アレンと会った後日、ソフィア達にお土産を渡した。
ソフィアは、新しいマグカップが欲しかったと言ってくれた。
ジャンヌは、「センスあるわね!」と褒めて、よくヘアピンを身につけている。
ジェイソンさんとドナルドは、使いやすさと長持ちしやすさで、好んで使うようになったらしい。
喜んでくれてよかったと安心すると同時に、皆の笑顔を見て幸せを感じた。
人の笑顔と幸せを見ていると、私も幸せな気持ちになる。
これからもずっとこの日々が続いてくれると思っていた。
この時まで、本当に思っていた。
あともう少しで新年を迎える。
窓の外を見れば雪が降り積もり、城を幻想的な世界へと塗り替えていた。
森の中とは違う都会の美しさに見とれるけど、今は職務に
「シーナ、少しいいか?」
「あ、はい」
いつも通り翻訳した古文書を纏めていると、宮廷魔術師長補佐であるマーヴィンさんが私のところに来て、机にガラス製の小瓶を置いた。
「これを西の離宮へ持っていってくれないか? ジェイソン殿に届け忘れたものなんだ」
小瓶を受け取り、ガラス越しから液体の色を見る。
綺麗な薄緑色は、以前にジェイソンさんと作ったから見たことがある。
「風邪薬ですか?」
「そうだ」
頷くマーヴィンさんに、私は頷いて立ち上がる。
「わかりました。すぐに届けてきます」
「ああ。頼んだ」
ポンッと私の頭に手を乗せたマーヴィンさんは研究室から出て行く。
私は宮廷魔術師に支給されるコートを羽織って、外に出た。
雪が降り積もっている所為で足場が悪く、手足が
飛んでいきたいけど城内でそれはできないから我慢して、長い道のりを進んだ。
西の離宮。そこには上層部が竜帝陛下に押し付けようとした人間の花嫁候補が一時的に住んでいる。花嫁候補がいない時期は
なんとかその西の離宮にたどり着いて、近くを通っていた侍女に声をかける。
「すみません、少しいいですか?」
「何でしょう」
「宮廷魔術師長補佐の頼みで、宮廷魔術師長に薬を届けてほしいと頼まれたのです。どちらにいますか?」
「それならご案内致します」
なんとか頼むことに成功した。ここに来た時はぎこちなかったけど慣れたおかげだ。
離宮の階段を上がって、ある一室の手前で立ち止まる。
……この部屋は、まさか……。
「ジェイソン様、お使いの方がお見えになりました」
「入れてくれ」
ジェイソンさんの声の後、侍女が扉を開けて私を部屋に入れる。
ベッドの横にある椅子に座っているジェイソンさんに近づき、ポケットから薬の小瓶を出して渡す。
「一つで良かった?」
「ああ。今は容態が安定しているから、これでいい」
受け取ったジェイソンさんは、横になっている少女に声をかける。
「イザベル嬢、この薬を今日の夕方と明日の朝に分けて飲んでください。これなら早く回復する」
「ありがとう、ございます」
……やっぱり、イザベルか。
気分が悪くなって部屋から出ようと
「シーナ?」
けれど、ジェイソンさんに呼び止められてしまった。
顔をしかめなかった自分を褒めたい。
「顔色が優れない。少し休むか?」
「……大丈夫。先に戻ります」
「待って」
今度はイザベルに呼び止められ、顔が無表情になってしまう。
「シーナがそこにいるの?」
「知り合いか」
「ええ、同じ村で育ちましたから。シーナは妹のような子です」
……よく口から出任せを言える。
吐き気がするほど気分が悪くなってくると、ジェイソンさんが「そうですか」と相槌を打って立ち上がった。
「それでは、失礼します。シーナ、行くぞ」
ジェイソンさんに肩を軽く叩かれ、少し正気に戻った私は退室した。
離宮から出てしばらくして、ジェイソンさんが私に振り向く。
「大丈夫か?」
「……え?」
何を言っているのだろう。そう思っていると、ジェイソンさんは眉を寄せる。
「死人のような顔をしているぞ」
……そんなに酷い顔なのか。
一度瞑目して、深呼吸を繰り返す。少し気分が落ち着くと、ジェイソンさんに謝った。
「すいません」
「いや……。あのイザベル嬢とはどういう関係だ」
どういう関係とは、イザベルが言ったことを真に受けていないということか。
不思議そうな顔をすると、ジェイソンさん顔をしかめる。
「あんな
流石は宮廷魔術師長。言葉に宿る魔力にも敏感だ。
ジェイソンさんは他人の言葉の
彼という人物の在り方を再確認して安堵した私は、黒い感情を
「……あれは……私の大切なものを奪った人間だ」
もはや対等な人間として見られないくらい、深い憎しみに支配されそうになる。
そんな私の仄暗い眼を見たジェイソンさんは息を呑む。
彼を怖がらせてどうする。冷静になれ。
自分にそう言い聞かせて瞬きし、正気に戻って歩き出す。
「……シーナは、あの人間をどうしたい」
一緒に歩くペースを崩さずに訊ねるジェイソンさん。
どうしたいと言われても……。
「どうもしない。あんな人間、仕返す価値もない」
やったとしても
ジェイソンさんは小さく唸って考え込む。
沈黙を保ったまま魔術宮に到着すると、ジェイソンさんが振り向く。
「何かあれば、しっかり頼ってくれ。君は遠慮ばかりだから、難しいことかもしれないが……あまり無理はしないように」
ジェイソンさんの
本当に私は出会いに恵まれている。
「ありがとう……ございます」
泣きたくなったけど、それを耐えて微笑んだ。