06-03




 先に宰相様、続いて私も入る。
 ひと目で見た感じでは、これまで泊まった宿屋がすっぽり入りそうなくらい、謁見の間は広い。胃が締め付けられるような緊張感が襲いかかる。それでも凛然とした姿勢を崩さずに中央まで進むと、片膝をついてこうべを垂れる。

おもてを上げよ」

 深みのあるテノールの声は日溜りのように優しい。
 そっと顔を上げ、息を呑む。

 襟足えりあしの長い白銀色の髪は光沢感があり、金色の瞳は知性を秘める。切れ長で怜悧れいりな目つきは鋭すぎず、穏やかさも感じられる。
 金糸で刺繍ししゅうが施されている白銀のマントに、金色の装飾や刺繍が見事な黒い衣服が、彼の美貌をより一層引き立てる。

 この神々しい男性こそが、竜帝陛下――アンスヴァルト。

 精霊王であるコスモより神々しい美貌だけど、表情を変えずにいられた。

「遠路はるばるご苦労だった。早速だが、ある魔導師から古代魔法書を渡された。本来なら献上するに相応ふさわしいものだが、何故献上ではなく貸与(たいよ)なのか、理由を聞かせてくれないか」

 ある魔導師はアレンのことだろう。アレンから聞いているはずだろうけれど、本人から直接聞く方が想いを伝えられる。
 理解した私は、少し目を伏せて申し上げた。

「あの古代魔法書は祖母の形見です。少ない間でしたが、掛け替えのない思い出が詰まった大切な宝物なのです」
「褒美を与えられなくてもいいと言うのか」
「はい。思い出はお金に変えられません。私にとって、お金は思い出と比べて価値がありません」

 最後は真っ直ぐ竜帝陛下を見据える。
 隣にいる宰相様がかなり驚いているようだけど、今は気にしないでおこう。
 真剣な眼差しに、竜帝陛下は再び問いかける。

「返されないとは考えなかったか」

 返されないか。それはもちろん片隅で考えた。
 少し前までの私は、竜帝陛下のことをよく知らなかった。だから不安も疑心もあった。
 でも、今の私は違う。

「陛下はそのようなことはしません。誰よりも誠実で、誰よりも国を守ってくださっているからこそ、国の人々は陛下をしたっています。人に慕われるような方が、人の想いを踏みにじるようなことはしません」

 この旅を通して多くの人々を見てきた。竜帝陛下をたたえる人もいたし、感謝する人もいた。
 彼らを見て、その声を聞いたからこそ、竜帝陛下がどれだけ国を、人々を大切にしているのか感じられた。

 はっきりと思っていることを口にすれば、竜帝陛下は目をみはる。
 控えている宰相様も、衛兵も、心底驚いているような顔をした。
 真摯しんしな思いを込めて見据えていると、竜帝陛下は穏やかな笑みを口元に浮かべた。

「……そうか。試してすまない。貴君の本質を見極めたかったのでな」

 だと思った。
 国を守る者は人を疑うことも必要となる。だから私はいろんな視点から竜帝陛下を信じた。
 そして、それは間違いではなかった。

 ほっとしていると、竜帝陛下は続ける。

「貴君は価値がないと言ったが、あの古代魔法書は国宝に値する。それを貸与してくれただけでも充分褒美になる。そこで王金分の金貨を与えようと思う」

 王金? ……初めて聞く単語だ。

「あの……申し訳ございませんが、王金は金貨何枚分でしょうか……?」
「百枚だ」

 金貨百枚分…………一億円!?

 胸中で絶叫するほど驚愕した私は眩暈めまいを覚え、顔をうつむかせる。
 口を引き結んでなんとか声を抑えられたけど、衝撃が強すぎて変な顔になりそうだ。

「すみません、お受け取りできません」
「何故だ」
「そんな大金を所持するなんて無理です。狙われる可能性もあります。そもそも平民には有り余ります」

 夜道で背後から、ぐさり、ってこともあり得るかもしれないのに!

「だが、貴君が貸与した古代魔法書は国宝級。それを写本のために無期限で借り、その際の万が一もあり得るからこその謝礼金だ」

 必死に頭で考えた理由を言うが、竜帝陛下は引きそうにない。

 どうしよう。一割以下でいいのに……。

「なら、望むだけ与えよう」
「……では、金貨五枚」
「王金の五割だな」
「せめて一割……あっ」

 引き攣りそうになった口元を引き結んで耐えるけど、絶対変な顔になっているはず。
 恐る恐る竜帝陛下を見上げれば、彼はにこりといい顔で笑った。

「金貨十枚を用意しよう」

 …………。
 誘導したなコノヤロー!

 がっくりと項垂れて、とうとう引き攣ってしまった顔を隠す。
 なに、この遣る瀬無い感情。叫びたくても叫べないって……何の拷問ですか。

「ア……アリガトウゴザイマス」
「礼を言うのはこちらだ。ヴィンセント」

 竜帝陛下が声をかければ、宰相様が大きな袋から金貨を取り出し、少し小さな袋に入れた。

 ……本気で大金を渡すつもりだったな。

「渡す前に少し聞きたいことがある。ある魔導師を混沌魔法で助けたらしいが、どの属性を持ち、どんな魔法が得意で使えるのか教えてくれないか」

 ……もしかして、私の上司になる人を選んでくれるのだろうか。
 そうだとしたら、ちゃんと言っておかないと後が大変だ。

「火、水、風、地属性。そこから発生する氷、雷属性の魔法が得意です。魔法は……攻撃魔法、防御魔法、治癒魔法、影魔法。あと、少しですが古代魔法も使えます」

 これは本当だ。古代魔法書の呪文を組み合わせるなんて、私には簡単だった。単語にも相性があるから、それを考慮こうりょしてパズルのように組み立てるだけ。ぶっちゃけると古代魔法に使う単語の読み方は、地球の万国共通語の原点となったラテン語にそっくり。

 正直に答えると、竜帝陛下達は驚愕する。
 まぁ、信じられないよね。こんな小娘が古代魔法を使えるなんて。

「では、その古代魔法を見せてくれないか」
「え、あ……はい」

 無礼を承知で立ち上がり、まぶたを閉じて深呼吸。
 人前で使うのは初めてで緊張するけど、いつも通りやってみよう。

 胸に魔力を集めるほど、胸の奥が熱くなる。その魔力を右手に集中させて、イメージしたものを呪文に乗せる。

『アルス・マグナ』
 ドクン、大気中の空気が胎動するように震える。
『ドラコ・グラキエース』

 右手に集まった魔力が徐々に冷気を帯び始め、感じ取った私は瞼を開き、魔法をこの世に発現する鍵となる呪文を唱える。

『――【デウス・エクス・マギア】』

 偉大なる術よ、氷の竜をかたどり、魔法仕掛けの神となり顕現けんげんせよ――!





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Aletheia