生まれ変わった先は――



 ――体中に走る激痛が脳裏によぎり、意識が強制的に覚醒させられる。

 動悸どうきと息切れが酷い。眩暈めまいと頭痛で目の前がぼやける。

「おねーさま、だいじょーぶ?」

 不意に正面から愛らしい声がかけられた。
 緩慢かんまんに顔を上げれば、五歳くらいの男の子が私を心配そうに見つめていた。
 淡い金髪は柔らかそうで、瞳はおさなくも知性を感じる青緑色……碧眼へきがん
 将来が楽しみだと思える見目麗しい美少年ならぬ美幼児は、今≠フ私の弟。

「……うん。ちょっと、嫌な夢を見ただけ……」

 ――前世の、投身自殺で死んだ瞬間の夢。

 涙があふれそうな目をこすって曖昧あいまいに答えると、男の子は眉を下げる。
 家族の中で唯一私に優しくしてくれているこの子がいるから、私は頑張れるのだ。

「本当に大丈夫。心配してくれてありがとう、エリオット」

 柔らかく微笑んでお礼を言えば、二歳下の弟・エリオットははにかんだ。
 素直に感情を表に出せる子は可愛らしい。

「ねえ、おねーさま。ぼくたち、どんなセイレイとけーやくできるかな?」

 無邪気に言うエリオットに、私はこの世界のことを思い返す。
 この世界は前世と違う――異世界なのだ。
 地球と違って魔法も、スキルと呼ばれる技能も存在する。

 けれど、地球に通じるものだってある。

 中世ヨーロッパのような建物やお店が多いけれど、魔道機械の一種である魔動車や路面列車が街中を走行する。他にも用水路や下水道が完備かんびされ、常に綺麗な水を使える。

 電話は無いけれど、通信魔道具という魔道具の一種が開発されている。近年では携帯通信魔道具『マギアフォン』が流行っている。一見、スマートフォンのような形状だけど、ネットワークやアプリといったハイテクノロジー仕様は存在しない。

 地球に似ている文明だが、これらは全て魔力が無ければ稼働かどうしない。
 今げた全ての機器に必要不可欠な魔力は、魔力を秘める魔石という鉱物が使われる。
 しかし、魔石ではすぐに魔力が枯渇こかつして、ただの石に変わってしまう。そこで今から約六百年前に発見された、より多くの魔力を含む『マグナイト』が活用された。

 半永久機関の役割をになってくれるマグナイトは生活水準を上げてくれる。
 けれど採掘さいくつしすぎて、マグナイトの資源不足におちいってしまう。

 誰もがマグナイトをめぐり、戦争や内乱が起きた時期もあった。
 多くの国がほろんで、争いが鎮火した頃に新たな国が建国された。

 そんな時代に、私が生まれた国であるエレフセリア聖王国は、マグナイトを人工的に作る技術を生み出すことに成功した。
 天然のマグナイトが放つ魔力の波長を原料に、魔力を吸収しやすい鉱物に吸収させる。これによって新たなマグナイトを生産するのだ。
 おかげでエレフセリア聖王国は先進国と名高くなった。

 だが、エレフセリア聖王国の強みはそれだけではない。
 人知を超える高尚こうしょうな存在と契約する技術を持つのだ。

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 この世界には【精霊】といった高尚な生物が存在する。
 彼らは人間界とは別次元にある精霊界に生息し、気まぐれに人間界に訪れる。

 精霊には、下位、中位、上位の階級がある。

 下位精霊は、人型は小人、獣型は小型が多く、具える能力が未熟。意思疎通そつうは慣れなければ難しく、知能も低い。簡単に言えば単純な性格。体を構成するための魔力の余剰分よじょうぶんは少ないため、余剰魔力を使って自力で魔法を行使することは難しい。

 中位精霊は、人型は子供から少年の姿、獣型は中型が多く、具える能力は可もなく不可もなし。意思疎通が可能で、中には会話ができる個体もいる。理性があり、優良なら人間と同等の感受性と優れた知能を具える。簡単に言えば利発な性格。ある程度の余剰魔力を保有し、ある程度までなら魔法を使える。

 上位精霊は、人型は大人の人間と同じ姿で、獣型は大型で特殊能力を持つ者が多く、どちらも精霊単体での戦闘に特化している。知能は人間と同等かそれ以上で賢く、豊かな感情も、理性も信念もあり、上に立つ者としての矜持きょうじが高い。簡単に言えば気難しい性格。人型は魔力の省エネで小人の姿にもなれて、獣型も小型化もしくは人間の形状をとれる。余剰魔力は下位精霊の何倍も内包しているから、契約者がいなくても自力で魔法を連発できる。


 エレフセリア聖王国は、特殊な魔法陣によって彼らを召喚し、パートナーとして契約する独自の技術を持つ。
 とはいえ、精霊と契約することは簡単だ。気に入られた人間と、精霊の同意があれば成立する。
 ただ、精霊と出会える確率は低いし、目視できる人だって限られている。
 だからエレフセリア聖王国は、魔法陣で術者に適した精霊を呼び寄せ、万人の眼に映るようにする。しかも、その時点で仮契約を結ばせるのだ。

 だけど、精霊にも自由権はある。むしろ高尚な彼らの方が、決定権があるのだから。
 呼び寄せた術者が気に入らなければ仮契約を解消し、精霊界へ帰還きかんしてしまう。
 気に入られると、下位・中位精霊ならその場で契約できる可能性が高い。
 上位精霊になると仮契約は継続され、見極められたのちに契約を交わす。

