本当の心は
挨拶もそこそこに前へ向き直ると、メリッサが高等部からの規則や授業内容、行事を説明する。
時間割表と教材を取りに行き、そのついでに学生証を更新する。
ちなみに私は発行することになるので、放課後までお預け。
「明日から授業が始まります。時間厳守、忘れ物はしないように。それでは、解散です」
メリッサの一言で放課後を迎える。
早く校長室に行かないと……。
「サカキさんって、アマトリアの外から来たの?」
その時、一人の女子生徒が質問してきた。
「えっ? あ、うん。六年前に……」
答えると、次々と人が集まってくる。
これが質問攻めかと思うと、頬が引きつりそう……。
「六年前? 今まで精霊学園に入らなかったのはどうして?」
「えっと……冒険者として生活していたから」
「マジ? ランクは?」
「Cランク」
「へえ! どんな武器が得意なんだ?」
「剣もそうだけど、対人戦では棒術を主に使っているよ」
男子生徒も質問に参加して、偽装した冒険者のランクと戦術を答えると感心の声をあげた。
「その子、獣型の精霊だよね? どうして出しているの?」
女子生徒が、ヒイラギについて触れてきた。
これはあらかじめ決めた設定で答えた。
「魔力量の底を上げるため。限界まですると魔力欠乏症になるけど、限度を守れば少しずつ増えるから」
「熱心なんだね。ちなみにその子はどんな精霊? 位階は?」
「白狐。栄位だよ」
答えると、その場にいる全員が目を丸くする。
あれ、おかしかった?
「す……すげえ、上位精霊じゃん! やべえ、
「小さいのにすごいんだね! それに綺麗……!」
上位精霊の中でも一番下なのに、誰もが興奮して羨ましがる。
私の家族は全員が神位。
だからかもしれない。世間の一般論が麻痺しているのは。
どう反応すればいいのか困っていると、ヒイラギが口を挟んだ。
「チハル、そろそろ時間だ」
「あ……うん。みんな、ごめん。校長先生に呼ばれているんだけど……」
「校長先生に?」
「うん。放課後にもう一度来てくれって」
両手を合わせて謝ると、みんなが納得して道を開けてくれた。
ほっと安堵して、また明日、と挨拶を交わして教室から出た。
急いで昇降機に乗り込んで、深く息を吐き出す。
「相手にしなくても良かっただろうに」
「そういうわけにもいかないでしょう。人間関係は大切だし、聞き込み調査の時も必要なの」
前世は虐めのせいでトラウマになりかけたけど、意外と平気のようで安心した。
「手が震えているぞ」
「……え?」
ヒイラギの指摘に疑問を持って己の右手を見る。
……小刻みに震えていた。それだけではなく、肩にも力が入っている。
「気付かなかったのか?」
「……ふふっ……うん。平気だと、思ったのに……」
震えている右手を左手で握り締め、額につける。
今頃になって恐怖が蘇るなんて、鈍くなったのかな。
きつく目を閉じて震えを抑え込む。すると、頬にふわふわしたものが当たった。
ヒイラギが頭を擦りつけているのだと、一拍置いて気付く。
その心地良さに心が温かくなって、強張っていた体から力が抜けた。
「……ありがとう」
そっとヒイラギの頭を撫でてお礼を言うと、ピコリと耳が微動して、尻尾が揺れた。
チン、と音の後に扉が両側に引っ込む。昇降機から降りて、通路の奥にある扉を叩く。
「高等部一年一組のチハル・サカキです」
編入したからには、口頭に学部と学年と在籍する組を言った方がいいだろう。
一拍後、入れ、と一言を貰って扉を開ける。
校長室に入ると、最初の時に無かった小さな機械が執務机の上にあった。
「これに魔力を込めてくれ。それで学生証が発行される」
「分かりました」
エルメンリッヒに言われて魔力を込めれば、白金色の縁取りがある紫色のカードが現れた。カードには、在学する学園の名、名前、年齢、性別、学部と学年と組が記載されている。
「これでチハルも学園の生徒だ。調査だけではなく、勉学にも励むように」
「はい、精進します」
頷いて意気込みを見せたところで、ふと思い出す。
「そういえば、件の召喚士、誰だか判りましたか?」
できることなら気に留めたい。心配であると同時に、彼が危険思想を持ち、
真剣な顔で訊ねると、エルメンリッヒは真面目な顔で教えてくれた。
「ユリシーズ・ブロンソン。十七歳。高等部三年二組。猪の中位精霊と仮契約を結んでいた」
中位精霊とは、当たりが良かったのか。だとしたら、かなりショックだっただろう。
頤に手を当てて、ユリシーズという少年の心境を想像する。
同情心は一応持ち合わせているけど、同情は時として人を傷つけるのだと知っているので深読みは控えているからだ。
「他に聞きたいことはあるか」
