11-02




 翌日。嫌な予感を抱えて、ジェイソンさんに古代魔法書を貸す形で預ける。
 驚愕から受け取ることを拒みかけたジェイソンさんに、駄目押しで頼み込む。

「私に何かあったらいけないから。もし何かあったら、これをアレンに渡してください」

 真剣な眼差しで言えば、ジェイソンさんは「わかった」と重々しく言って受け取ってくれた。
 それ以外は普通に職務をしながらジェイソンさんの指導を受ける。
 嫌な予感は杞憂であってほしい。そう思っても、私のこの予感はよく当たる。

 もやもやとした不安定な感覚を振り払いながら仕事を熟していると、マーヴィンさんが研究室に入ってきた。

「ジェイソン殿、少しシーナをお借りしてもよろしいですか」
「……何かあったのか?」

 ジェイソンさんも何かを感じ取ったのか眉を寄せる。

「実は……花嫁候補の一人が礼を言いたいそうです。ジェイソン殿は忙しい身だから、代わりに助手のシーナを……と」

 ……あぁ。これが嫌な予感か。

 行きたくないけど、ジェイソンさんの手を煩わせるわけにはいかない。
 立ち上がると、ジェイソンさんが私の手を掴む。魔力量のおかげで老化が遅いため、初老に見えないし、そうとは思えない手だ。

「行くな」

 ジェイソンさんは険しい顔で止めようとする。

「あの虚構しかない者の所に行けば、何が起きるか判っているだろう」

 ジェイソンさんも、私と同じことを感じ取っていたようだ。
 心配してくれる彼が嬉しくて泣きたくなったけど、耐えて微笑んだ。

「でも行かないと、あらぬことを言い触らすと思うから」

 イザベルという人間の本質を理解しているからこそ言えること。
 辛いけど、酷い噂を広げられるよりはマシだ。

「行ってきます」
「……気を付けていけ」

 苦渋に満ちた声で送り出してくれたジェイソンさんに良心が痛んだけど感謝して、マーヴィンさんに案内されて魔術宮から出る。
 建物の入口で待っていた侍女に連れられて西の離宮に到着すると、あることを思い出す。

「そういえば……ソフィアはどうしたんですか?」
「ソフィアですか? 彼女は休暇で外出していますが」

 ソフィアという味方がいない現状に胃が痛くなった。それでも頑張らないと。
 侍女は怪訝な顔をしたけど、イザベルの部屋に到着するとノックした。

「イザベル様、お連れ致しました」
「通してあげて」

 鈴を転がしたような綺麗な声で告げれば、扉を開けて私を入れる。
 部屋主であるイザベルは、ベッドの縁に腰かけていた。

「ありがとう。二人きりで話したいの。いいかしら?」
「はい。失礼します」

 天使のように微笑んだイザベルに頬を淡く染めた侍女が退出する。
 相変わらず、偽りの姿で人を使うことが得意みたいだ。

 イザベルを見れば、風邪をひいていたはずなのに顔色がいい。ジェイソンさんの薬が効いているおかげだろう。

金輪際こんりんざい呼び出さないでって言ったよね」
「あら、そうだったかしら」

 白々しいイザベルに苛立ちを覚えたけど、無表情を貫き通す。

「どうして呼び出されたのか、わかる?」
「……嫌がらせか何かでしょう」

 溜息混じりで投げ遣り気味に言えば、イザベルは仄暗い狂気を瞳に宿してわらう。

「それを判っていながら来るなんて、本当に馬鹿ね」
「来なかったら余計なことを言い触らすでしょう」

 それよりマシ、と言えば、イザベルは皮肉めいた笑みを浮かべて立ち上がる。

「こうなってもマシと言えるのかしら?」

 狂気に彩られた笑みを消して、自分の右頬を打つ。そしてベッドのサイドチェストに置いているはさみを掴み、服を裂くように破き始めた。胸元やスカートの裾など、至る所に。

 ……あぁ、そういうことか。あらぬ罪を着せて、城から追い出したいのか。
 なんて、在り来りな茶番劇ちゃばんげき……。

 適当に破いた後、少し近づいて鋏を私達の間に投げて転がし、力無く倒れたふりをして――甲高い声を上げた。





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Aletheia