09-02




 翌日は仕事を一旦止めて、シーナに宮廷魔導師長が上司となるということを黙って案内した。
 道中でシーナの見解を聞いて、また驚かされる。

「弱肉強食という自然の摂理せつりの中で学んだことは、生き残るためには犠牲ぎせいが必要だということ」

「人間が人間を殺すのは罪になるけど、それも弱肉強食の一つ。でも、それで倫理りんりを失うことだけはしたくない。戦争は人の倫理観をくるわせるから……余計に怖いよ」

 シーナは聡明だった。物事の根幹こんかんさとり、世界のことわりを理解していた。
 魔法使いが求める物事の根源こんげんを容易く理解する視野の広さに畏敬いけいの念を抱いた。
 近くの部屋にいた宮廷魔導師長のジェイソンは、話を聞いていたのか驚いていた。

 ジェイソンは赤い瞳『災禍さいかの眼』を持つせいで、故郷こきょうから迫害はくがいされた元孤児だ。
 災禍の眼は迷信だ。実際、赤い瞳を持つ者でも不幸を与えることはなかった。
 ジェイソンは怖がらないシーナに不思議になって訊ねた。
 すると――

「誇りこそしても、む対象にはなりません」

 赤い瞳をルビーとたとえて褒め、誇っていいと言った。
 その後の詳しい説明で、ジェイソンは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。
 彼がそんな顔をするなんて滅多になく、面白くてつい笑ってしまった。

 次にジェイソンがシーナの上司になることを言うと、シーナは恐縮して俺に「何で言わなかったの!?」、「妬まれそうで怖いんだけど!」と訴えた。
 あの時の発言は面白くて笑いそうになった。ジェイソンも笑うほどだったから仕方ない。

 あの後、ジェイソンの研究所で昼食をった際、彼の質問に動揺どうようしてせ込んでしまった。
 ジェイソンの質問は、竜帝の俺のことをどう思っているのかという内容だった。

 確かにシーナは年頃の女性とは違い、物怖じしないし見惚れなかった。
 その理由はシーナ自身でも判らないそうだが、印象は「策士だけど誠実な人」と評価した。
 あの時の理由は本当に気まずかった。まさか誘導したことに怒っていたなんて……。
 少し反省したが、その後のシーナの言葉に癒された。

 シーナは誠実だ。そして謙虚けんきょでもある。その姿勢は好ましいが、あまり自分を低く評価してほしくない。

 今後の方針を決め終わった頃、私が仕事に戻ると言うと、シーナは俺に金貨を渡した。
 旅の途中でいろいろと買ったが、そこまで使っていない。
 遠慮したが……「男なら四の五の言わずに受け取る!」とにらまれた。
 俺にそんな態度をとる女性は初めてで、とても新鮮だった。
 そして約束を口にすれば、シーナは花が咲いたような笑顔を見せてくれた。
 人の心を動かすシーナは本当に凄いと、心から尊敬した。



◇  ◆  ◇  ◆



 ようやく書類の山が片付いた。
 同時に古代魔法書の写本が完成して、シーナに原書を返す時が来た。

 ヴィンセントに連れられて入って、礼儀として頭を下げた。
 最初の頃より上達した所作に感心しつつ原書を返す。
 私も一応確認したため大丈夫だと思ったが、やはり持ち主の確認も必要だった。

 受け取ったシーナは確認すると、ほおを緩めて安心した。
 その様子に私も安堵したが、シーナはヴィンセントに目を配らせて頷く。
 ヴィンセントはその意味を理解していたようで、少し疎外感そがいかんを覚えた。
 けれど、そのすぐ後にシーナが私に頼みがあると言った。

 竜帝である私に頼みとはどんなことだろうか。
 シーナに頼られるのは嬉しいが、表情を変えずに促す。
 すると、思いもよらないことを言った。

「私が生まれ育ったデオマイ村の人々を、デオマイ村から移住させてほしいのです」

 シーナが言う理由は、『俺』が視察に行った時も感じたが、まさか魔物が頻繁ひんぱんに出現するとは思わなかった。
 ひそかに魔物を倒していたシーナという『護り』を失ったデオマイ村は、いずれほろんでしまう。だから村民を移住させたいと願った。

 どうしてあの村人を助けようとするのか理解できない。あんなにも忌み嫌われ迫害されてきたというのに。
 無意識に表情が険しくなったが、シーナはおくさず告白した。
 あの村にはシーナの心を支えた子供がいると。
 確かにシーナが帝都に行くと教えた三人の子供は、シーナの自由を願った。
 あの子達がいたからこそ、シーナはすさむことなく耐えられたのだと理解した。

 なら、あの子供達だけ移住させてやればいい。柄にもなくそう思って問うが、シーナはすぐさま村人全員の無事を望んだ。

「子供達だけを移住させたとしても、守ってくれる大人がいなければ意味がありません。それに、親をうしなうという不幸を与えたくないのです。助けられたとしても、心まで救えなければ意味がありません」

 シーナは両親を、その次に祖母を喪って、大切な家族を失った。
 だからこそシーナは、子供達にその苦しみを与えたくないのだと知った。
 見捨てて後悔したくないという自分勝手なエゴだと言って、己の意志をつらぬく。
 真摯な思いを込めて、頭を下げてこいねがった。その想いに、私は心を揺さぶられた。

「――強いな……」

 最後の花嫁候補が来たのは、シーナが魔導宮に移動する少し前になる。
 花嫁候補とは月に一度の茶会で親睦を深めることになっているが、無意味になった。
 本当に強い。苦しみと悲しみを植え付けた相手だというのに、子供達を第一に考えつつ他者の救済を求める。
 並大抵では持てないだろうシーナの強い意思に眩しく感じた。

 シーナの願いを聞き届けると、シーナは心から喜んだ。
 お人好し……とは言えない。どちらかと言うと厳しくても慈愛深じあいぶかいと言えた。その心にかれるものを感じた。

 他に頼み事があれば聞き届けようとしたが、シーナは無欲なのか無いと答えた。
 やはりシーナは凄い。あんなに迫害されたのに、相手を思い遣る心を忘れていないのだから。





2/3

Aletheia