09-07


 青空が広がる午前だが、空が白む前に起きて殲滅に向かい、リザードマンの群れと三匹のディノゾールを討伐し尽くすまで動き続けたことから、休息のため拠点に設置したテントの中で、ほとんどの戦士が眠っている。
 私もくたびれて眠りにつこうとした……のだが、今回の討伐依頼に協力してくれた家族と会うために、少し離れた場所にある開けた空間に行く。
 林の中に、ちょうどぽっかりと空いたそこには岩がごろごろと転がっていて、ちょうどいい大きさで安定した岩に腰かけた。

「シリウス、セレネ」

 そっと優しく呼べば、地面に魔法陣が浮かび上がり、そこから混沌の精霊王シリウスと光の精霊セレネが現れた。

 二人――本来、精霊は一体、二体と数える――は疲れ切った私を見て、心配そうに眦を下げた。

『休まなくていいのかい?』
「その前にお礼が言いたくて」

 シリウスが気遣わしげに訊ねるが、それより感謝の気持ちを伝えたかった。

「私の我儘に付き合ってくれてありがとう」

 今回の討伐で、私は二ヶ所しか遊撃に回っていない。本来なら全体的に回った方がいいのだが、予想以上にリザードマンが密集していたのだ。手薄な所より厚手の方を助けるべきだと判断した。
 私の体は一つしかないから、当然一ヶ所ずつ回らなければいけない。けれど、私には混沌の精霊王と光の精霊という強力な味方がいる。頼まないわけがない。
 シリウスは混沌属性の雷魔法で冒険者達の支援をして、セレネは怪我をしている者に治癒を施してもらった。その際に使われる魔力は、私から賄われている。
 精霊は契約者と離れていても、魔力を受け取ることができる。契約者の頼みであれば、契約者側から魔力を譲渡しなくても精霊が勝手に適切な量を受け取ってくれる。
 幸いにも私は、通常の古代族より魔力量が多い。ある意味で無尽蔵だから、シリウスとセレネにどれだけ魔力を取られても支障は出ない。

 けれど、二人は違う。
 種族という社会に関与しない精霊の二人が力を尽くしてくれたのは、ひとえに『契約者わたしの頼み』だから。

 精霊は契約者の頼みを聞き入れないこともある。それは力のない下位精霊には無理だが、高位精霊になると契約者との契約を破棄することができるようになる。

 精霊王であるシリウスと、世界で一体しか存在しないセレネ。どちらも通常の精霊とは比べ物にならないくらい格がある。
 それなのに二人は、私の頼みを聞き入れてくれた。血腥い仕事に協力してくれたのだ。

 本来ならしなくていいことを、私が頼んで巻き込んでしまった。
 罪悪感から謝りたくなるが、二人はそれを望まないだろうから感謝の言葉を選ぶ。

 すると、セレネは苦笑した。

『そんなに気を遣わなくていいのに……。シーナは私達の「主」で、大切なのだから』
「『主』である以前に『家族』なんだよ。家族に血腥ちなまぐさいことに……関わらせたんだから……」

 言葉が詰まらないように気を付けても、どうしても声がしぼみそうになる。 
 大切だからこそ、どうしても気負ってしまうのだ。
 そんな私に、セレネは慈愛深い微笑を浮かべた。

『精霊である私達を「家族」と言ってくれるのはシーナくらいなのよ。だから嬉しかったの』

 嬉しかった、という言葉の意味が解らなくて小首を傾げる。
 続けて、シリウスが微笑んだ。

『君は普段から僕達を頼ろうとしない。そんな君が頼ってくれたんだ。嬉しくないわけがない』

 シリウスの言葉に、確かにそうだ、と思う。

 私は人里に出てからというものの、二人を呼ばなかった。二人が高位の存在で、二人が視える人に見られて混乱を呼んだら……という不安から。

 契約しているのに、身勝手にも拒絶したのだ。
『頼られない』という寂しさを知っているのに、二人に『頼る』ことを忘れていた。
 二人が傷つくことさえも、忘れて。

 残酷なことをしてしまったという自覚を持った途端に、胸の奥が痛くなった。
 けれどセレネは、心苦しくて俯きかける私を抱きしめた。

『自分を責めちゃ駄目。シーナは古代族であることを隠して人族として過ごすことを望んでいるのでしょう? 社会の営みに入って、自由に生きたいのでしょう?』
「……うん」

