07-02




 部屋に戻ってクローゼットから服を取り出す。
 宮廷魔導師の制服は黒を基調としたもの。男性は男性用ローブだけど、女性はローブモンタントっぽい。そでは手首まで有り、立襟たちえりで、肩も胸もおおわれたドレスのようなワンピース形式。夏場は薄い生地でできているけど、冬は羊毛製で温かいようだ。

 二着ずつ支給されたその中から冬用のローブに着替えて、外に出る。
 冬も近いこの頃の気候は涼しいを通り越して肌寒い。冬用のローブを出してよかった。

「シーナ!」

 ぼんやりと澄み渡った空を眺めていると、声がかかった。
 久しぶりに聞いた声に、胸の奥が熱くなる。

「おはよう、アレン」

 綺麗な茶髪に長身の青年は、私の恩人であるアレン。
 急ぎ足でこっちに来たアレンは苦笑して「おはよう」と言った。

「部屋で待ってて良かったのに」
「男子禁制だって聞いたから。……久しぶり」

 微笑んで言えば、アレンも微笑して私の頭を撫でた。
 優しい手つきも本当に久しぶりで、とても安心する。

「もしかして、アレンが案内してくれるの?」
「ああ。シーナの上司になる奴とは親しい間柄だからな」

 アレンと親しい人。それは信頼できる人であるということ。
 不安だったけど、心強い人が上司になってくれると知って安堵した。

「それじゃあ、行こう」

 左手を差し出すアレン。
 旅の間はよく手を繋いでいたけど、ここは城内。誰かに見られたら恥ずかしい。

「……うん」

 けど、嫌じゃない。むしろアレンの手は安心するから好きだ。
 羞恥心しゅうちしんを振り払い、アレンの手を取って歩き出した。



 魔導宮の中はとても広く、天井も高い。白で統一されているから綺麗だ。
 途中で誰かとすれ違うこともあるけれど、侍女と違っていちいち頭を下げなくていいと教えられた。ただし、貴族には注意した方がいいらしい。

 周囲を見回しながら、アレンから宮廷魔導師の仕事を聞く。

「この階の一部は宮廷魔導師見習いが上官の下で仕事の手順を習う所だ。見習いは約一ヶ月の研修で終わって、正式に宮廷魔導師として働くことになる」
「へえ……。私もそこから始めるんだ」
「いや、シーナはちょっと違う。そもそも魔法使いとして必要な知識がほとんど無いだろう。だから、まずは適切な上司の下で教鞭きょうべんを得てからじゃないと」

 そう言われると一人前の宮廷魔導師になるまでの道のりが長く感じる。
 とはいえ、私は学校に通えなかったから当然だ。田舎暮らしだった私が、いきなり都会で働くなんて無謀むぼうすぎる。
 でも、アレンのおかげで順序が判るのだ。本当にありがたい。

「魔導師は、特殊な言語の解読に必要な語学や、特定の法則を研究する者のことを指す。呪文を唱えるタイプから魔法陣を描くタイプがあって、個々によって分かれる。実績を積めば宮廷魔導師のほかに、学校の教官、魔法研究者、神官などへの転職も見込めるんだ」

 特殊な言語は古代魔法書にある言語以外にもある。コスモからある程度の知識を身に付けられたけど……大丈夫かな?

「宮廷魔導師は、ただ魔法を研究するだけじゃない。騎士に魔法を教えることもあるし、騎士と同行して魔物の討伐や戦場にでることもある。時には冒険者ギルドと連携れんけいを取ったりすることもあるが、それは有事の時だけだ」

 話の中に、聞き逃せない単語があった。

「戦場……。他国との戦争もあるの?」

 コスモから国内での戦争はほとんどないと聞いたことがある。
 でも、ほとんどということは、まれにでもあるということ。
 心の片隅かたすみに残っていた疑問を口にすると、アレンは間を置いて教えてくれた。

「……この大陸以外に小規模な大陸がある。初代竜帝の中期に一度だけ、その大陸のせいで侵略戦争が起こったが、それっきりだ」

 それを聞いて、ほっとした。
 この世界にも戦争があるなら、いつかは私も人間を殺さなくてならなくなる。
 それだけは嫌だ。人間の命をうばうなんて……。

「シーナは、戦争が怖いか?」

 三階まで上がった所でアレンが問う。
 どこにでもあるありきたりな答えだけど、自分の思いを告げた。

「……怖いよ。生きるか死ぬか以前に、人間を殺すなんて……」

 この際だが、本当は魔物の命も奪いたくなかった。
 でも、生きるためだった。

「私はあの村にいる魔物を何度も殺した。生きるためだったけど、生き物を殺していることに変わりない」

 前世では害獣以外の動物を殺すことも罪の内に入ったけど、害獣じゃなくても命を奪っている。
 それに、生き物はみな、生き物を殺して己の糧にしている。
 動物も、植物も、皆それぞれ生きている。人間だって、それは変わらない。