「ユリシーズの性格、猪の中位精霊の名前と性格はどうでした?」
私の質問に、エルメンリッヒは不思議そうな顔で答えてくれた。
「ユリシーズの性格は熱血で愚直だが誠実。精霊の名前はコーネル。直情型で猪突猛進だが、他人思いだと聞いている」
馬鹿正直で勢いがある誠実、他人思いでも直情型、か……なるほど。
「仮契約の解消は……コーネルとの喧嘩かな。口論で、コーネルが切れた……とか?」
直情型なら感情任せになって、相手を思い遣る心を見失ってしまう。
ユリシーズが心にもないことを言ったのか。コーネルが心にもない行動をとったのか。
考えるといろんなパターンが頭に浮かぶ。
ここでエルメンリッヒに意見を聞こうと顔を上げると、彼は目を丸くしていた。
「エルメンさん?」
「……チハルはすごいな」
どういう意味なのか疑問を持って首を
「証言によると、コーネルが本契約をしないからだとユリシーズが言い、そこでコーネルが怒って仮契約を切った。ユリシーズは謝ろうとしたが、コーネルは聞く耳を持たず、精霊界へ還った……という流れだそうだ」
予想が的中して、眉を下げる。
ユリシーズは心の底にあった不満をぶつけてしまった。それで信頼を失ったのだ。
けれど、彼らの絆は修復不可能なのだろうか。恐らくコーネルにも思うところがあるはず。
「エンジュ」
声に魔力を込めて呼びかけると、この場に鬼神・エンジュが現れた。
エルメンリッヒが目を見張るけれど、エンジュは構わず私に訊ねた。
「学園で我を呼んで良かったのか?」
「校長室だから大丈夫。それより、ちょっと頼みたいことがあるの。精霊界で貴方の仲間に、ある中位精霊を探してもらいたい」
そう言うと、エンジュは眉を顰めた。
「なかなか骨が折れるようだが……その中位精霊は?」
「猪で、名前はコーネル。名前からして、男の子。その子、召喚士と仲違いして精霊界に還っちゃったらしいんだけど、もしかしたら後悔しているかもしれない」
「他人の事情に首を突っ込むのか」
エンジュは咎めようとしているけれど、私も退けない。
「召喚士は高等部三年生で、もう後がない。もしかしたら自暴自棄に
事情を説明すれば、エンジュは目を細める。
「どれだけ時間がかかるか分らない。それでもいいか」
私は真摯な眼差しで頷く。
時間がかかるのは承知の上。可能性があるのなら、試してみなければ始まらない。
私の意志を確認したエンジュは、静かに息を吐いた。
「やれやれ、我が契約者は物好きで困る」
呆れたようにぼやくが、その発言は引き受けてくれる意味が込められている。
ほっと安心し、エンジュにある案を提示する。
「猪型の精霊って、どの辺りに多く生息していると思う?」
「そうだな……森林か、谷間か。中位精霊なら、自身を鍛える修行のために、谷間に住むことが多い。……なるほど。そこを重点に探してみよう」
「ありがとう。お願いね」
「
幻想郷ではなく、精霊界へ向かったのだ。
通常の契約では契約者がいる人間界から離れられない。対する【式神契約】は通常の契約と違ってそこまで束縛しない。むしろ自由を尊重する。
前世でも柊≠ニ梓≠ヘ、妖怪の世界である隠世≠ニ現世を行き来していたから。
「今のは……神位の精霊か?」
「鬼神です。鬼型の精霊の頂点に立つ子ですので、部下もいます。精霊界での精霊探しに適しています」
説明すると、エルメンリッヒは目を丸くする。
「精霊界へ還れる、だと……?」
「私の能力の一つ【式神契約】の恩恵です」
この世界の住人では考えられない非常識なのだと理解できる。
だから答えられることは答えて、紫色の携帯端末ポータブルフォンを取り出す。
「連絡はいつ交換しますか?」
「あ、あぁ……今する」
切り出すと、エルメンリッヒは赤い携帯端末を取り出した。
「失礼します」
連絡手段を交換し合うと、校長室に一人の女性が入ってきた。
タイトなスーツを着た、理知的な銀縁の眼鏡をかけている緑色の髪の美女。
彼女は私を見ると、恭しく頭を下げる。
「この学園の教頭、シルヴィア・フォレスターと申します。どうぞ、シルヴィとお呼びください」
「……シルヴィ先生、ですね。チハル・サカキです。今日からよろしくお願いします」
私も礼儀正しく
そして出ていくのかと思いきや、エルメンリッヒの後ろに控えた。
あれ?と疑問に思っていると、エルメンリッヒが説明してくれた。
「彼女は我輩の秘書だ。チハルのことは事前に説明している」
「あぁ……なるほど」
だから校長室から出ないのか。まぁ、味方が増えるのはありがたい。
「では、最終調整をするか」
エルメンリッヒの一言で、私達はラトレイアー精霊学園での方針を考え合った。