12-03




 そっと瞼を開けて鈍色の空を眺めた後、抱えた膝頭に顔を埋める。
 その時、感じ慣れた清浄な精霊の気配を感じた。
 顔を上げると、やり場のないいきどおりを銀灰色の瞳に秘めたコスモがいた。
 険しい顔には怒りと悲しみの色がぜになっていて、とても苦しそうだ。

『……どうして頼らないんだ』

 苦しげに吐き出された言葉の意味に気付いて、息を呑む。

 彼はいつも、私に頼られることを望んでいた。
 願っていた、と言っても過言ではないほど、私を甘やかそうとする。
 私はコスモの優しさに甘えているつもりなのに、彼にとって頼られているわけではないようだ。

 もっと頼った方がいいと思うのに、どう頼っていいのか……わからない。

『君はいつも一人で解決しようとする。今にも死にそうなのに、ずっと耐えようとして……』

 手をきつく握りしめ、歯を食いしばる。

『そんなに頼りないのか!!』

 誰が、とは判り切っている。
 今までの苦しみを吐き出すように叫んだコスモは、力無く膝をついて私を抱きしめる。
 精霊なのにほのかに温かいのは、彼を構築する魔力だけではない。彼を支配する強い感情だ。

 魔力のかたまりである精霊。そのおさであるコスモから涙がこぼれ落ちた。
 私の服を濡らすのではなく、宝珠に変わっていく。
 高位精霊の涙が宝珠に変わるのか。それを知って、とても苦しくなった。

 手に落ちたコスモの涙からできた宝珠は透明度のある綺麗な銀色。光加減で、赤、青、緑、黄、白、黒の六色に変化する。
 綺麗だけど……これ以上は泣いてほしくない。泣かせている私が何を言うのかと思うけど、彼に心を痛ませてほしくない。

「……ごめんね。これでも甘えているはずなんだけど……」
『っ……シーナは……不器用すぎるよ……!』

 ごめん、と呟いて、コスモに寄りかかる。

「こんな私をいつも想ってくれて、ありがとう。本当の家族のように接してくれて、ありがとう」

 私を抱きしめる力が強くなる。
 今まで滅多に言わない言葉だけど、彼に伝えよう。

「大好きだよ。ずっと、家族でいてね」
『……当然だ。僕だって、シーナが大好きなんだから』

 コスモの場合、家族以上のような深愛を持っている。私はそれを重いとは思わない。むしろ、嬉しくなる。こんな私を受け入れてくれたのだから。
 だから、私は――。

「シーナさん?」

 ふと、少し離れた所から声がかかった。
 瞼を開けて顔を上げると、十二歳ぐらいの男の子と女の子を連れたザカリーさんがいた。
 彼らの手には、いろんな食材が詰まった紙袋がある。おそらく孤児院の食料だろう。

「こんなところでどうしましたか? アレン様はいらっしゃらないようですが……」

 辺りを見回してこっちに近づくザカリーさん。
 気付けば、コスモは名残惜なごりおしそうに消えていた。

「……すみません。今晩だけでも泊まらせてもらえませんか?」
「いいですが……何かあったのですか?」

 私の顔を見て何かがあったのだと気付いたザカリーさん。
 言いにくいけど……彼なら信頼できる。

「同じ出身の花嫁候補にたばかられて、城から追い出されたんです」

 苦笑をまじえて言えば、ザカリーさんは眉間にしわを寄せる。
 ちょっと気まずくなって、服や雪の上に落ちたコスモの涙である宝珠を拾い、ポケットの中に入れて立ち上がる。

「……何やら深い訳があるようですね。わかりました。一晩だけではなく、むかえが来るまでいてください」

 ……『ください』? 『いいですよ』……ではなく?

