古代魔法書が帰ってきて、上機嫌で出勤した。
いつも通りジェイソンさんから宮廷魔術師としての他の仕事を教授してもらえると期待していたが、思いもよらない報せが届いた。
「シーナ、明後日に休暇があるから」
休暇。そういえばジャンヌもこの前に休暇をとって実家に帰ったと言っていた。
まさか私も休暇をとれるなんて思っていなかったから、かなり驚いた。
そんな私に、ジェイソンさんは苦笑する。
「月に三日ほど休暇をとれるんだ。君は働きすぎだから、羽を伸ばすことも必要だ」
確かに今まで休暇をとらずに働いていた。
だけど、いざ休暇をとれると言っても、どうやって一日を過ごすか思いつかない。
難しい顔をしていると、ジェイソンさんは優しい表情で告げた。
「アレン殿もその日は休暇だと聞いている。一緒に街に行けるよ」
「本当!?」
ジェイソンさんの情報に、喜色満面になってしまう。
やっとアレンと街に行けると知って、すごく嬉しくなった。
早くアレンと街に行きたいけど、浮かれて職務放棄はしたくないので、今のうちに分担された役割を果たすために頑張ってペンを紙面に走らせた。
その日の仕事が終わると、ジェイソンさんから封筒を受け取った。
重みを感じる封筒を開けると、金貨が三枚と小金貨が四枚も入っていた。
「シーナは誰よりも古文書や魔法陣の解読をしてくれたからね。それくらいは当然だよ」
見習いの場合、本来なら小金貨三枚ほどらしい。私の場合、ベテランの八割くらい。まだ褒美の金貨も所持しているのに、また一気にお金持ちに……。
恐縮してしまったけど、ジェイソンさんに諭されてありがたく受け取ることになった。
◇ ◆ ◇ ◆ あれから二日が経った。
私は宮廷魔術師用の制服ではなく、収穫祭でソフィアがくれたワンピースに着替えた。その上にアレンがプレゼントしてくれた婦人用のコート着て、ポケットにお金が入った巾着を入れる。最後に、いつも付けている母の形見であるネックレスを服の下から出す。
今は十二月の半ば。外は寒くて、空は雪雲で覆われている。冬服がないから、これで
凌ぐしかない。
建物から出て待っていると、アレンが急ぎ足でこっちに来た。
今日のアレンは黒いコートとスラックスといった私服だった。
「部屋で待っても良かったのに……」
「大丈夫だよ。おはよう、アレン」
ふわりと笑って挨拶すれば、アレンは頬を緩めて「おはよう、シーナ」と言ってくれた。
「さあ、行こう。一日じゃ足りないけど、たくさん案内するから」
「うん。楽しみ」
差し伸べられた手を取り、一緒に歩き出した。
朝早く出たからか、城の人には門番以外と会わなかった。
城から出て街に入ると、前回に見た夕方の風景と違って見えた。
敷石で綺麗に舗装された道の所々には
街路樹や、整えられた植木がある。冬の花はほとんどないから、建物の窓辺に飾られている植物は少ない。それでも冬の街という魅力があった。
街に訪れてまず驚いたことは、いろんな種族がいること。
犬耳、猫耳、兎耳、熊の耳などを持つ獣人から、人間とハーフの亜人が普通にいる。鍛冶屋にはドワーフ、服屋にはエルフといった妖精族までいた。
「凄い! 本当に他種族国家なんだね」
「今までの旅では人族ばかりの町を選んでいたから、新鮮だろう」
「うん」
今までコスモから教えられるだけだったから、初めて見る種族にテンションが上がる。
だって、妖精族や獣人って……流石ファンタジー!って思うじゃない。
目を輝かせている私に、アレンはクスクスと笑った。
「よし、まずは服屋だ」
「えっ、いいの?」
「ああ。それだけじゃ寒いだろ?」
確かに秋用のワンピースだけでは心許無い。
好意を受け取ってエルフが営む服屋に入ると、店主を務めるエルフの女性が目を丸くした。
「お客様……何体の精霊と契約していますか?」
「えっ、一人だけど……」
突然の質問に戸惑いながら答えると、エルフの女性は信じられないという顔をした。
どうしたのかと首を傾げる私に、エルフの女性は意を決したように言った。
「貴女の周りからたくさんの精霊の気配を感じます。よほど心地良い波長をお持ちなのですね」
コスモから聞いたけど、波長は魔力から帯びているから、魔力を持つ者なら誰でもあるらしい。
簡単に言えば質。この世界では質は量より重要なのだ。
魔法の一種である精霊魔法は、魔力を対価に精霊に力を借りて使う。その時は魔力の量じゃなくて、魔力の質が良くないと精霊も好まないし、力を貸さない。
それと、どの属性の精霊の力を借りられるのかも波長の相性によって決まる。波長が合う者にはよく力を貸すし、波長が合わない者には近づきすらしない。
私の場合、全属性の精霊と親しくなれるから、とてもいい波長を持っているようだ。
妖精族であるエルフの女性は、私の魔力の質と、精霊との関係を感じ取れるのだそうだ。
エルフの女性に驚かれつつ、私は冬用の上衣と下衣を選んだ。
上は暖かなウールで作られた白い長袖、下は膝下まである黒いスカート。どちらも裾に植物の刺繍を施しているものだ。ちなみにこれらはアレンが選んでくれた。
店で着替えて、ワンピースは袋に詰めてもらった。
アレンが奢りたそうだったけど、そこまで甘えるわけにはいかない。
「ありがとう。アレンってセンスあるね」
「……じゃあ、次だ」
嬉しくて褒めたけど、アレンは少し目を逸らして歩き出した。
一瞬だけ頬が赤くなったのが見えたから……照れたのかな?
素っ気なくてもなんだか嬉しくて、小さな笑顔が溢れた。