新たな一歩



 三年間と【式神契約】の影響で、魔力は千万超、神力は百万超。
 女神タイタニアから貰った権能【神隠れ】のおかげで別の情報欄を作成し、個人情報の隠蔽や偽装、鑑定や魔眼の影響を受けず、スキルやギフトなどを守れる。

 この権能で魔力や神力の数値を大幅に捏造ねつぞうしたけれど、かなり不安。

「……なら、町もあそこにせねばならぬか」

 ぽつりと呟いたエンジュに意識を思考の海から現実に戻す。

「エンジュはどんな町がいいと思う?」
「精霊都市アマトリア。エレフセリア聖王国の中で最も有名で治安が良く、精霊信仰しんこうの意識を持ちながら精霊と共存きょうぞんしている珍しい都市だ」

 聞いたことがある都市に驚く。

 エレフセリア聖王国の数ある都市の中の一つ、精霊都市アマトリア。
 独立的な小国家のような都市で、精霊師や召喚士を育成させる国内唯一の学園を設立し、中央集権を免除めんじょされている。
 精霊をとうとび、信仰する意識が強く、彼等をおとしめる者には厳しい。しかし、他の都市と異なり、住民は一般人でもパートナーとなる精霊を得る権利を持つ。
 精霊師や召喚士にとって楽園のような都市だから、国内だけではなく、国外からも留学生が殺到さっとうしているそうだ。

 精霊信仰でさかえている都市なら安全性が高い。何よりヒイラギ達の正体が明かされても受け入れてもらえるはず。

「確かに、その方がいいか。あの都市の【精霊治安協会】は優秀だからな」
「……え? 知ってるの?」

 思わぬことに、ヒイラギが精霊都市の情報を持っていた。
 いつの間に、と思っていると、アズサが教えてくれた。

「ヒイラギが作ったお酒ですが、精霊都市で売っているのです。もちろん、チハルの作る術符も、エンジュが作った武器も」
「えっ? 普通の町じゃなかったの!?」

 これでも私達は生活のために内職をしている。
 私は術符、ヒイラギは酒類、アズサは反物たんもの、エンジュは武器や防具。
 これらをヒイラギが外界で商売をしているのだけれど、まさか件の大都市に売っているなんて思わなかった。

 驚きの声を上げると、エンジュがヒイラギを見遣みやる。

「教えてなかったのか」
「この反応のためにだまっていた」
「……其方にも茶目っ気があったのだな」

 意外そうな目でヒイラギを見詰めるエンジュ。

 ヒイラギは愉快ゆかいそうに鼻で笑い、私の頭をクシャッとでた。
 乱暴ではない優しい手つきに、無意識に心臓が跳ねる。

「ひ、ヒイラギ?」
「俺の顔も広い場所だから、そこに決まりだ」

 あっさり決まってしまった。

 確かに精霊都市は勘当される前からあこがれていた場所だ。
 治安も【精霊治安協会】の質も良くて、冒険者ギルドもある。
 いいこと尽くしだが、家探しが大変そうだ。頑張らないとなぁ。

 そんなこんなで、来月の誕生日まで準備にいそしむことになった。



◇  ◆  ◇  ◆



 とうとう誕生日を迎え、精霊都市アマトリアへ行く日がやってきた。
 いつもの巫女装束の上に、アズサが作った魔法道具の服にそでを通す。

 魔法道具【舞姫】。神事しんじの際に巫女が着る千早ちはやに、桜を刺繍ししゅうした透け感のある純白の羽織。
 羽根のように軽いが、竜のうろこ以上の強度と破格はかくの物理・魔法防御を誇る。また、暑い時には涼しく、寒い時には暖かくて快適な着心地を得られる。さらに魔力を通すことにより、あらゆる汚れを除去する効果までついている。

 これは今年の誕生日プレゼント。十三歳の間まで着られるよう設計されているようで、今は少し大きく感じる。でも、前世の神紋しんもん「抱き稲」ではなく「桜浮線綾ふせんりょうに山桜」だから綺麗で、今の巫女装束に合っているから気に入った一品だ。

 巫女装束は定番の白衣びゃくえ緋袴ひばかまだけど、白衣の袖口にレース編みの絹地きぬじ、緋袴のすそ絹布けんぷのフリルがい付けられて可愛い。靴は黒いファスナーブーツで動きやすい。

 髪型は耳の後ろの髪でハーフアップに結わえたけど、纏める部分はお団子にして、前世で大切にしていたかんざししている。
 ……そう。柊≠ノ形見としてあげた、あの簪だ。

 長さは約十二センチ。格子に桃色の瑪瑙めのう短冊たんざくが飾られ、鈴を入れた丸いかごを先端につけた、銀メッキを施したさかきの簪。

 前世の両親に最後の誕生日プレゼントとして贈られた、私にとって大切な宝物。

 前世の私榊奈桜が生きた証を大切に持っていてくれて嬉しかった。
 けれど、今年の誕生日に返された。

「もう俺に、お前の形見は必要ない。お前は『榊奈桜』ではなく、今は『チハル』として生きているんだ。生きている今のお前に使ってほしい」

 最初の言葉に一瞬ショックを受けたけれど、その後に聞かされたヒイラギの思いが胸に痛くて、泣きたくなった。
 同時に嬉しかった。前世の面影にすがることなく、強く在る彼の強さがまぶしかった。
 だから、これからは毎日着けようと決めた。

 最後は右耳にミスリル銀で作ったイヤーカフをつける。
 これは魔装具の一種で、火属性の魔石を付けることで爆発装甲反応の性能を発揮する護身具。
 まさか前世の知識をこんな形で活かされるとは思わなかったけれど、渾身こんしんの一作だ。

 準備が完了すると、私は仮住まいとして森の中に建てられた小屋から出た。