恋心




 帝都への旅が始まって七日が過ぎた。

 花嫁候補を乗せる馬車が一台と、その両脇を守る騎士が乗馬する馬が二頭、後方にいるアレンの馬で進んだ。使者の騎士は三名だけど、一人は御者役ぎょしゃやくだから、必然的に馬車の守りは騎士二人とアレンだけになる。

 ちなみに私は乗馬経験がないので、アレンの馬に乗せてもらっている。
 ソフィアは私を馬車に勧めたけど、イザベルがいる。アレンはそれを配慮はいりょして、旅の間にいろんなことを教えたいからと言って遠慮させてくれた。
 馬を疲れさせたくないけど、馬車に乗るよりはマシだ。本当に感謝してもしきれない。

 安全な道を進んで町を転々とする。町の宿に着けば、騎士達は羽目はめを外さない程度でさわぐ。移動中は盗賊などの無法者にわないように気を張っているからね。
 騒音は苦手だけど、彼等の気楽なにぎやかさは心地良かった。



 こんな感じで八日目の町に到着する。
 比較的大きな町は、とても賑やかで楽しそうな雰囲気があった。
 いたるところに屋台があるし、暖色系の大きなカボチャを飾っている。

 お祭りのような活気に驚いていると、アレンは思い出したように言う。

「そういえば、今日は収穫祭だったな」
「収穫祭?」
「農産物の収穫時期に、作物の無事の収穫を祝うための祭祀行事さいしぎょうじだ。宗教的な祭式さいしきもあるが、ほとんどが自分達の生産物を宣伝せんでん、販売する色合いが強い。食べ物の屋台が多いのはそのためだ」

 言われてみれば、確かに食べ物を売る屋台が多い。
 この世界にも収穫祭があることに驚いたが、初めて見るお祭りに心が弾む。
 できることなら楽しんでみたいけれど、アレン達の事情もあるから我慢しないと。

 自制心を働かせていると、私の頭にアレンの手のひらが乗った。

「この町の収穫祭は、どちらかと言うと宗教的だ。良かったら見て回らないか?」
「え、いいの?」
「ああ。城に着くと、なかなか会えなくなるからな」

 アレンは宮廷魔導師じゃないらしいから、同じ職場ではない。会えるとしても、時間が合うのかも分からない。

「……それでも、会える?」

 この旅の間に、アレンは私にとって大きな存在になった。
 私を助けてくれて、優しい言葉をかけてくれた。不安になった時はそばにいてくれて、彼の笑顔を見ると安心する。
 人間に対してここまで心を許すなんて私らしくないけど、彼のおかげで頑張れた。

 城に着いて会えなくなったら心細くなると思う。
 そんな私の心情に気付いたのか、アレンは微笑んだ。

「もちろん。頻繁ひんぱんには無理だが、できるだけ会いに行くよ」

 アレンもいそがしいのは理解できる。それでも会えるのだと言ってくれて安心した。


 馬を預けて宿に入ると、イザベルはすぐに部屋へこもった。
 ソフィアも彼女の傍に行くと思ったけど……。

「ちょっと買い物に行ってくる。アレン、私が戻るまでシーナを連れ出さないでね」

 ソフィアはアレンにそういうと、急ぎ足で外に出た。
 彼女が戻るまで待つことになったけど、どうしたのだろう?

「それじゃ、俺達は交代で遊びに行くか」

 使者団のリーダーであるティモシーが言った。
 交代というのは、イザベルに危害きがいがないよう守るためでもある。

 騎士三人はじゃんけんで順番を決め、一人が宿から出ていく。
 宿に残った私は、アレン達から帝都には何があるのか、名物は何かを教えてくれた。
 楽しく談笑していると、宿にソフィアが戻ってきた。
 ソフィアの両手には袋が抱えられていて、私達を見つけると足早に近づいた。

「ちょっとシーナを借りるから」
「え、ソフィア?」

 何がどうしたのか。

 ソフィアに声をかけるが、彼女は強引に部屋へと連れ込んだ。
 部屋に入ると、ソフィアはベッドに袋に入っている物を広げる。

 それは、長袖の白いワンピースと、ベージュのカーディガン。ワンピースの丈は長く、すそに青い花の刺繍ししゅうほどこされていた。

「可愛い……」

 シンプルだけど可愛らしい服に、思わず感嘆かんたんの言葉が出る。
 私の反応に満足したソフィアはにこりと笑う。

「さあ、着替えるわよ! ほら、脱いで」
「……え? わ、私が着るの!?」
「他に誰がいるの。お祭りにズボンで行くなんて勿体無もったいないし、お洒落しゃれは女の子の特権なのよ。こんな時ぐらい楽しまなくちゃ」