「弱肉強食という自然の摂理せつりの中で学んだことは、生きるためには犠牲ぎせいが必要だということ」

 泣いてもわめいても、こればかりはあらがえないことだ。

「人間が人間を殺すのは罪になるけど、それも弱肉強食の一つ。でも、それで倫理りんりを失うことだけはしたくない。戦争は人の倫理観を狂わせるから……余計に怖いよ」

 遠くを見つめて胸の内を語るけど、湿っぽい空気になってしまった。
 自分の暗い思考に、呆れから苦笑いが浮かんだ。

「ごめん、変なこと言って」
「……いや。シーナは……よく考えるな」
「そうかな?」
「そうだよ。普通の人間は他種族を殺すことに疑問を持たないし、何も感じない。自然の摂理という概念がいねんを視野に入れない。倫理観さえも自覚しない」

 まるで自分は人間ではないのだと告白しているような言葉だ。
 違和感を持ったけど、黙って聞く。

「けど、シーナは物事の根幹こんかんを理解している。それは凄いことだ」
「理解している……のかな……」
「ああ。理解しようとする姿勢、尊敬するよ」

 尊敬は言い過ぎだ。私はただ考えすぎるだけ。
 全ての根源こんげんを求めるのではなく、ただありのままのことを感じただけ。
 本当に、それだけだ。

 私は礼を言うのではなく苦笑して、尊敬という賛辞さんじは受け入れなかった。

「面白い新人が入ったな」

 不意にかけられた、よく通るバリトンの声。
 左側へ顔を向ければ、開いている扉から一人の男性が出てきた。
 黒に近い紺色の髪は程良い長さで、長い襟足えりあしを赤い玉飾りで纏めている。整った顔立ちから見て、年頃は壮年そうねんあたりだろう。身長はヴィンス様と同じくらいだと思う。

 それはいい。彼の中で一番印象に残る……と言うより目を引くのは、真紅の瞳。
 切れ長で鋭さがあるけど、きつい印象を与えない銀縁の眼鏡をかけている。

 城に仕えている人って綺麗な人ばかりだなぁ……。

「……お嬢さん、僕が怖くないのか」
「え?」

 無表情に近い顔で首を傾げる。その仕草もなんとなく似合っていた。

「どうして怖がらないといけないんですか?」
「僕は『災禍さいかの眼』を持っているんだよ」

 災禍の眼。それを聞いて、思い出す。

 『災禍の眼』。それは、赤い瞳を持つ人間に向けられる差別用語。
 禍人わざわいびとというレッテルを貼られ、生まれながら迫害はくがいの対象になった人間のこと。
 災禍の眼を持つ人間は周囲に不幸を与える。悪ければ災害まで起こすと言われている。

 だが、それがどうした。赤い瞳なんて、いくらでもいるのに。

「貴方を知らないのに怖がる必要なんてないです。それにその瞳、ルビーみたいで綺麗です。ほこりこそしても、む対象にはなりません」

 ルビーやガーネットのように純度のある瞳は綺麗なのに、それを卑下ひげするなんて勿体無い。

「そもそも赤い瞳は色素欠乏症アルビノと言って、遺伝子疾患いでんししっかんという病気の一種で出てくるんですよ? 髪は純白、肌は乳白色にゅうはくしょく、瞳は赤。稀に瞳だけが赤い場合もあります。その大抵の人は目に障害を持ってしまいますけど」

 地球ではそんな病気があった。ほとんどが先天的で、後天的は稀。
 前世の私の周りにはアルビノなんて存在しなかったけど、人間にも動物にも存在することは確かだ。
 地球の知識を引用して男を見れば、彼は目を丸くして固まってしまった。
 ちょうど後ろにいるアレンは肩を震わせて笑っている。
 え、何がどうしたの。

「何で笑ってるの?」
「くっ……いや、何でもないさ」

 そんなに笑われると気になるんだけど。
 じとっとした目を向けると、アレンは私の頭をポンポンと優しく叩いた。

「……なるほど。陛下が気に入る理由が解る」

 男が意味不明なことをつぶやいた気がした。
 改めて男を見ると、彼は口元に笑みを浮かべていた。

「僕はジェイソン。君の上司になる宮廷魔導師長だ」

 ……宮廷魔導師長って……一番偉い宮廷魔導師のトップ!?

「アレン! 私の上司が筆頭ひっとうだなんて……何で言わなかったの!?」
「言ったら恐縮きょうしゅくするだろ?」
「それはそうだけど! 周りの人にねたまれそうで怖いんだけど!」

 あぁぁぁ……! どうしてこうなった!? うらむぞ、竜帝陛下!

「ほら、挨拶しないと」

 ……確かに名乗っていない。礼儀知らずにも程がある。
 顔に手を当てていきどおりを抑え、深呼吸してスイッチを切り替える。
 引きりそうになる口角を上げて、ニコリと笑う。

「シーナと申します。至らぬところもありますが、ご指導ご鞭撻べんたつ下さい」
「う、うん……よろしく……」

 よく見るとジェイソン様も肩を震わせて笑っている。

 ……誰か助けてー!





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Aletheia