学生として、友人として



 小一時間ほどで話し合いが終わり、シルヴィアに連れられて寮に案内された。
 男子寮と女子寮で分かれているが、食堂や談話室は共同なのだとか。
 女子寮は二人一部屋。学費を工面する人は四人一部屋。
 私はいろいろと隠さなければいけない秘密が多いので、一人部屋。
 一人部屋は、学園に投資する人によって広さが決まる。主に貴族が多いそうだ。

 私の部屋の内装は1DK。玄関から入ってすぐのところに八畳間のダイニングキッチンがあり、そこからトイレ、お風呂の空間に入れる。奥に七畳間の寝室、ベランダがある。
 一番狭い部屋だけれど、充分すぎる。そもそも【幻想郷】に帰る頻度ひんどが多いため、あまり広すぎるといろんな無駄が出てしまう。そういったさじ加減も考えないといけない。

「あ、シルヴィ先生。ここでの食事ってどうなっているんですか?」
「朝食は六時から七時半まで。昼食は四時間目が終わってからの一時間半の休憩の間。夕食は十八時から十九時半まで。こちらで作ることもできますが、食材は自らのお金で買います。購買弁当も然り」
「なら、私は基本的にこちらで食べます。お弁当も持参できますか?」
「構いませんが……資金は?」
「そこは自給自足しますので、ご安心を。これでも冒険者ですから、食事の調達くらい自腹でも問題ないです」

 流石にイリーナのお金で全てを揃えるわけにはいかない。そもそも【幻想郷】で育てた食材でなければ、私の魔力・神力の回復に手間取ってしまう。
 事情の一部を隠しながら説明すると、シルヴィアは納得してくれた。

「では、これからどうされますか?」
「せっかくなので、校内を見て回ろうかと」

 夕方まで、時間はまだたっぷりある。その間に校内を確認しておかないと迷子になる。
 予定を立てると、シルヴィアはあることを提示した。

「でしたら、案内人を呼んできます」
「え。案内人?」
「ええ。何でも本人の希望らしくて」

 本人の希望? ……何だろう。嫌な予感って程ではないけれど、もやもやする。

「……分かりました。どちらに行けばいいですか?」
「校舎の玄関にしましょう。すぐ呼んでまいります」

 そんなこんなで、私はもう一度校舎へ向かった。



 玄関で待つこと十数分。
 ヒイラギに「無理するなとあれほど言っているだろうが」と叱られていると、その人物が来た。

「彼が案内を申し出た、エリオット・ライサンダーです」

 ……予感はこれだったのか。

 内心動揺してしまったけれど、これまで磨き上げた愛想笑いで対応した。

「ライサンダー君、今日はよろしくね」
「……はい」

 ぎこちなく頷いたエリオットとともに、まずは一階を見て回った。

「――ここが訓練場です。精霊との連携を強くしたい人は、ここで訓練しています。放課後に使いたい場合は、担当の先生に許可を貰ってからでなければ使えません。あと、怪我人も出ることもあるから、近くに保健室があります」

 一階を粗方見て回って、最後に訓練施設を覗く。
 訓練場には多くの生徒がいて、精霊を出して的当てや模擬戦を行っている。
 下位精霊と契約している人が多く、中位精霊の使い手は、その半分程度。上位精霊と契約している人は、この場にはいない。

 ……いや、エリオットは王位の上位精霊と仮契約していた。今はどうなのだろう。ちゃんとした契約ができているのだろうか。

「ところで、ライサンダー君。この学園で上位精霊と契約・仮契約している生徒ってどれくらいいるのかしら?」

 訊ねると、エリオットは間を置いて答えた。

「サカキさんを含めて七人です。高等部一年に三人、二年に二人、三年に二人」
「七人……それって多い方?」
「多いですね。普通、上位精霊と契約できる人は百万人に一人ですから」

 へえ、私の感覚では少ない方なのに、一般的では多い方なのか。私の友人に高位精霊を持っている人が結構いるから、感覚が麻痺しているのかな?