 仮契約とはことなり、契約は両者の魂を結びつける。片方が死ぬまで契約は解消されないと言われているけれど、実は両者が破棄はきを願えれば簡単に解消できる。
 世間一般では、精霊と契約を結べた者を【精霊師】と呼び、召喚して仮契約を継続できている者を【召喚士】と呼ぶ。

 エレフセリア聖王国では召喚士である時点で優秀とされる。

 でも、やっぱり精霊師は別格。高確率でレベルの高い職業にやとわれるし、騎士や軍人なら高い階級に上り詰めることだって夢じゃない。出世街道まっしぐら、だ。

 だけど、それは貴族のみの話。
 精霊を召喚する魔法陣を管理する神殿が、高額な料金を請求させるのだ。
 日本円に換算するなら十万円。そのせいで一般人は精霊を召喚できない。

 彼らを高尚な存在として見せるためなら理解できる。
 けれど実際は私利私欲が先立つ、戦力の独占。
 私から言わせてもらえばくさった国だ。精霊を何だと思っているんだか。

「おねーさま?」

 不思議そうに首を傾げるエリオット。我に返った私は曖昧に笑う。

「私は……いい子だったら何でもいいかな」

 本当は誰とも契約したくない。だって、前世のことがあるのだから。
 そもそも、家族だった式神∴ネ外と契約するなんて、裏切りに思えてしまう。
 だから私は、召喚できたとしても契約しないでかえすつもり。

「ぼくはつよいセイレイ! いっしょにたたかって、ゆうしゃみたいになるんだぁ」

 そういえばエリオットは、勇者伝説ものの絵本がマイブームだった。
 まあ、彼ならいい精霊を引き当てられるだろう。彼は平均以上の魔力を持つし。

 地域によって異なるけれど、エレフセリア聖王国の王都では三歳の誕生月に、魔力の属性を調べる。
 属性は基本的な六種類と、それらの派生となる五種類がある。しかし、最弱属性と名高い希少属性だってある。

 私は、その希少属性――無属性保有者だ。
 魔力の質は、歴代と比べて最高のものだと神官に言われた。
 でも、結果は特色のない無味乾燥な無属性。

 今生の父親はカンカンになって、私を捨てるとか言い出したけれど、母親がなんとか阻止そしした。
 私がこの世界の神様の祝福を受けているから――と。



 あ、そういえば、まだ名乗っていなかった。
 私はチハル。地球世界で巫女をしていた『榊奈桜』だった記憶を持つ転生者。
 そして、エレフセリア聖王国の王侯貴族、ライサンダー公爵家の長女。

 チハルという名前は、この世界の最高神である創造神マカリオスによって名付けられたのだと、母親から聞かされた。
 どうして創造神が、よりによってこの名前を付けたのか、私には判らない。
 それでも今生の両親から貰ったのではないだけまし≠セ。

 私は彼らを親とは思えないし、認めたくない。

 父親は傲慢ごうまんで自分勝手。人を人と思わない人種。
 母親は小心者しょうしんもので臆病者。神様に祝福された我が子を恐れている。

 前世の両親の方が親≠セった。だから、彼らを愛することなんてできない。
 いつか出家して冒険者になるのだと、心に決めているほど。
 エリオットを孤独にさせてしまうのは心苦しいけれど、私は私の幸せを追求したい。

「あ、ついた!」

 はしゃいでいるエリオットの声が聞こえ、私達は魔動車から降りた。

 神殿でり行う【召喚の儀】は、十歳の誕生月に参加できるが、心が純真無垢な頃である五〜七歳の間に行う子もいるそうだ。
 私の場合、親がはじをかきたくないから、五歳になるエリオットと一緒にすると命じた。
 今日までの間、この世界の知識を充分に吸収することができたからいい。それに、私ならではの魔法も見つけることができた。


「チハル・ライサンダー」

 神殿の控室に入れられると、誕生日順で呼ばれる。
 大勢いる子供の視線を浴びつつ控室から出た。

 神官に連れて行かれたところは、十二畳間を越える広い部屋。天井も高く、ステンドグラスの天窓から差し込む日差しで、白い壁が色づく。
 綺麗な室内の床には、青白い光を帯びる幾何学きかがく模様の魔法陣が描かれていた。

「自分の名前を言い、我、精霊と契約を望む者なり≠ニ唱えなさい」

 ……嫌だなぁ。私は、精霊と契約するつもりはないのに。
 ズキズキと痛む胸を押さえ、深呼吸する。そして、右手を突き出す。

「我が名はチハル――」

 フルネームで名乗ろうとした直後、ファーストネームの時点で魔法陣が光り輝く。
 一体どうしたのかと目を丸くしてしまう。

 光が徐々に強くなる。その光が一か所に集まり、球体になっていく。
 神聖な力を感じる光は、まるで神の力を凝縮ぎょうしゅくさせているかのようだった。

 目映まばゆい光から目を守るために右手を顔にかざす。
 指の隙間から様子を見ていると、私の体と同じ大きさの光球が、私へ向かってきた。

「うっ……ぁッ――!?」

 光球がぶつかってきたと思えば、私の中へ溶け込んでいく。まるで濁流だくりゅうのような暴力的な感覚に目の前が歪み、目の前がホワイトアウトした。



◇  ◆  ◇  ◆