訓練



 ガキンッ、鉄同士が交わる甲高かんだかい音が鳴り響く。

 神社の境内けいだいとそっくりな広場で、拝殿はいでんから離れた障害物のない空間。
 そこで私は、ヒイラギと戦っていた。

 ヒイラギの得物は【神武天鎌しんぶてんれん】という大鎌。先端に刺をつけた鎖が石突いしづきについていて、鎖鎌のようにも見えなくもないが、鎌は身の丈ほどあるから、鎖鎌とはことなる。

 対する私の得物は、諸刃もろはの剣。二尺七八寸――およそ八十五センチメートル――の刀身の刃先は菖蒲あやめの葉に似た形。剣の中ほどは盛り上がっていて、魚の背骨のように節立っている。しかも全体的に白っぽくて、神秘的な雰囲気を秘める。

 天叢雲剣あめのむらくものつるぎ八岐大蛇やまたのおろちを退治した素戔嗚尊すさのおのみことが尻尾から発見され、[#ruby天照大神_あまてらすおおみかみ#]に献上けんじょうし、日本の天皇の先祖である瓊瓊杵尊ににぎのみこと餞別せんべつとして玉と御鏡と合わせて贈られたもの。草薙剣くさなぎのつるぎとも呼ばれるけれど、それは野火から難をのがれるために草を刈るのに使ったから。

 天皇が正統な皇位継承の証である象徴として、即位の際に三種の神器を身につけるらしいが、天皇をたたりりで苦しめたことがある。それは熱田あつた神宮に安置しなかったのが原因らしい。何度か盗難にい、最後には水没すいぼつしてしまった。今ではレプリカを使われているそうだ。

 地球の故郷では有名な神剣・天叢雲剣が、何故なぜ私の手元にあるのか。
 答えは簡単。私の能力【神宝召喚】によって作り出されたからだ。

【神宝召喚】は、神話や史実に登場する武器を現実に投影とうえいし、秘めたる力を再現する。
 ただし、普通の武器は作れない。あくまで歴史に刻まれた武具のみ。

 天叢雲剣のような武器だけではない。防具の他に神話に登場する神具も含まれる。
 を挙げるなら、三種の神器の仲間である、八咫鏡やたのかがみ八尺瓊勾玉やさかにのまがたま
 これまで挙げた三つの武器や装具の効果を説明するなら……

 天叢雲剣は、所有者の能力値を底上げして、戦闘能力を飛躍的ひやくてきに上げる。

 八咫鏡は、飛び道具での攻撃を跳ね返すだけではなく、魔法を吸収して打ち返せる。

 八尺瓊勾玉は、単純に魔力障壁より頑丈な結界。所有者の思いによって効果は変わる。

 前世からあつかっているからか、今世でも自在にあやつれた。しかし、武器の扱い方は今世で訓練を積んでいないから、ヒイラギに稽古けいこをつけてもらっている。
 そんなこんなで、二年目の春。あと一ヶ月で九歳の誕生日をむかえる頃だ。

「大分強くなったな」
「二年も経てばそりゃあね」

 剣を振るいながら会話するヒイラギと私。体力もかなり付いたし、かれこれ一時間も戦っているけど息切れは少ない方だ。
 でも、そろそろ疲労感が出始める。

「――今日はここまでだ」

 ヒイラギが振り回していた大鎌を消す。

【神武天鎌】は鎖鎌のように扱える。しかもヒイラギの意思によって鎖の刺が私に向かってくるから、背後にも気を付けないといけない。
 ヒイラギとの心理戦は疲れる。強くなれたから感謝しているけど。

「ところでチハル。欲しいものは決まったか?」

 先程も言ったが、あと少しで誕生日。去年と一昨年も二人からプレゼントを貰った。
 けど、今年は何がいいのか判らない。
 空笑いが浮かんでしまうと、ヒイラギは溜息ためいきいた。

「まだか」
「だって外≠ノ出ていないから、何が好きなのか自分でも判らないの」
「……それは、仕方ないな」

 渋面じゅうめんを作りながら同感したヒイラギに安堵する。

 最後に外界に出たのは二年前。私が勘当かんどうされた翌日だ。
 エレフセリア聖王国の王都コルテスから出て、とある山奥から我が家≠ナある【幻想郷】に入った。それ以降、私は外界に出ていない。

 食事はヒイラギとアズサが狩ってきた魔獣を調理している。いろいろ衝撃を受けたけれど、慣れってすごい。特に魔獣の解体が。最初は血の臭いでギブアップしたほどだから。

 衣服は、前世から【宝物庫ほうもつこ】にいれている和服をつくろったものを着ている。
 必要なものは、私がライサンダー家から持ち出した物をアズサが売って金銭きんせんに変えてくれて、それで近くの町で購入している。
 近くの町といっても大都市らしいのだけれど。

「……あ。じゃあ、武器の材料が欲しい」
「武器ではなく?」
「うん。私が作りたいのは拳銃。そろそろ飛び道具も欲しかったから」

 この世界に銃火器というものは存在しない。飛び道具といえば弓矢や魔法くらいだ。
【神宝召喚】で飛び道具を顕現けんげんするとすれば、海外の神話に登場する投槍なげやりがほとんど。そもそも前世は拳銃という武器にあこがれていた時期もあったのだ。

「でも、拳銃を外界の職人に作ってもらうと量産されて、戦争が起きる可能性がある。だから私自身で作ろうと思って」

 前世の記憶通りに作れるか不安だけれど、やってみなくては始まらない。
 要望ようぼう懸念けねんを交えて告げると、ヒイラギはおとがいに手を当てる。

「なるほど。ならばりに行くか」

 一瞬、何を言われたのか解らなくて「え?」と顔を上げる。

「俺達では必要な素材は判らん。さいわいにも近くに鉱脈があるから大丈夫だろう」
「……いいの?」
「今のチハルなら危なげなく魔獣と渡り合えるだろう」

 今まで外界に出なかったのは、私が敵と戦える強さを身に付けるため。
 ヒイラギの判断で合格点を貰ったのなら、今後からは外に出てもいいということ。

「じゃあ、準備が整う三日後に出発ってことで!」
「野営の道具は一通り揃っているから、明日でもいいぞ」
「本当? 楽しみっ!」

 満面の笑顔で喜ぶと、ヒイラギが微笑ましそうにほおゆるめた。
 慈愛じあいを込めた眼差しに、私は首をかしげる。

「前世と違い、明るくなったな」
「……! ……うん。今、とても楽しいから。ヒイラギ達のおかげだよ。ありがとう」

 改めてお礼を言うと、ヒイラギは小さく笑った。

「礼は不要だ」



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