精霊治安協会



 近くの屋台で軽食を買おうとしたが、私が精霊を助け、しかも倒壊した建物を直したところを見たらしい屋台のおじさんがタダで軽食をくれた。
 腸詰ソーセージ、千切りキャベツ、トマトソース、マスタードがかけられた贅沢ぜいたくな一品は、まさにホットドッグ。他の屋台と比べて少々値が張るらしいのだが、この味のために買う人が大勢いるのだと聞いて、この味なら納得だと言ったらお持ち帰り用までくれた。

 また小腹が空いたら食べようと思って【宝物庫】にしまい、精霊治安協会へ向かった。



「にしてもチハル、ヒイラギと契約してるんだよな? 何でMICに載ってないんだ」

 お目付け役としてドワイトが同行して、同じく現場にいた退魔士のおかげですんなりと待合室に案内された。そこで、ドワイトが当然の疑問を指摘した。
 言われると思っていたけれど、今は言いにくい。

 どうしようかと迷っていると、ヒイラギが口をはさんだ。

「もう少し待て。そうすれば聞ける」
「……【千里眼】使った?」

 たずねると、小さくうなずくヒイラギ。対するドワイトは首をかしげた。

『千里眼』という特殊な能力の存在を知らないのか、それともこの世界で『千里眼』は一般的に知られていないのか。
 私も、まだまだ学ばなければならないことがあるのね。

「千里眼は、現在である遠くの景色を見るだけじゃなくて、過去、未来まで見通す能力だよ」

 説明すると、ドワイトは目を丸くして「便利だな」と感嘆した。

 確かに便利だけど、人間が使うとどちらが現在なのか、あべこべになりそうだ。

 それにしても遅い、と内心で愚痴ぐちった時、待合室の扉が開いた。

「長官がお会いになると申されました。こちらへどうぞ」

 長官とは、きっと精霊治安協会の最高責任者のことだろう。
 先程、ヒイラギが私の秘密をドワイトが知ると言っていた。まさか私は、協会の頂点に立つ人に私の事情を説明することになるのだろうか。

 ……不安だ。相手が秘密を知って、それを露呈ろていしない人じゃないか分からない。
 気を抜くことができるのは帰ってからになりそうだ……と、少し鬱屈うっくつした。

 青年を超えた辺りの焦げ茶色の髪が印象的な男が丁寧ていねいに言って、案内された昇降機に乗る。地球のエレベーターのようだが、これもマグナイトを使った魔動機器の一種。
 昇降機の壁には、地下三階から七階までのボタンが縦に二列で並んでいた。

 男は七階のボタンを押し、昇降機は静かに地上から離れていった。
 昇降機の部分はガラス張りで、外の景色が遠くの門までよく見える。
 本当に、異世界なのに地球と変わらない設備には驚かされるし、感覚が麻痺しそうだ。

 数分後。七階に到着した昇降機の扉が開くと、横に広い空間の奥に立派な扉があった。シンプルながら、真鍮製しんちゅうせいのドアノブはった作りをしている。
 男がその扉にノックして「お連れしました」と言えば、「お入りなさい」と一言。

 男が扉を開いてまねき入れられて室内に入ると、そこは立派な書斎だった。
 壁一面の本棚には大小様々な多ジャンルの書物。応接用のソファーとローテーブル。重厚な木製の机の隣には、大型の通信魔道具。無駄のない、それでいて要所に趣向しゅこうを凝らした内装。
 そんな室内にある机に向かって、ゆったりとした椅子に座っている女性が一人。
 書類をながめていた女性は、その紙を机に置くと立ち上がる。

 オールバックに流したプラチナブロンドの毛先は緩やかな波があり、長い睫毛まつげ縁取ふちどられた涼やかな金色の瞳は理知的。
 身長は平均より高く、体型は魅惑的な肉付きで艶美えんび。水色のストールを肩にかけた青いエンパイアドレス姿もあって、挑発的ちょうはつてきな印象を持たせる。
 中でも興味深いのは、長くとがった耳。

「エルフ……いや、ハイエルフ……?」

 基本的にエルフは金髪、ダークエルフは銀髪が多いのが特徴。ハイエルフはどうなのか分からないからはっきりとは言えない。でも、彼女が保有する魔力の質を感じて、何となく判別した。
《鑑定魔法》を使って確かめたいが人権侵害はひかえたい。
 それでも知りたいと思っていると、妖精族の女性は目を丸くした。

「あら、お判り? もしかして、他のハイエルフとお会いしたことが?」
「いえ。会うのはこれが初めてです」
「では、【鑑定】のスキルをお持ちとか……」
「スキルではありませんが使えますけど、警戒していない人には使いません。親しき仲にも礼儀あり≠チて言いますし」

 基本的に警戒対象には使っているけれど、無害な人には使わない。だって人権侵害になるから。礼節はちゃんと守りますとも。

「親しき仲にも……≠ヒ。いい言葉。では、参考としてどうやって?」
「魔力の質です。肌で感じる限り、貴女の魔力は精霊と同じくらい上質みたいですから」

 あっさり答えれば、女性の他にも秘書らしき男とドワイトが目をみはる。

 何に驚いているのか、何となくわかる。私の魔力感知の感覚のするどさだろう。
 これは前世で鍛えた感覚だ。でなければ妖怪の強さが判らないから。
 妖怪だって霊力の質と量で強さが決まる。それを感じ取ることができないと、彼等と戦う時が大変だ。
 前世の巫女時代の経験が異世界でも活かされるなんて思ってもみなかったけど、本当に助かっている。この経験は無駄じゃなかったと実感した。

「それで、精霊治安協会の最高責任者である貴女が私を呼び出した理由は、私の精霊と、堕天精霊だったこの子について?」

 さっさと本題に入りたくて、静かな眼差しでハイエルフを見据みすえる。
 すると、ハイエルフは息を呑んで緊張感をはらんだ表情に変わった。

「……ええ。ひとまず座ってちょうだい」

 手で指示した先にはソファーがある。ハイエルフは肘掛椅子のソファーに、私は向かい側の横に長いソファーに座って、膝の上に猫仙人を乗せる。

「そのお方が、くだんの堕天化した精霊?」
「はい。天位の上位精霊、猫仙人です。どうやら猫神の子供のようです」

 丁寧な言い方は、猫仙人が精霊だから。妖精族は精霊をとうとぶ意識が強いから、当然の対応。
 答えると、ハイエルフは驚愕から目を丸くした。

「天位の精霊が……堕天化に……?」
「……その話は後でもいいですか? 自己紹介がまだですし」

 確かに妖精族にとって高次の精霊が堕天化しまうのは驚くべき現実だろう。
 だが今は、私達はお互いの名前を知らない状態だ。その状態が続くのは良くない。何より相手の名前を知らないままでは失礼だ。
 その意を込めて言うと、ハイエルフは我に返って「失礼しました」と居住まいを正す。