濃密な魔力を解放すれば、手のひらから渦巻く冷気が生じ、徐々に大きな
そしてそれは――氷の生物に変わった。
この世界で神聖視されているその生物は――ドラゴン。
古代魔法で作られたこの疑似生命体は、術者が敵と認識した者の魔力を感知して追尾する性能がある。今は敵がいないから襲いかからないけど、私が敵と認識した者に対して容赦なく攻撃する。そこが少しおっかない。
そしてこれは大魔法の部類に入るから結構疲れる。たぶん、私の場合だと一割未満は消費する。私は慣れているから精密にできるし、魔力量は一般より多いから平気だ。
氷の竜に向かって手を伸ばせば、氷の竜は私の手に顔を寄せて擦り寄る。冷たいけれどなかなか可愛くて、自然と頬が緩んでしまう。
「これでいいですか? ……陛下?」
声をかけるが、竜帝陛下は唖然としていた。よく見れば、周りの人達も。
……やりすぎた? でも、これの方が得意だから、パッと思いついたんだけど……。
「あのー……陛下? 大丈夫ですか?」
「……! ……すまない。大丈夫だ」
大丈夫じゃなさそうなくらい驚愕していたけど、本人が大丈夫なら追求しない。
「どうやって創り出した」
「……最後の呪文――『デウス・エクス・マギア』は魔法仕掛けの神≠フ意味があります。『アルス・マグナ』は大魔法を安定させるための補助、『ドラコ』は竜≠指し、『グラキエース』は氷≠意味します。あとは明確なイメージで唱えればできます」
「まるで生きているように見えるが……」
「『神』の単語を使いましたから。術者が敵と認識した者の魔力を感知して倒す意思があります。『魔法仕掛け』なので、構築する魔力が消えるまで
魔物に向けて実証実験をしたから、この性能は理解している。
さて、この氷の竜も元に戻さないと。
「ありがとう、もういいよ」
礼を言えば、氷の竜は霧散して空気に溶けた。少し切ない瞬間に目を伏せて、気を取り直して竜帝陛下に向き直って片膝をつく。
「これでいかがでしょう」
「……充分だ。さて、そろそろ暗くなる頃だ。ヴィンセント、送ってやってくれ」
「はっ」
宰相様に声をかけた竜帝陛下が退出するのを待つ。
気配が遠くなったところで、息を吐き出して立ち上がる。
「お疲れ様です」
「あ……はい」
こんなに緊張して疲れるなんて久しぶりだ。
力無く笑いかければ、宰相様は真面目な顔をしていた。
「陛下と会っても平気そうでしたね」
「……そうですか? これでも結構緊張しましたけど」
竜帝陛下に対して堂々とものを言えたし、失敗することなく古代魔法を上手く発動できたのも、本当に奇跡だった。
思い返す私に、宰相様は真剣な表情で私を見据える。
「普通の人なら緊張で言葉も上手く話せないのがほとんどです。女性なら一目で好意を持つほど見惚れてしまいます。貴女はそれらと違って自然な対応をしているように見えました」
言われてみれば確かにそうだ。緊張はしたけど、いつも通りの態度だったと思う。恭しいようにしても、どこか気安さというか……対等な会話ができていた。
あの時の駆け引きも簡単に誘導されて変な顔をしてしまったのに、竜帝陛下は笑顔で無かったことにした。その後も不敬な態度だった気が……。
「陛下は竜帝。この大陸を統べる偉大なる竜なのです。怒りを買えば我々など
「無いです」
うん、無いね。これは即答できた。
確かに竜帝陛下は、一般的に見れば
「陛下だって、種族は違っても同じように生きています。同じ命を持つ者を遠い存在と受け止めすぎるのも良くないと思います。それに、陛下は人々を守っています。守ってくれる者に対して恐怖を感じるのはおかしいです」
これが私の見解だ。他人から見ればおかしいだろうが、これが私だ。
宰相様は呆然と口を開いたが、少しずつ困った表情で苦笑した。
「……お優しいのですね」
「いえ、私は普通です」
「その普通の考えが、我々にはできないことなのです。誰もが遠い存在として距離を置こうとします。……この私も、かつてはそうでした」
切ない表情で遠くを見つめる宰相様。
「私は幼い頃、陛下に救われたことがあります。妖精族の中でもエルフは
言われて、今頃になって気付く。長い金髪で隠れているから見えにくいけど、じっくり見れば確かに宰相様の耳は
まさか宰相様がエルフだなんてびっくりだ。他種族国家なのは旅の間でも実感したけれど。
「シーナさん」
いきなり敬称を使われて戸惑いそうになるけど、真剣な眼差しに緊張する。
「貴女は陛下を特別視しません。そのお心を忘れないでください」
「……はい」
自分の心だ。そう簡単に忘れてなるものか。
真摯な思いを込めて頷けば、宰相様は笑みを浮かべた。
「申し遅れましたが、私の名はヴィンセント。どうぞ、ヴィンスとお呼びください」
「えっ。……どうして愛称で?」
「私は認めた者にだけ、愛称で呼ぶことを許しています。シーナさんは信用するに値する人間だと感じましたから」
認めてくれたのは嬉しいけど、こんな大物に認められると、周りの反感も買いそうだ。
でも、その好意は受け取る方がいいので、「わかりました」と頷いた。
「では、行きましょう。夕飯は厨房の者に頼みますから、安心してください」
ヴィンス様に言われた途端、腹の虫が小さく鳴った。
タイミング良すぎる空腹に恥ずかしくなって俯くと、ヴィンス様はクスクスと笑った。
こうして、初めての竜帝陛下との対面は終わった。