07-03




 二人の笑いが治まって、ようやく仕事の説明を受けることができた。
 ちなみにジェイソン様が出てきた部屋には、大勢の宮廷魔導師がいた。嫉妬(しっと)されないか危惧(きぐ)したが、思いのほか好意的だった。廊下でのやり取りが面白かったことが原因らしい。

 恥ずかしくて消えたくなったのは言うまでもない。

 それからあっという間に昼になり、昼食は食堂ではなくジェイソン様の研究室で摂(と)った。
 宮廷魔導師長専用の研究室は凄い。本棚に入りきらない古文書から現代魔法書。解読した魔法陣や呪文を綴(つづ)った紙の山。外側の扉から半屋外空間のロジアに繋がり、薬草を揃えた植物園――薬草園になっているため、いちいち一階に下りなくても良さそうだ。他にも魔法陣を書き綴った大きな紙も壁に飾られていて、まさに魔導師の部屋って感じだ。奥の部屋には台所とベッドがあり、寝泊りできるほど設備がいい。その辺りを見て、宮廷魔導師長はかなり優遇(ゆうぐう)されるようだ。

「そういえばシーナ。君は陛下を見てどう思った?」

 ジェイソン様が淹(い)れてくれた紅茶を飲んでいると、彼に問いかけられた。
 きょとんとする私とは違い、アレンは紅茶が呼吸器官に入りかけたのか噎(む)せた。

「だ、大丈夫?」
「ごほっ……あ、あぁ、大丈夫だ」

 いや、大丈夫には見えないけど。

「ジェイソン、何故(なぜ)……その質問を?」

 柳眉(りゅうび)を寄せたアレンがジェイソン様を軽く睨(にら)むけれど、ジェイソン様は普通に返す。

「ヴィンス殿がおっしゃったこと思い出しまして。『シーナさんは陛下と対等でいられるようですが、年頃の女性のような反応はしなかったのです』……と」

 アレンに対してどことなく丁寧な口調になったジェイソン様に疑問を持ちながら話を聞いて、思い出すように考える。

 年頃の女性のような反応? それって、赤面しなかったか……ということ?
 言われてみれば赤面すらしなかった。コスモの美貌に慣れているからかな?

「陛下を一目で惚(ほ)れてしまう女性は数知れず。その中でシーナは違うらしいので、少し気になりまして」

 気になることなの? それ。

 アレンは凄く気まずそうだけど、ジェイソンさんは興味津々で私を見る。

「それで、どう思ってる?」
「……わからない」

 よく考えてみれば、私って竜帝陛下に対してどう思っているのだろう。

「策士(さくし)だけど誠実な人だとは思っているけど……」
「……策士? どこが?」

 ここでアレンが興味を持った。
 そういえば、アレン達はあの場にいなかったから知らないんだ。

「私が褒美は金貨五枚でいいって言ったのに、王金の五割って言って誘導(ゆうどう)したから。あの時、すっごく叫びたかった」
「どんな?」
「『誘導したなコノヤロー!』……と」

 紅茶を飲んでいたジェイソンさんは、ブフッとティーカップの中で紅茶を噴(ふ)き出す。
 尋(たず)ねたアレンは視線をあらぬ方に泳がせて黙り込んだ。

「引き攣るのも不敬になるから我慢したけど、正直……拷問(ごうもん)だった」

 あの時の憤りを言うと、ジェイソン様は大笑い。アレンは顔に手を当てて俯(うつむ)いてしまった。
 何、この温度差は。

「ハハハ、それは大変だったな。けど、そうか……。陛下を見てどう思ったかさえ『わからない』か」
「だって陛下自身のこと、よく知らないんだよ? 表面的なら漠然(ばくぜん)と感じても、根本的なものはちゃんと接してみないと感じられないよ」

 私は相手の表面だけではなく、根本的な部分も知りたい。でも、不用意に近づきすぎたらいけないから、そこの加減が難しい。
 紅茶を一口飲んで一息つく。すると、アレンが私の頭を無言で撫でてきた。
 驚いて顔を上げると、アレンは穏やかな表情をしていた。

「アレン?」
「……いや。シーナは誠実だな」
「そんなことないよ。私は普通」

 私が誠実なら、世の中の誰もが誠実だよ。
 そんなことを思っていると、アレンは穏やかに笑った。
 彼の微笑みを見て、心臓が跳ねるほど高鳴った。

 やっぱり私……アレンのこと好きだなぁ。

「謙遜(けんそん)はいいが、あまり自分を卑下するな。今後の課題はそれだな」
「むぅ……。まぁ……頑張る」

 難しそうだけど、卑屈(ひくつ)にならないようになるための訓練だ。頑張ってみよう。
 ティーカップにある紅茶を全部飲み干して、今後の方針を決めるためにジェイソンさんと話し合った。



「じゃあ、俺はそろそろ戻るよ」

 明日からの方針が決まる頃、アレンは帰ることになった。そこで大切なことを思い出した私は、アレンの手を掴んで金貨を渡す。
 驚いたアレンは手のひらにある金貨に目を丸くする。

「これは?」
「旅でいろいろ買ってくれたでしょう? そのお金」
「こんなには使ってないが……」

 確かにそうだけど、私はこれ以下の硬貨は持っていない。でも、一番はお礼もある。

「いいから! 細かいことは気にしないで」
「いや、これは細かくない……」
「男なら四の五の言わずに受け取る!」

 軽く睨むと、アレンは戸惑いながら受け取ってくれた。
 これを見ていたジェイソン様は唖然(あぜん)としているけど、私はほっと安心した。

「引き止めてごめん。お仕事、無理しないでね」
「あ……ああ」

 ぎこちなく頷いたアレンは扉に向かう。ちょっと強引だったかな?
 少しやっちゃった感じがして気が沈みかけたその時、アレンが振り向く。

「休暇(きゅうか)が取れたら会いに来る。休暇が重なったら、一緒に街に行こう」
「! いいの?」
「ああ。約束だからな」

 ……覚えてくれていたんだ。
 凄く嬉しくて、満面の笑顔で頷いた。

「うん。約束!」

 口約束には拘束力はないけど、こうして守ってくれる人もいる。アレンもその一人だ。
 楽しみにできる約束に強く返事をすると、アレンは頬(ほお)を緩めて部屋から出ていった。

 当分は会えないけど、寂(さび)しがる必要はない。
 約束してくれたんだから、きっと大丈夫。

「……シーナはすごいな」

 ジェイソン様のポツリとした呟きは聞こえなかった。




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Aletheia