 今日の食事に満足して座椅子ざいす背凭せもたれれに寄りかかると、食器を洗い終わって緑茶を運んできたアズサが言った。
 アズサの発言に、エンジュが感慨深かんがいぶかそうにつぶやく。

「……そうか。もう一年が経ったのか」
「お前がチハルに負けて家族になった日から、一年と一ヶ月だ」
「やめてくれ。黒歴史だから」

 ヒイラギの余計な一言に顔をしかめるエンジュ。

 彼にとって黒歴史だけど、私にとってはいい思い出だ。だって、私を理解して受け入れてくれるヒトが増えた日だから。

「今年で十歳。そろそろ外界で働けるな」

 ヒイラギの言う通り、誕生日が過ぎれば働きに出られる。

 エレフセリア聖王国では、働く年齢が決まっている。
 一般的な平民の学園は六歳になる年に入学し、四年間も一般的な教養きょうようを得る。そこから職場体験学習の中等部を三年間、専門知識を高等部で三年間も学ぶ。

 初等部では学費は無料だからいいけど、中等部からはお金がかかる。
 だから初等部が終われば見習いの職業に就く平民の子供が多い。
 彼らの中には、冒険者になる者もいる。

 冒険者は戦闘能力があれば誰でも外の仕事に行けるが、戦闘能力が低いと街中の雑用仕事を引き受ける。お小遣い程度の報酬だが、未熟な子供にはぴったりの仕事だ。

 私も子供の部類に入るけど、戦闘能力は図抜ずぬけている。
 でも、きっとあなどられるだろう。子供の私が討伐系の仕事を受けるのは異常だもの。

「そういえば、働く前に住民登録しないといけないよね」
「……ああ。そういえば人間は【MICマイカ】という魔法道具マジックアイテムを作るのだったな」

 一番重要なことを思い出して話題に出せば、エンジュが人間社会の決まりを思い出す。

 正式名称は『Magical Identification Card』。通称MIC。
 古代遺跡から発見された古代の人工遺物――アーティファクトで、この世界での身分証明として一般的に普及ふきゅうしている魔法道具だ。
 一般人は見習いでも働ける十歳の誕生日に発行されるが、貴族は国立学園に入学する年齢に作ることを義務付けられている。

 どうやって発行するのか不明だが、なんでも個人情報が赤裸々せきららに記載されるらしい。
 これは住民登録に必要なものだし、村以外で、小規模な町に入るときでも必要になる。

「うぅー……胃が痛い……」
「そこまで緊張するのか」

 呆れ顔のヒイラギだけど、私はじろりとにらむように見上げる。

「だって個人情報で厄介やっかいなものが出てきたらどうするの。特に契約している貴方達全員が載ってしまうと大変なことに……」
「……ああ」

 重大な現実に、三人が揃って遠い目になった。

 通常、契約できる精霊は一体までが常識だ。けれど、私は【式神契約】で三人……否、三体の精霊と契約している。確実に異常で、知られるとねらわれるだろう。
 初対面のエンジュだって、とある精霊から私の存在を聞いて、私を下僕げぼくにしようと勝負を持ちかけた。結果的に私に負けて、それを知ったアズサの逆鱗げきりんに触れて終わった。

 溜息ためいきいて、鑑定魔法で自分の情報を見る。


名前:チハル・サカキ
年齢:9
性別:女
種族:人族
職業:□□□
属性:無[空・念・霊]
体力:B/12250
魔力:EX/15664050
神力:S/5810050
状態:良好
恩恵:創造神の祝福・女神の祝福・異界の神の祝福
権能:言語理解・神隠かみかくれ・えにしの絆
才能:技能獲得・創造傑作クリエーション・害悪無効

技能:戦闘[身体強化・格闘術・剣術・棒術・槍術・薙刀術・弓術・投擲とうてき・銃撃]
   魔法[呪文破棄・鑑定・解析・空間・念能・霊能・結界・付与・創造]
   生活[料理・裁縫さいほう・掃除・暗記・計算・暗算・話術]
   技術[解体・隠密・隠蔽いんぺい・追跡・暗視あんし・威圧・感知〈気配・魔力〉・探知〈気配・魔力〉・遮断しゃだん〈気配〉・魔力操作〈放出・圧縮・遠隔〉・魔力変換〈体力・回復力・治癒力〉・解析〈言語・魔法陣〉・作成〈護符ごふ・術符・魔法陣・魔装具マジックギア魔装武器マジックアーツ魔法武器マジックウェポン〉]
   耐性[火傷・氷結・毒・麻痺・石化・混乱・恐怖・呪い・魔障]

能力:神交眼しんこうがん・幸運・宝物庫ほうもつこ神宝しんぽう召喚・式神契約・破邪浄罪はじゃじょうざい神霊纏装しんれいてんそう
契約:天狐[上位精霊:神位]・鵺[上位精霊:天位]・鬼神[上位精霊:神位]