その後、市場でいろんなものを見ながら、ある場所に向かった。
アレンの案内で到着したそこは――
「わあー、きれー……」
帝都で一番有名な教会。帝都の名所の一つとして数えられている教会の窓は、ほとんどがステンドグラス。かなり大きな扉は観音開きで開放され、奥にある十字架を飾った祭壇が見えた。中に入ると長椅子がたくさん並べられている。式場にもなっているのかな?
真っ白と言っても過言ではない歴史ある建築物に見とれていると、祭司の服を着た男性が奥にある扉から出てきた。アレンと同じくらいの身長で、歳は三十代後半ぐらい。
「……! アレン様……ようこそ。お越し下さりありがとうございます」
……『様』? アレンって祭司に様付けで呼ばれているんだ……。
「久しぶりだな、ザカリー」
「はい。……そちらの方は?」
挨拶の後、私を見る。興味深そうなアイスブルーの眼差しに、少し気圧されかけた。
「彼女はシーナ。宮廷魔術師に就いている。シーナ。彼はこの教会の祭司、ザカリーだ」
「えっと……はじめまして。シーナと申します」
軽く会釈すると、ザカリーさんはニコリと柔和に笑む。
「はじめまして。紹介に預かりましたザカリーです。今日はお越し下さりありがとうございます。よろしければ、中を見ますか?」
「いいんですか?」
アレンを見ると、彼は穏やかな笑顔で頷く。
「……じゃあ、お願いします」
教会なんて初めて見るし、どんな構造になっているのかも気になる。
ザカリーさんの好意に甘えて、教会の中を見学させてもらった。
中は綺麗に整えられており、階段を上がった先には大きな鐘が吊るされてあり、紐を引っ張ることで鳴らせるようになっていた。時間を知らせるものではなく、結婚式などに使われるそうだ。鳴らすのは祭司であるザカリーさんではなく、担当の人が受け持つらしい。
「それからこの教会では学のない子供に勉強を教えています。ある程度の計算や知識がなければ、大人になった時が大変ですから」
「
「少し違います。教会の離れに孤児院を建てているので、彼等のついでにです。孤児院には国が保護した迫害された子から居場所がなくなった子がいます。彼等に少しでも生きる喜びを知ってもらいたいのです」
ほぼ慈善活動だけど、国が支援しているから経営できているようだ。
竜帝陛下はこのことも視野に入れて政務を熟しているのか。すごいけど……。
「無理してないかな……」
ぽつり、自然と口からこぼれてしまった言葉に、アレンとザカリーさんが視線を向ける。
……しまった。
「誰がだ?」
「あ、えっと……竜帝陛下が。政務もあるのに孤児院のことも考えるなんてすごいけど……今は花嫁候補のこともあるでしょう? 上層部の押し付けでストレスもあると思うのに……」
私の頼みという我が儘まで聞いてくれたし……無理していないだろうか。
少し心配になってくると、アレンは目を丸くしていた。
どうしてアレンがそんな顔をするのだろう。ザカリーさんも驚いているし……。
「シーナさんは……よくお考えになりますね」
「そう……ですか?」
「はい。陛下は竜族です。普通の人間は尊敬や畏敬の念を感じても、『心配』という感情はほとんど持ちません。陛下なら何があっても大丈夫という安心感があるからでしょうか……。シーナさんは陛下を特別視しないのですね」
確かに私は特別視しないけど……普通の人達って特別視しすぎじゃないかな?
「陛下だって種族は違うけど、同じ生き物ですよ? 少なくても疲れやストレスは、当然あると思います」
いつも気を張って威厳を保っているけど、時には息抜きも必要だと思う。
あんな美貌だから息抜きは難しいかもしれないけど、城内だけでも息抜きできたらいいのに。
そんなことを思っていると、ザカリーさんは目を丸くしてしまった。
アレンはきょとんとしたけれど、少しずつ穏やかな表情になる。
対照的な二人の反応に小首を傾げると、アレンが私の頭を撫でた。
「シーナは優しいな」
「そう? 普通だと思うけど」
他人を気遣うのは普通だと思う。
デオマイ村の人達は気遣うという概念すら持ち合わせていないけど、私は両親と祖母のおかげで健全な心を保つことができた。
前世の記憶は虫食いで曖昧だけれど、性格、趣味、
しっかりしているようで、あやふや。そんな私を正常に育ててくれた家族に感謝している。
この優しさだって、家族のおかげで普通に持つことができている。だから私は『普通』と言い張れるのだ。
当然のように言った私を、アレンは眩しそうな眼差しで見下ろす。なんだか恥ずかしくなって、小さく俯いてしまう。
「――さて、見学はここまでにして、土産を買って帰るか」
「あ、うん。ザカリーさん、今日はありがとうございました」
アレンの声で意識を戻した私は、ザカリーさんに会釈する。
ザカリーさんは穏やかな表情で微笑み、頷いた。
「どういたしまして。またのご来場、お待ちしております」
教会の玄関までザカリーさんに見送られ、私達は教会の敷地内から出た。
最後に訪れた場所は土産場で有名な街路。
ソフィアにはピンク色の花を描いたマグカップ。ジェイソンさんとドナルドは万年筆。ジャンヌは瞳と同じ緑色の宝石がついた銀のヘアピン。