『なら、私達のことで罪悪を感じる必要はないわ。私達はね、私達を「家族」と受け入れてくれるだけでも幸福なの。それがシーナだから殊更に嬉しいの。対等にいてくれるシーナと繋がっていられるだけで、私達はいつでも貴女に会える。その権利をくれたシーナの幸福を妨げることはしたくない。だから、シーナ。貴女はもっと心を自由にするべきよ』
『セレネの言うとおり。頼る時には頼ってくれるだけでいいんだ。その時になれば、僕達はいくらでも力を貸すから』

 諭して言い聞かせる二人の思いが、痛いほど心に沁みる。
 同時に嬉しかった。二人がここまで私を想ってくれているなんて、思っていなかったから。

「……ありがとう」

 もっと頼ろう。もっと向き合おう。そして、もっと自由でいよう。
 シリウスとセレネが、こんな私を祝福してくれるのだから。
 私は、私が思っている以上に幸せ者だ。



 心が軽くなってテントに戻り、横になった途端に意識を手放した。
 気力で保っていたから、安心して気が抜けたのだろう。
 今は外なので熟睡とまではいかない。かといって仮眠と呼ぶには深い眠り。
 次に目が覚めると、外から魔物の剥ぎ取りの号令が聞こえた。

「ちょうどだな」

 むくり、と起き上がった私に、同じテントで休んでいたエドモンが呟いた。

「気分はどうだ」
「ん。大丈夫」

 寝起き特有のふわふわした感覚が残るけれど、気だるさは感じない。ただ気が抜けているから、ふにゃり、とした表情で笑って応えた。
 すると、エドモンが不自然な動きで顔を逸らす。

「……エドモン?」
「いくら魔力を多く持つからとは言え、大魔術で一度に大量の魔力を消費したのだ。ジョイ以外も言っていたが、お前の働きでリザードマンを確実に屠れた。もう少し休んでも罰は当たらん」

 いつもと違って若干早口だが、気遣ってくれた。

 でも、休み過ぎたら私の収入が減る。あんなに戦ったのに収入ゼロだけはけたい。

「いや、起きるよ。剥ぎ取り、早く終わらせて帰りたいし」

 特に私は一番大変なディノゾールの解体をしないといけない。キンバリーに剥ぎ取りの仕方を教えて貰うには、早く行った方がいい。

 意気込んで、私はテントから出た。



 ディノゾールの解体と剥ぎ取りが終わると、通常のリザードマンを三十匹、リザードマンジェネラルを十匹、希少種を三匹の剥ぎ取りに成功した。もっとたくさん倒したのだが、他の冒険者達の収入を考えて、それだけに留めた。
 皆からもう少し欲張れとも言われたのだが、そんなに必要ないので遠慮したのだった。

 戦闘中に武器を貸した冒険者からは武器を返されると思ったけれど、手に馴染んで愛用にできると言って私から買い取った。本来の価格より安く売ったこともあり、かなり喜ばれた。結構良い値段したけれど、私の場合、お金に関して心配とかないから問題ない。

 一日で殲滅と剥ぎ取りを終えると、翌日の早朝に出発して、二日目の昼前に鉱山都市オリヒオに到着。

 そこからが大変だった。主にキンバリー達が。

 討伐依頼が完了してすぐ、数名の冒険者をオリヒオに帰して報告させたところ、領主が凱旋パレードを行うことを戻ってきた冒険者から聞かされた。
 ディノゾールとリザードマンの所為で、近くの領地が丸ごと壊滅したのだ。市民にも広まっているため、彼等の不安を払拭させたい。そのための凱旋パレードだ。
 私は新参者だから参加しなくていいけれど、有名人であるAランクパーティー『氷冷の鉄槌』のリーダーであるキンバリーとジェニファー、Bランク冒険者で有名なクラウドと、Cランクパーティー『蒼炎の刃』のリーダーであるキャンディスが主役となって、二台の幌馬車の御者台に二人ずつ乗って無事をアピールした。
 Aランク冒険者であるエドモンは出なくていいのかと思っていると……。

「俺はそういったものは嫌いだ」

 曰く、エドモンは領主と面識があるらしい。領主からも厚い信頼を寄せられていることもあり、多少の我を通して派手な催しには不参加することができるのだとか。

 凱旋パレードが終わると、後は自由行動。私は真っ先に共同住宅『白兎の庭亭』に行き、久々の風呂を堪能した。

 たった五日間。されど五日間。
 依頼による濃密な時間で泥のように溜まった疲労感を癒すために、今日は早いうちに眠った。


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