 小首を傾げてしまうと、ザカリーさんは眉を寄せたまま器用に笑った。

「アレン様なら、きっと迎えに来てくれます」
「……はい」

 根拠こんきょはないけど、アレンならきっと見つけてくれる。私も、そんな気がした。

「ザカリー様。このお姉ちゃん、一緒に暮らすの?」
「ええ。おそらく少しの間ですが」

 女の子が私を一瞥いちべつしてザカリーさんに訊ねると、彼は笑顔で頷く。
 そして、ザカリーさんは私にあることを訊ねた。

「そうだ。シーナさん、料理は得意ですか?」
「……えっと、多少は。あと、サンドイッチも得意です」

 ソフィアから習った料理は、部屋でよく作っていたから覚えている。
 大丈夫かなと思っていると、「サンドイッチ?」とその場にいる全員が首を傾げた。

 あ、そういえばこの世界にサンドイッチの概念がいねんが無かった。

「パンにサラダとドレッシングをはさんだ軽食です。一応私が考案したものですが……」

 実際は地球で得た知識だけどね。帝都にはカチコチの黒パンがないから、きっと大丈夫だと思うけど……。

「何それ!? 食べてみたい!」
「ザカリー様! いい? いい?」

 意外と食いついてきた子供達の期待感に満ちた表情に、ちょっと困った。

「いいですよ。パンならいっぱいありますから。野菜はどんなものがいりますか?」
「えっと……歯応えのいい葉野菜。ドレッシングは食用油とお酢と柑橘かんきつ系の果汁が少しと……」

 レシピを言うとザカリーさんは「大丈夫そうですね」と言って、私を孤児院へ案内してくれた。



 孤児院の中は広くて、広間と厨房ちゅうぼうの他に、子供達が寝泊まりする部屋がたくさんある。
 寝室には暖房だんぼうがないのか、広間の暖炉だんろの周りに集まって、絵を描いたり積み木で遊んだりしている子供から、勉強している子供までいた。
 子供達はザカリーさんを見ると、声を上げる。

「ザカリー様! そのお姉ちゃんは!?」
「しばらく泊まる方です。今日は彼女から珍しい料理を教えてもらいますから」

 ザカリーさんがそう言うと、子供達は歓声を上げた。
 プレッシャーで気圧されたけど、苦笑いを抑えて笑った。

 厨房に案内されて手を洗い、まずドレッシングの作り方を教える。
 いろいろなレパートリーがあるから、簡単で手頃、美味しいものを何種類も用意した。瓶詰にすれば長持ちするから、少し多めに作っておく。
 次に生野菜を手で千切ったり包丁で切ったりして、ハム、またはスクランブルエッグと一緒に挟む。そうすることで二種類のサンドイッチが完成する。
 ドレッシングはお好みで少しかけるだけ。それを教えれば、ザカリーさんは驚いた。

「こんな手頃な調理法が……。これなら時間がない時は、ほかの子にも任せられます」
「それは良かったです。では、運びましょう」

 食堂に運んで、バイキング形式で並べる。周りに多種類のドレッシングを入れた瓶を置いて、子供達に説明しながら食べさせてみる。
 野菜嫌いな子もいたけど、ドレッシングと中に入っている卵やハムが気に入ったようで、残さず食べてくれた。

「おいしい!」
「シーナお姉ちゃん、ありがとー!」
「どういたしまして」

 小さな子供達にお礼を言われて、胸の奥が温かくなる。
 村にいた頃はエリン達しか普通に接してくれなかったけど、それでも心を支えられた。
 やっぱり子供の力は偉大だ。笑顔を見るだけで、心を温かくしてくれるのだから。



 食べ終わると歯をみがいて寝る準備をする。私は客室に案内されて、そこのベッドを使わせてもらった。
 コートを脱いで椅子に掛け、毛布を被る。

「……大丈夫、だよね」
 これでも辛い環境で強かに生きてきたんだ。これくらい乗り越えてみせる。

 明日への不安もあるけど、今はできることをしよう。
 そう決めて、緊張感が抜けると同時に夢の中へと意識が沈んだ。




PREVTOPNEXT

3/3

Aletheia