 私以上に楽しそうなソフィアだけど、私に似合うかどうか……。
 気後れしつつ着替えると、ソフィアは私の髪をくしかす。

「本当に綺麗な髪ね。枝毛もないし、つややかだし。どんな手入れをしているの?」
「してないよ? ……あ。よく水魔法の浄化でさっぱりしているから、それかも」

 魔法を使えるようになってからは毎日やっている。
 たぶんそれだと言えば、ソフィアは感心した。

「私も水魔法を使えるけど、そんな方法は思いつかなかったわ」

 水属性の浄化魔法なんて普通かと思ったけど、そうでもないみたいだ。
 寝る前に教えると言えば、ソフィアは嬉しそうに笑った。

 ソフィアは今まで見てきた中で、とても綺麗で可愛らしい人。
 優しくて気立てもいいし、お姉さんみたいな女性。出会った初日の湯浴みで、私より五歳も上だと教えてくれた。全然そう見えない若々しくて、きっと仕事場で人気があるはずだ。

「ねえ、シーナ。貴女、アレンのことどう思っているの?」

 唐突な質問に一瞬、思考が止まる。
 でも、アレンへの印象を言うとするなら簡単だった。

「……優しくて、とても素敵な人」

 アレンに対して感じていることを言うと、じわりと胸の奥が温かくなる。
 ……穏やかな心地になると同時に、少し切なくなるのは何故なのか分からないけれど。
 そんな私に、ソフィアはクスクスと笑った。

「やっぱり、アレンが好きなのね」
「……好き?」

 え、好きって……え? 何で?

「今の顔、恋する乙女だった」
「ええっ!? わ、私が……こっ、おとっ!?」

 言葉にならないくらい頓狂とんきょうな声が出てしまい、顔が熱くなるほどずかしくなる。

 だって、私が恋する乙女だなんて、そんなメルヘンチックなこと……!

「ありえないっ!」
「こらこら、自分の気持ちを否定しないの」
「だっ、だって……!」

 信じられない。私が恋だなんて。乙女だなんて。
 私には一生無縁むえんだと思っていたのに……!

「恋愛は女の子の特権よ? 自分に素直になって認めちゃいなさい」

 楽しそうに笑うソフィアは、なんだか経験者のように見えた。

「ソフィアも恋してるの?」

 思い切って尋ねてみると、櫛を操る手が止まる。
 鏡越しでソフィアを見れば、彼女はほおを赤く染めていた。

「ど、どうしてそう思うの?」
「さっきの言葉、なんだか経験者っぽかったから」
「……シーナって意外と鋭いわね」

 頬を赤らめて苦笑するソフィアは本当に可愛かった。
 彼女の方が恋する乙女だ。私はこんな感じじゃないから、きっと違うはず。

「恋バナはお祭りの後にしましょう。今はお祭りを楽しまなきゃ。それと、シーナはアレンともっと仲良くなりなさい! アレンはちょっと特殊な魔導師だから、城に着いたらなかなか会えなくなっちゃうもの」
「……うん。ありがとう」

 ソフィアの気遣いに、胸の奥が締め付けられた。

 アレンは恩人で、私の世界を広げてくれた人。だから心から安心できて信頼できるのだと思っていた。
 けれど、それだけじゃなかったのだと気付かされて、どうすればいいのか戸惑う。
 私が恋をするなんてありえないと思っていたのに……。

「――はい、できた」

 思考の海から意識を戻すと、鏡に映る自分に驚く。

 両耳の後ろの髪を三つ編みにして、水色のリボンで後ろに結わえられていた。
 お嬢様風のハーフアップの髪型は綺麗で、ソフィアの器用さが分かる。
 私に似合わないと思っていたのに、意外と似合っていることにも驚いた。

「すごい……! ありがとうソフィア!」
「ふふっ、どういたしまして」

 楽しそうに笑うソフィアは本当に魅力的だ。彼女の恋が成就じょうじゅするといいな。




PREVTOPNEXT

1/2

Aletheia