05-02




 アレン達がいる一階に下りる。
 ちょうど先に遊んでいた一人が戻って、次はティモシーが息抜きに向かう番になっていた。

 彼等の中に、アレンはいない。

「あら? アレンはどこかしら」

 ソフィアが尋ねると、ティモシーは言いにくそうに指先で頬をく。

「あー、なんか知り合いらしい奴に掴まって外に出て行ったぞ」
「なんつーか、その知り合い剣幕けんまくそうだったっス」

 最後に息抜きに行く一人が続けると、ソフィアは憤慨ふんがいしそうになった。

「もう、せっかくシーナを綺麗にしたのに!」
「ああ。見違えるほど綺麗になったな。ソフィア、いい腕してるぜ」

 ティモシーがニカッと笑って褒めると、ソフィアは頬を赤らめて「ありがとう」とはにかむ。

 ……なるほど。ティモシーが好きなのね。
 ここはお邪魔しちゃいけないから、アレンを探しに行こうかな。

「私、アレンを探しに行くね」
「一人で大丈夫か?」
「うん。行ってきます」

 最初に息抜きに行った騎士に心配されつつ、私は宿から出た。
 私は相手の魔力を探査することができる。アレンの魔力は独特だから、すぐに見つかった。

 人気の少ない宿の陰に行くと、壮年そうねんの男に言いつのられているアレンがいた。
 頭巾フードから見える、癖のある焦げ茶の髪にいかつい強面こわおもて。身長はアレンよりやや低いけど平均より高く、外套の上からでも武人らしい体格だと判る。
 知り合いのようだけどアレンが困っているので、とりあえず声をかけることにした。

「アレン!」
「! シーナ……か……?」

 アレンが私に顔を向けると、呼吸が止まるほど固まってしまった。

 あれ? 何で? もしかして似合ってなかった?

「どうしたの?」
「……あ、いや、その……綺麗だ。似合ってる」

 しどろもどろに言うアレンは、お世辞を言っているように見えない。
 少し恥ずかしくなって、「ありがとう」とはにかむ。

「ところで、その人は?」
「あ、あぁ……城に仕えている知り合いだ」

 知り合いなら、どうして剣幕けんまくな様子だったのだろう。
 不思議に思うけれど、一応挨拶あいさつしよう。

「えっと、はじめまして。シーナと申します。アレンの勧誘を受けて、魔導師見習いになることになりました。よろしくお願いします」

 柔らかな表情で軽く会釈えしゃくすれば、男性は私を凝視した。

 あれ? 挨拶の仕方、間違えたかな?
 まぁ、それはともかく。

「どうしてアレンに怒っていたんですか?」

 単刀直入に訊ねると、男性は気まずそうに重い口を開けた。

「……その、だな。大切な仕事を頼もうとしていた時に留守だったのだ。連れ戻すよう上に命令されているんだが……」

 ……アレンって、そんなに偉い立場にいる人だったんだ。
 そんな人を私の都合で拘束してしまったなんて……。

「あの……すみません。私のせいなんです」
「君の?」
「はい。世間知らずの私にいろんなことを教えてくれて……。いつも親切にしてくれて、いつの間にかそれに頼ってしまって……」

 頼もしい彼に頼っていた。彼の優しさに無意識に甘えていた。
 やっと自覚して、自分の不甲斐ふがいなさにつらくなった。

「彼を引き留めてしまったんです。……本当にすみませんでした」

 都合のいい話だと思う。でも、私が悪いということは事実なのだ。
 これ以上アレンが怒られないよう頭を下げて謝れば、男は気まずそうな様子になった。

「そう、か……。なら、仕方ない」

 どこか吹っ切れたように言った男の表情は、少しだけ柔らかくなった。

「アレン殿、こちらのことは何とかしましょう」
「……いいのか?」
真摯しんしな彼女にめんじてです。では、早いお戻りをお待ちしております」

 どこかうやうやしい態度で言った男は、最後に私に笑いかけて去っていった。
 アレンは不思議そうな顔で見送ったけど、私は申し訳なさでいっぱいだった。

「アレン、ごめんなさい」

 消え入りそうな声で謝れば、アレンは目を丸くして私を見下ろした。

「どうした?」
「……私、アレンに頼ってばかりで、迷惑めいわくかけちゃったから……」

 顔を直視するのも難しくなるほど気持ちがしずんでうつむいてしまう。
 アレンは頼ってくれと言ってくれた。けど、その優しさに甘えたせいで怒られてしまった。
 私のせいで……。