「サカキさん。最後におすすめの場所があるんですけど、いいですか?」
「……じゃあ、お願いしようかな」

 おすすめの場所と聞いて気になり、エリオットについて行く。
 到着したのは、中庭。薔薇のトンネルの向こうには、色とりどりの草花が植えられ、桜……ケラソスが植えられている。今は春だから、淡い紅色の花が咲き誇っている。他にも噴水があり、近くにベンチが設置されていた。

「うわあ、綺麗……」

 素敵な中庭に感嘆の吐息を漏らす。
 すると、エリオットが私の手を取ってベンチに連れて行った。
 驚いたけれど、痛みに耐えているエリオットの横顔に何も言えなくなる。

 エリオットが噴水の近くのベンチに座ると、逡巡しゅんじゅんしつつ私も隣に座る。

「どうしたの?」

 訊ねると、エリオットが私の手をギュッと握った。

「姉様……だよね……?」

 震えるほど掠れた声に、胸に痛みが走る。
 無意識に眉を下げてしまったので、いつわることなく頷く。

「どうして他人のふりをしたの……? 姉様に……どれだけ会いたかったかっ……!」

 碧眼に涙を溜めて、苦しそうに訴えるエリオット。
 彼を思うなら言った方がいいのだろう。けれど、彼のために言わない方がいい。

「巻き込みたくないから。私、いろんな意味で危ないからね」
「……どういうこと?」

 眉を寄せて訊ねる。ここからは事実と偽りを織り込まなければ。

「精霊狩り≠ノ狙われているの。彼等の邪魔をたくさんしてきたから、結構恨まれて」

 苦笑いしつつ言うと、エリオットは息を呑む。

「それに私は勘当かんどうされて、それを受け入れた。エリオットの姉であることを捨てた。不肖ふしょうの姉がいると知られたら、貴方は後ろ指をさされる。だから他人を装う方が貴方のためになる」

 これは本当だけど、いま思いついたこと。
 エリオットには悪いけれど、ここは距離を置かせてもらう方がいい。

「そんなの……僕は構わない。姉様といられるなら、精霊狩り≠ゥらだって……!」
「さすがに無理よ。相手は組織なんだから、一人でどうにかなる相手じゃない」

 私を守りたい気持ちは嬉しい。でも、それでエリオットを喪うことになるのは嫌だ。
 唯一の家族と認めた彼を捨てた私に、そんなことを言う資格なんてないけれど。

「私に関わらない方がいい。……そう言っても、エリオットは関わってくるよね」
「当たり前だよ……!」

 苦しそうに即答したエリオットの真っ直ぐな意思が、嬉しいと思ってしまう。
 本当は離れなければいけないのに、どうしても甘くなってしまう。

「だからクラスメートとして……友達としてなら、一緒にいてもいいよ」

 百歩譲って出した提示に、エリオットは目を見開いた。

「ただし、私が危なくなっても手を出さないこと」
「それは……っ」
「大丈夫。これでも冒険者として何度も乗り越えてきたから。Aランク冒険者のイグナチウスからもお墨付きをもらっているもの」

 自信のある笑顔で言えば、エリオットは硬直した。
 視線を横にらしたかと思えば迷わせ、深い溜息を吐く。

「……分かったよ。じゃあ、これからは『チハルさん』って呼ぶから」
「うん」

 かつての家族に嘘を吐くのは良心が痛む。それでも受け入れてくれて、安心感と喜びから笑顔になれた。


◇  ◆  ◇  ◆


 エリオットと別れて寮に戻り、【幻想郷】に帰る。
 途端にヒイラギが人型になり、私の腕を引っ張った。

「わあっ、ヒイラギ?」

 倒れかけたが、ぽす、とヒイラギの腕の中に納まる。顔を上げる前に、ヒイラギは私の後頭部に手を添えて自身に寄せた。

「よく頑張った」

 言葉少なだが理解した。私が精神的な限界を迎えていると気付いてくれたのだと。

 息を詰めた途端に目と胸の奥が熱くなり、息苦しさを感じた。次第に視界がぼやけ、涙がこぼれ落ちた。
 見られたくなくてヒイラギの胸板に頭を押し付けると、ヒイラギの抱擁ほうようが強くなる。
 優しい温もりに心が癒されて、詰まりかけた息を吐き出した。

「……ありがとう」

 湿っぽい声音で感謝の気持ちを伝えれば――

「礼は不要だ」

 いつもの素っ気ないようで、柔らかな声で返してくれた。

 やっぱり私は、ヒイラギが好き。
 たとえ私を女≠ニして見てくれなくても、前世からの想いは消せない。……ううん、消したくない。

 いつか人間として人間の伴侶を作り、この想いを捨てる日が来る。
 それでも、今だけは想わせて。この恋心を大切にしたいから。