落着まで、あと…



「貴方は退魔士だよね?」

 精霊治安協会に所属している精霊師・召喚士や魔法使いは【退魔士】の役職を当たられる。彼等は精霊狩り≠フような犯罪組織から精霊を守護し、同時に精霊師・召喚士の精霊を管理し、守る立場にある。

 退魔士の制服は、契約している精霊によって色が異なるらしい。素材は知らないけど、丈夫な繊維を使用しているようだ。
 私と年が近い少年は帝位の上位精霊を従えているから、銀糸を織り込んだ黒い制服。

 座り込んでいる少年に声をかければ、我に返って私を見上げる。

「あ、ああ……そうだけど……」
「精霊狩り≠フ引き渡しはどうすればいいの? あと、この子の安全を保障したいんだけど」

 私の質問に、少年は目を白黒させて困惑する。
 少年の応援に来たらしい男の退魔士達も戸惑っている。

 ……もう少ししっかりしてほしいな。

「チハル! 無事か!?」

 困っていると、ドワイトの声が聞こえた。

 あ、そういえば彼に住民の避難を頼んでいたのだった。

 所々で騎士と衛兵が被害の確認に勤しんでいたが、ドワイトの登場でピシッと姿勢を正す。
 ドワイトは到着してヒイラギを視界に入れた途端、目玉がこぼれ落ちそうなくらい瞠目した。

「……ヒイラギ、か? その姿、は……」
「精霊だ。騙していたつもりは無いが、黙っていて悪かった」

 ヒイラギが律儀に謝るなんて珍しい。それだけ彼に気を許していたのだろう。
 すると、ドワイトは口をあんぐりと開けて固まった。

 精霊の中には人型になるものもいるけど、基本的に精霊の特徴も表に出ている。
 完璧な人間の姿になれるのは天位以上にならないと難しいし、何より人間の姿で人間社会に溶け込む精霊なんて見たことも聞いたこともないだろう。

 口をパクパクと開閉させるドワイトの様子がおかしくて、つい笑ってしまう。

「ヒイラギは天狐っていう、千年以上も生きて神格を得た妖狐……いえ、精霊なの。早い話、神位の上位精霊」

 正体を暴露すると雷に打たれた顔で硬直した。ヒイラギを知っている人もちらほらいるようで、彼等まで度胆を抜かれてしまったようだ。

「ヒイラギは貴方を気に入っているから、変わらず接してくれると嬉しいんだけど」
「おい。その言い方は母親みたいだぞ」
「母親じゃないよ。家族だよ」

 クスクスと笑いながら言えば、ヒイラギは肩を落とす。
 私達のやり取りに目をぱちくりさせたドワイトは、ぎこちなくも頷いてくれた。

「あ。壊れた建物を直したいから、みんなに離れてもらうように言ってもらっていい?」
「は……どうやって?」
「ヒイラギの能力を借りて。早く直した方が、住んでいる人達も助かるでしょう」

 私の指摘に、ドワイトは不思議がりながらも近くにいる騎士に避難を要求した。
 怪我人も助け出されて倒壊した建物の周囲から離れたところを確認して、ヒイラギの能力の一つ【時手繰り】を借りた。

 視線の先にある建物の残骸に位置を指定して発動すると、残骸の周囲に光の輪が出現する。光の輪は反時計回りにくるくると回り、それに合わせて残骸の時間が巻き戻され、ものの十数秒で元の形に戻った。
 誰もが口をあんぐりと開ける中、私は満足げに「よし」と呟く。

「じゃあ、協会の本部に……」

 行きましょう、と言おうとしたが、お腹が減っていることに気付く。

「……その前に何か食べようかな」

 言った直後、リーンゴーンという十二時を告げる鐘声が街中に鳴り響いた。