職場




 謁見後えっけんごに案内された東の離宮の一つ、『魔導宮』は、西の離宮より大きくて綺麗だった。
 ここが宮廷魔導師の職場だと知り、緊張感が増す。けれど、正式な宮廷魔導師見習いになるのは明日からだと言われ、少し安心した。

 宮廷魔導師が寝泊りする居住区は、食堂を中点に男女で別れていた。ヴィンス様いわく、女性は少数だから、男性用の建物より少し小さいのだとか。
 どちらも男子禁制、女子禁制だから安全なのだとか。けれど重要なことがあれば、許可が下りれば入れるらしい。

 食事は中心にある食堂でもいいし、自室に完備されている台所で作ってもいい。その際の材料は食堂で貰えるようだ。

 そして、私の部屋は女性用の建物の二階の突き当たり。判りやすい位置でよかった。
 部屋は、質の良さそうな絨毯、ベージュのカーテン、クローゼット、ベッド、クッション、ローテーブル、奥の台所には食器が備え付けられていた。

「あの……これって最初から支給されるものですか?」
「……ええ。気に入りましたか?」
「はい、すごく」

 間があって違和感を覚えたけど、私には勿体無もったいないくらいだと笑顔で言えば、ヴィンスさんは安心したように微笑んだ。

「では、食堂に案内しましょう。空腹の様ですしね」

 もう夜と言ってもいいくらい暗くなっているのだ。空腹もあるので当然だろう。
 腹の虫を抑えきれなくて恥ずかしかったけれど、食堂の料理を食べ、やっとの思いで就寝した。



◇  ◆  ◇  ◆



 朝、早く起きた私は食堂に行った。
 食堂は六時ぐらいから開かれるそうで、私は少し早めに行って厨房ちゅうぼうでサンドイッチを頼んだ。

 けれど……。

「サンドイッチ? そんな料理は知らんな」

 ――と、不思議そうに首をかしげる料理人。

 ……そうだった。この世界にはサンドイッチという軽食は存在しなかった。
 材料を貰って部屋で作ろうかな。

「すみません、材料を貰えませんか?」
「待て。そのサンドイッチって料理、興味あるから作ってみろ」

 材料を頼んだが、興味を持った料理人が厨房に入ることを許してくれた。
 しっかり手を洗って材料を用意してもらうと、まずはサラダドレッシングを作った。

 食用油を大匙おおさじ三杯、酢を大匙二杯、塩、胡椒こしょうを少々、柑橘系かんきつけいの果汁――という基本のレシピより多めに保存できるびんに入れて、よく振る。
 次はサンドイッチ。手で千切ったレタス、薄く切ったトマトやキュウリをパンに挟んで、ドレッシングを中にかける。

 この世界には食パンがないからロールパンもどきになってしまうけど、柔らかなパンを使って、とても美味しいサンドイッチが完成した。

美味うまい!」
「簡単で手頃だし、サラダをパンに挟むなんて斬新ざんしんでいいな」

 いつの間にかギャラリーができて、三個のサンドイッチ以外は全部食べられた。
 でもまぁ、これなら新メニューとして組み込んでもらえるかも。

「他にもスクランブルエッグを入れたサンドイッチもあります。その時は違うドレッシングをかけてください。あと、ソーセージと濃厚なトマトソースを組み合わせて軽く焼いたホットドッグもあるので、ためしてみてください」
「おう。教えてくれてありがとな」

 ……村ではお礼を言われるなんてほとんどなかった。それが、こっちに来てからよく聞くようになった。

「どういたしまして」

 嬉しくて、喜びを込めて破顔はがんした。
 固まった料理人達の反応に不思議に思いつつ厨房を出て、近くの席に座って食べる。
 そんな中で、視線を感じた。
 周囲の様子をうかがうと、どうやら私の存在が気になっているようだ。

 まぁ、そりゃそうだよね。私みたいな新参者しんざんものが普通にいるなんておかしいから。

 果実水を飲んで食べ終わらせ、食器を片付けて食堂から出ようとした。

「おっ、シーナじゃねえか!」

 その時、馴染みのある声が聞こえた。
 驚いて振り向くと、騎士であるはずのティモシーがいた。

「やっとこっちで働くんだな」
「うん。……って、あれ? 騎士じゃなかったっけ?」
「騎士だが、宮廷魔導師でもあるんだ」
「両立できるなんてすごいね」

 普通なら無理なのに……と言えば、ティモシーはニッと笑った。

「これでもアトウッド伯爵家の次男だからな」
「えっ、貴族!? 見えない!」

 信じられない。こんな乱暴な口調でフレンドリーな人が貴族だなんて。
 正直な感想を言えば、ティモシーは私の頭を乱暴にでる。

「にゃー!」
「ハハハ、やっぱ面白いな、お前」
「私で遊ぶなー!」

 貴族相手に砕けた態度は不敬だけど、知ったことか。
 ボサボサになった頭を整えていると、近くで食事している男がテーブルを叩いて立ち上がった。

「貴様! アトウッド殿になんて態度を!」
「まあ待て。こいつは俺の友人だ。恩人でもある」

 ざわっと辺りが騒然そうぜんとする。

「ちょっ、何で恩人?」
「デオマイ村でヘルハウンドの群れから助けてくれただろ。一気に雷魔法と氷魔法で倒すなんて、普通じゃありえねえよ」

 グサッときた。普通じゃないって……あまり言われたくない言葉なんだけど。

「しかも、宰相殿から聞いたぞ? 陛下の前で魔法を披露ひろうして、実力も折り紙付きになったって」

 ヴィンス様、なんてことを言ったの!

 余計に騒がしくなった食堂に頭を抱えたくなった。
 けれど、私を怒鳴った貴族が黙ってくれたから助かった。口を開けて呆然とするほど驚いているから。

「で、上司は決まったか?」
「えっと……今日決まるらしいの。じゃあ、部屋に戻るね」
「おう。またな」

 互いに片手を上げて、私は食堂から出た。




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Aletheia