09-03




 ヴィンセントにシーナを送ってもらっている間に、私はデオマイ村を管理する領主への手紙をつづって、大至急で送るように命じた。
 シーナという『護り』を失って一ヶ月半が経つ。なるべく早く行動に移してもらわないと、シーナが悲しむだろう。
 万年筆を持って、本日の書類を読んでサインを書く。

 ふと、あることを思い出す。

「そういえば……休暇きゅうかがなかったな」

 宮廷魔術師見習いになったシーナは、この一ヶ月間でよく働いていると聞いた。
 ジェイソンの話によると、シーナは休暇を使っていないらしい。

 城に仕えている者は、一ヶ月の内に三日ほど休暇をとれるようになっている。
 シーナはこの一ヶ月間で、一度も休暇をとっていない。私の仕事もひと段落している。
 なら――。

「ヴィンセント。三日後の予定を開けてくれないか」

 戻ってきたヴィンセントに頼むと、彼はとても驚いた顔をした。

「それはまた……急ですね。何か御用が?」
「シーナに街を案内する約束をしていたんだ。そろそろ連れて行きたい。ちょうど私もシーナも休暇をとってないからな」

 理由を説明すると、ヴィンセントは丸くした目をしばたかせた。

「どうしてシーナさんを気にかけるのです? 彼女は花嫁候補ではないのに」
「私が無理言って勧誘したんだ。帝都の街もろくに知らないままだと、何かと危ないだろう」

 本当はそれだけではない。無性に『アレン』として会いたいのだ。
 竜帝としての対話では、どうしても硬くなってしまう。自然体な彼女と話したい。ただそれだけだ。

 ふと、ヴィンセントは目を見開いたまま固まってしまっていることに気付く。

「どうした? 変な顔になっているぞ」
「……陛下。シーナさんをどう思っているのですか?」

 なんだ、やぶから棒に。私はシーナを……。

 そこで、私はあることに気付いてしまった。


 私は……シーナをどう思っているんだ?


 シーナは黒持ちのせいで迫害された魔法使いの原石だ。
 黒持ちの迫害はどこにでもある。その時はあわれと思い、帝都の信頼できる貴族に預け、英才教育をほどこして宮廷魔導師見習いに昇格しょうかくさせている。ジェイソンもその内の一人だ。
 だが、シーナは中途半端な知識と技量を持つから、適任であるジェイソンに教育を任せようと考えた。

 ――そう、最初は。

 初めてシーナの瞳を見た時、衝撃を受けた。
 左右で違う色だったから? ……違う。異色の双眸そうぼうは少なくてもどこにでもある。
 美貌の持ち主だから? ……それも違う。確かに絶世の美女とうたわれても可笑おかしくないが、竜族にもあれくらいの美貌は多い。

 ――そう、見入ってしまったのだ。

 強い意志を秘めた眼差しの美しさに。
 失いかけそうな、その輝きの儚さに。
 綺麗な涙を浮かべて微笑んだ強さに。
 柄にもなく、心を奪われてしまったのだ。

 それから関わっていき、彼女の強さと優しさに触れ、心を癒されて、感謝という気持ちが芽生え始めた。
 一緒にいることに楽しさを覚え、頼ってくれる喜びを感じるようになった。

 そして、恐怖も。

 彼女の光をうばい、心を壊そうとするものに対して、途方もない怒りを抱いた。
 同時に、原因を知ることができないくやしさやもどかしさも知った。
 心を救えない無力感から来る痛みも。救いたいという切望も。

 私が竜帝である時、敬語での対話は多少の壁を感じるが、遠い存在と受け止めすぎず、対等でいてくれることに安心した。
 物事の根幹を敏感びんかんに感じ、悟ろうとする聡明さに尊敬した。
 男である私に対して臆さず金を渡そうとする度胸に驚いた。
 会えない間の切なさや、次に会える待ち遠しさ。
 今日だって、竜帝である私にありのままの心を告げ、彼女を迫害した村人達を助けようと頭を下げた心の強さに覚えた畏敬の念。

 シーナは私にいろんなことを教えてくれる。そんな彼女を失いたくないと感じるようになった。
 いつしか大切になって、守りたいと思うようになって……。


 ……そうだ。どうして今まで気付かなかったんだ。
 彼女をこんなにも想い、がれる気持ちに。
 彼女の笑顔を見たくて、村の中でしかなかった世界を広げてあげたくて、心を救いたくて。
 彼女の中に、私という存在を刻んで欲しかった。
 そしてそこに、私という存在の居場所を作って欲しかった。

 私は彼女の心に、恋をしたのだ。


「陛下?」

 黙り込んでしまった私に心配そうな目を向けているヴィンセント。
 我に返った私は、自分の感情のにぶさにあきれから苦笑いが浮かんだ。

「……どうして今まで気付かなかったんだろうな」

 ぽつりとつぶやいて、ヴィンセントに穏やかな笑みを見せた。

「シーナは私の大切な人だ」

 恋い焦がれる想いを乗せて微笑んだ。
 あからさまな言葉は使ってないのだが、ニュアンスが伝わったのか、ヴィンセントは口を開いて固まってしまった。
 いつも冷静な腹心がこんな顔をするのは久しぶりだ。

「そ……それは本当ですか!?」
「嘘を言って何になる」
「それは……そうですが……!」

 感情的に声を上げるヴィンセントに苦笑する。彼は嬉しいことがあると冷静さがなくなる。そこがヴィンセントの面白いところだ。

「で、では……花嫁候補はどういたしますか?」
「……そうだな」

 最後の花嫁候補が来たのは、シーナが魔導宮に移動する少し前になる。
 花嫁候補とは月に一度の茶会で親睦を深めることになっているが、無意味になった。

 だが、今すぐは帰せない。国の上層部が、すぐに帰せないように秋季を選んだからだ。その狡猾こうかつさには呆れを通り越して感心してしまう。シーナの言うとおり、老害ろうがいと呼ぶに相応ふさわしい。
 上層部の思惑おもわく通り、今は十二月半ばになり、そろそろ雪が降り積もる頃だ。できることならすぐにでも帰してやりたいが、冬の時期が過ぎるまで待つしかない。

「……早くても雪解けの時期にしよう。いつ雪が積もるか判らない時期だからな」
「畏まりました。念のためにシーナさんのことは伏せておきましょう。それと三日後ですが、ちょうど予定が空いています」
「すまない。手間をかけさせる」

 私は私事に関しては謝ることもある。誠実な心構えがなければ、見せかけだけの崇敬すうけいを得ることになってしまう。
 ヴィンセントもそれを理解している。それでも臣下しんかとしての立場もあるため、気遣う言葉をかける。
「お気になさらないでください」

 だが、今回は少し違うようだ。おそらく私に大切な人ができたことに対する喜びと応援から来るものだ。
 いい家臣を持つ私は幸せ者だな。そんなことを思いながら、三日後の休暇を考えた。




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Aletheia