服を入れた紙袋に入れられるだけ詰め込んで、最後に時計屋に入った。
「アレン、ちょっと一人で見てもいい?」
「いいけど……大丈夫か?」
「うん。また後で」
少し心配そうだけど、アレンは店から出た。
確認した私は店内を見渡す。
店内には、いろんな時計が展示されていた。壁にかけてある
多種多様な時計を眺めていると、店の奥から白い
「いらっしゃいませ。お探しのものは何ですかな?」
「えっと……魔術師がよく使う時計ってありますか? できるなら腕時計以外で……」
アレンは魔術師だ。腕時計だと魔法を使う時に邪魔になってしまうから、懐中時計がいいかもしれない。
いろいろと考慮してホビットの店主に告げると、彼は神妙に頷いた。
「それなら、こちらはどうでしょう?」
店主が店の奥に案内して、ガラスケースに展示してある時計を紹介する。
「これは魔力を動力にした最先端の時計です。動力原となる魔石や
「最高ランクはどれくらいの値段ですか?」
「宝珠なら……だいたい小金貨三枚から金貨一枚です」
最先端で宝珠も使っているのだから当然の値段かもしれない。
私は巾着の中から金貨一枚を取り出して、店主に渡す。
「これで買えるものを教えてください」
「は……はい。その……よろしいのですか?」
「うん。何も全財産ってわけじゃないから。あ、私用じゃないよ? 男性用でお願いします」
金貨ということに恐縮してしまった店主。お金を貰う時の私も、きっとこんな感じだろう。
ちょっとおかしくて小さく笑うと、店主は頬を淡く染めつつ慌ただしく時計を見繕いだした。
カウンターに出されたものは懐中時計。長針と短針のみのものから秒針があるもの、表面には、月、星、太陽、唐草など、様々な模様がある。
私はその中で、竜と縁取りに月桂樹の模様を施した金の懐中時計を見つけた。
惹かれるように手に取ると、店主は目を丸くする。
「いやはや……お目が高い。男性用としますと……プレゼントですか?」
「はい」
「相手の魔力の属性は把握しておりますか?」
……言われてみれば、聞いてない。そもそも聞いたことがない。
しばし固まってしまったけれど、あることを思いつく。
私が魔力を込めればいいのだ。幸いにも私は全属性を持っているのだから。
ランク分けされている中から、乳白色のオパールと同じガラス光沢がある宝珠を取る。
「これでお願い」
「……それは、貴女が込めると受け取ればいいですか?」
「はい。私は全属性持ちですから」
言えば、店主は
おかしくてクスクスと笑ってしまうけれど、早く買わないといけないから声をかける。
「それで、これを嵌め込むんですか?」
「……! ……いえ……その前に、貴女の魔力を込めてください。そうすることで、貴女と同じ属性の魔力を持つ者以外の属性の魔力を受け付けなくなりますが、安全性と正確さが保証されます」
ここで私が驚いてしまう。宝珠に魔力を込めるなんて考えたことなかった。
宝珠とは、人族や獣族など、魔法種族とは違い本来は魔力を扱えない者達が、魔法を操る際に媒介とする水晶玉。宝珠はそれぞれに扱う魔法の系統が大まかに決められており、宝珠を媒介に魔法を行う者は、扱いたい魔法によってそれらを使い分ける必要がある。
魔物から取り出す魔石と、鉱石として採掘される魔晶石と違って強力で、精霊や神聖的な加護が宿っている。入手困難なため、高額で売られることもあるけど、ほとんどが非売品。
今回の宝珠は、加護を得たままの状態で魔力を記憶させることができるらしい。
なるほど、確かに高度な技術だ。とにかく、魔力を込めよう。
右手に魔力を集めて込めると、宝珠の色が変わった。光加減で、赤、青、緑、黄、白、黒にも見える。
見とれていると、店主は目を見開いて固まってしまった。
やっぱり、これは普通では見られない色なのだろう。
「これは凄い……。では、お預かりします」
店主が白い手袋を着けた両手で取ると、懐中時計の右斜め下にある動力源になる窪みに嵌め込んだ。その後に金の長針と短針、銀の秒針がついた円盤を嵌め込み、ネジで固定する。
「――はい、できました。包装しましょうか?」
「お願いします」
懐中時計の本体と同じ金の鎖を丁寧にまとめて、クッションを詰めた長方形の木箱に入れた。それを白い紙で包装され、私に差し出される。
「ありがとう」
「こちらこそ。お買い上げ下さりありがとうございました」
ホビットの店主は微笑んで、私を玄関まで見送ってくれた。
店から出て辺りを見回すと、アレンはどこかで暇を潰しているのか姿が見えなかった。
どこまで行ったのかな?と首を傾げると、ポンッと私の肩に手が乗った。
驚いて振り向くと、クスクスと笑っているアレンがいた。
「驚きすぎ」
「だ、だって……気配無かったんですけど……」
忍び寄るの得意なの!?
ちょっと怒りたかったけど、アレンの笑顔でその気も無くなる。
本当に……恋って厄介な感情かも。こんなにも一喜一憂するなんて。
「長かったな。何かいい物でもあったのか?」
「……うん」
頬を緩ませて頷けば、アレンは少し聞きたそうだったけど「そうか」と呟いた。