先に宰相様、続いて私も入る。
ひと目で見た感じでは、これまで泊まった宿屋がすっぽり入りそうなくらい、謁見の間は広い。胃が締め付けられるような緊張感が襲いかかる。それでも凛然とした姿勢を崩さずに中央まで進むと、片膝をついて
「
深みのあるテノールの声は日溜りのように優しい。
そっと顔を上げ、息を呑む。
金糸で
この神々しい男性こそが、竜帝陛下――アンスヴァルト。
精霊王であるコスモより神々しい美貌だけど、表情を変えずにいられた。
「遠路はるばるご苦労だった。早速だが、ある魔導師から古代魔法書を渡された。本来なら献上するに
ある魔導師はアレンのことだろう。アレンから聞いているはずだろうけれど、本人から直接聞く方が想いを伝えられる。
理解した私は、少し目を伏せて申し上げた。
「あの古代魔法書は祖母の形見です。少ない間でしたが、掛け替えのない思い出が詰まった大切な宝物なのです」
「褒美を与えられなくてもいいと言うのか」
「はい。思い出はお金に変えられません。私にとって、お金は思い出と比べて価値がありません」
最後は真っ直ぐ竜帝陛下を見据える。
隣にいる宰相様がかなり驚いているようだけど、今は気にしないでおこう。
真剣な眼差しに、竜帝陛下は再び問いかける。
「返されないとは考えなかったか」
返されないか。それはもちろん片隅で考えた。
少し前までの私は、竜帝陛下のことをよく知らなかった。だから不安も疑心もあった。
でも、今の私は違う。
「陛下はそのようなことはしません。誰よりも誠実で、誰よりも国を守ってくださっているからこそ、国の人々は陛下を
この旅を通して多くの人々を見てきた。竜帝陛下を
彼らを見て、その声を聞いたからこそ、竜帝陛下がどれだけ国を、人々を大切にしているのか感じられた。
はっきりと思っていることを口にすれば、竜帝陛下は目を
控えている宰相様も、衛兵も、心底驚いているような顔をした。
「……そうか。試してすまない。貴君の本質を見極めたかったのでな」
だと思った。
国を守る者は人を疑うことも必要となる。だから私はいろんな視点から竜帝陛下を信じた。
そして、それは間違いではなかった。
ほっとしていると、竜帝陛下は続ける。
「貴君は価値がないと言ったが、あの古代魔法書は国宝に値する。それを貸与してくれただけでも充分褒美になる。そこで王金分の金貨を与えようと思う」
王金? ……初めて聞く単語だ。
「あの……申し訳ございませんが、王金は金貨何枚分でしょうか……?」
「百枚だ」
金貨百枚分…………一億円!?
胸中で絶叫するほど驚愕した私は
口を引き結んでなんとか声を抑えられたけど、衝撃が強すぎて変な顔になりそうだ。
「すみません、お受け取りできません」
「何故だ」
「そんな大金を所持するなんて無理です。狙われる可能性もあります。そもそも平民には有り余ります」
夜道で背後から、ぐさり、ってこともあり得るかもしれないのに!
「だが、貴君が貸与した古代魔法書は国宝級。それを写本のために無期限で借り、その際の万が一もあり得るからこその謝礼金だ」
必死に頭で考えた理由を言うが、竜帝陛下は引きそうにない。
どうしよう。一割以下でいいのに……。
「なら、望むだけ与えよう」
「……では、金貨五枚」
「王金の五割だな」
「せめて一割……あっ」
引き攣りそうになった口元を引き結んで耐えるけど、絶対変な顔になっているはず。
恐る恐る竜帝陛下を見上げれば、彼はにこりといい顔で笑った。
「金貨十枚を用意しよう」
…………。
誘導したなコノヤロー!
がっくりと項垂れて、とうとう引き攣ってしまった顔を隠す。
なに、この遣る瀬無い感情。叫びたくても叫べないって……何の拷問ですか。
「ア……アリガトウゴザイマス」
「礼を言うのはこちらだ。ヴィンセント」
竜帝陛下が声をかければ、宰相様が大きな袋から金貨を取り出し、少し小さな袋に入れた。
……本気で大金を渡すつもりだったな。
「渡す前に少し聞きたいことがある。ある魔導師を混沌魔法で助けたらしいが、どの属性を持ち、どんな魔法が得意で使えるのか教えてくれないか」
……もしかして、私の上司になる人を選んでくれるのだろうか。
そうだとしたら、ちゃんと言っておかないと後が大変だ。
「火、水、風、地属性。そこから発生する氷、雷属性の魔法が得意です。魔法は……攻撃魔法、防御魔法、治癒魔法、影魔法。あと、少しですが古代魔法も使えます」
これは本当だ。古代魔法書の呪文を組み合わせるなんて、私には簡単だった。単語にも相性があるから、それを
正直に答えると、竜帝陛下達は驚愕する。
まぁ、信じられないよね。こんな小娘が古代魔法を使えるなんて。
「では、その古代魔法を見せてくれないか」
「え、あ……はい」
無礼を承知で立ち上がり、
人前で使うのは初めてで緊張するけど、いつも通りやってみよう。
胸に魔力を集めるほど、胸の奥が熱くなる。その魔力を右手に集中させて、イメージしたものを呪文に乗せる。
『アルス・マグナ』
ドクン、大気中の空気が胎動するように震える。
『ドラコ・グラキエース』
右手に集まった魔力が徐々に冷気を帯び始め、感じ取った私は瞼を開き、魔法をこの世に発現する鍵となる呪文を唱える。
『――【デウス・エクス・マギア】』
偉大なる術よ、氷の竜を