「……ごめんなさい」

 不甲斐ない自分が情けなくて、少し泣きそうになった。
 涙が出ないよう目に力を込めていると、アレンは私の頭に手を置いた。

「シーナは一度も迷惑なんてかけてない」
「そんなこと……」

 いつも優しい言葉をかけて気遣ってくれる。それがとてもつらいと初めて感じた。

「嬉しいよ。シーナが俺を頼ってくれていたなんて」
「……え?」

 嬉しい? 私に頼られて?

「いつも遠慮ばかりだったから、信頼されていないのかと不安だったんだ」

 遠慮はしていた。でも、信頼している。じゃないと大切な本を渡さない。

 顔を上げると、アレンはとても嬉しそうな顔をしていた。
 優しく細められた鳶色とびいろの瞳に、胸の奥が高鳴り、熱くなるほど締めつけられた。

「次は甘えられるようになってくれ」
「……お人好しすぎるよ」

 本当にお人好しだ。こんな私に甘えられたいなんて。

「ありがとう」

 でも、こんな私を受け入れてくれるなんて、凄く嬉しい。
 喜びと感謝の気持ちを込めた笑顔でお礼を言えば、アレンは穏やかに笑む。

「さあ、行こう」
「うん」

 私は差し出された手を取り、お祭りで賑わう領域に入った。



 収穫祭の屋台は食べ物関連が多かったけど、輪投げやダーツなどのゲームがあって、アレンと一緒に遊んだ。
 途中で小腹が空くと、屋台で売られているカボチャやサツマイモのような野菜のお菓子を買って一緒に食べた。
「美味しい……!」
「ははっ、それはよかった」

 人生初のお菓子に感動したら、アレンは面白そうに笑った。
 耳に心地良いはずんだ声と、明るくて優しい笑顔。それを見るだけで心が弾む。
 ソフィアの言うとおり、私はアレンに恋をしているのかもしれない。

 少しずつ自覚していくと、遠くから楽しそうな音楽が聞こえた。

「行ってみよう」

 アレンに連れられて歩いていく。
 町の広場の中心にキャンプファイアみたいな火をつけた組み込んだ木が置かれていた。人々はその周りで楽しそうに踊っていた。
 老若男女が俗世ぞくせを忘れたかのように、男女二人で手を取り合って。
 音楽は型に嵌ったようなものではなく、明るくて楽しい民族的なもの。
 アコーディオンやギターに似た楽器、竹のような筒状の木で作られた打楽器で奏でられている。

 とても楽しそうな光景に見蕩みとれていると、アレンが私の手を取った。

「シーナ、踊ろう」
「えっ!? わ、私……踊り方知らないよ?」
「俺が教える。大丈夫、簡単だから」

 アレンの素敵な微笑に逆らえず、戸惑いを抱えながら私達は彼らの輪に加わった。
 踊りなんて初めてで、最初はぎこちなかった。けど、アレンが丁寧ていねいにリードしてくれたおかげでステップのコツを覚え、次第に楽しくなって夢中になって踊った。

「シーナは筋がいいな」
「アレンが教え上手だからだよ」

 踊りながら笑って言えば、アレンは照れくさそうにはにかむ。
 また、心音が高鳴る。同時に甘い熱が広がっていく。

 私……アレンのことが好きなんだ。

 自覚した途端、嬉しいような切ないような、よくわからない感情に包まれた。
 アレンは私をどう思っているのだろう。好意的なのはわかるけど……。
 知りたいけど、知るのが怖い。
 だから今は忘れて、この瞬間を楽しもう。

「アレン、本当にありがとう。こんなに楽しいの、生まれて初めて」
「……それはよかった。他にもいろんな祭りがあるから、それも楽しもうな」
「うん!」

 心が弾む約束をして、楽しい夜を過ごした。




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Aletheia