苦悩




 子供が出歩くのも難しいくらい降り積もった雪を眺め、今後の予定を確認する。
 毎年、この時期になると各地の竜王が集まる。
 近状報告から懇親会のような晩餐会を年末に行うことになっている。これは親である初代竜帝の頃からの習わしだ。

 二代目竜帝と竜王が集まるこの時期は何かと大変だ。主に私を慕っている火の国ピュールを治める竜王と、彼と不仲とは言い切れない風の国アネモスを治める竜王、この二人の操縦が。あいつらも立派な竜王なんだが……。

「あーにきー、いるかー?」

 ……噂をすればなんとやら。

 執務室に遠慮なく入ってきたのは、竜王の一柱である火竜ハドフォンス。
 こいつは私の次に誕生した二代目竜王だが、何故か今でも「兄貴」と呼んでいる。普段は威厳を保つために控えてもらっているけれど、親しい者がいる中では遠慮がない。
 私の部屋の見張りをしている近衛兵は毎年のことで慣れているだろうが、ギョッとしてしまうことが多い。
 抑えきれない溜息を吐いて、ハドフォンスを見遣る。

「久しぶりだな、ハドフォンス」
「おう。兄貴も健在のようで何より……って、それ、何だ?」

 ハドフォンスが注目したのは、私の掌の中にある懐中時計。
 最近はこれが手元に無いと落ち着かないようで、無意識に手に持つことが多い。

 それは仕方がない。これはシーナが『アレン』に初めてプレゼントしてくれたものだから。
 『アレン』が魔術師だと認識しているシーナは、魔術師用の時計を選んだらしい。
 私はあまり時計に詳しくない。そもそも竜族の時間の感覚は正確なので、時計など必要ないのだ。そんな私にヴィンセントが教えてくれた。

『これは……最新式の時計ではありませんか』
『最新式?』
『ええ。持ち主や、持ち主と同じ性質を持つ魔力を魔石や宝珠に込めることで、動力源である魔石や宝珠が勝手に時間を調節してくれるものです。これは一番正確で安全性のある宝珠を使っているようですね。この装飾といい、性能といい……金貨相当の価値がありますよ』

 ちょっとどころではない出費に驚いてしまったが、金に無頓着なシーナらしいと言えばらしいが……少し心配だ。あの時も自分のものは服以外買わなかったし……もう少し金の大切さを認識してもらわなければ。
 それでも、持ち主と同じ魔力……というくだりで胸の奥が熱くなる。

 内蔵されている宝珠の魔力を感じ取ると、驚くことにシーナの属性の適正は私と同じだった。
 同じ属性を持つということは、私とシーナだけが使えるということ。
 シーナは『アレン』の属性を知らないから仕方ないが、そこに不変の絆を感じてしまった。
 こんな些細なことでも一喜一憂して振り回されるなんて初めてだが、悪くない。

「……それ、誰から貰ったんだ?」

 思いふけってしまっていると、ハドフォンスが訊いてきた。
 的確な内容に軽く驚く私と違い、ハドフォンスは難しい顔をしていた。

「俺等には時計なんて必要ないのに懐中時計を持っているなんて兄貴らしくない。それに兄貴の表情から見て、人間の女ってとこか」

 ……若干繊細さに欠けているこいつがここまで言うほど判りやすかったか?
 思わず苦笑してしまい、正直に話す。

「ああ。彼女は私にいろんなものを教えてくれた大切な子だ」
「教えてくれたぁ? え、兄貴に?」
「『アレン』としてだがな。『アレン』を通して、大切なことを教えてくれたんだ」

 誰かを心から愛することや、彼女の心を守りたいと思う気持ち。シーナがいなければ、きっと知ることはなかっただろう。

「……兄貴は、その人間をどうしたいんだ?」
「いつかは『アレン』が『竜帝』であることを告白する。それで受け入れてくれたら……」

 受け入れてくれたら、今度はプロポーズするだろう。
 だが、それはもう少し先になる。シーナにも時間が必要になると思うから。

 竜と月桂樹を施した金の懐中時計の表面を指先で撫でる。
 シーナは無意識だと思うが、このデザインを選んでくれた。偶然だとしても、それがどれだけ嬉しかったか、きっと私だけしか知り得ない。

「結婚するってことは、エカテリーナと同じことになるってことも考えたってことになるよな」

 エカテリーナとは、私の母のことだ。
 人間でありながら竜帝と契りを結んだ彼女は、竜族の眷属けんぞくになることで延命している。
 母は強い人だ。いろんな出会いや別れを繰り返してなお、父といることを望んだのだから。

 人間としての『生』を奪われ、竜帝と同じ悠久の時を過ごす。
 シーナにその強さがあるのかは、まだわからない。それでも、私は彼女と共に生きたい。それがどれだけ理不尽なものなのかは理解している。

 それでも――

「それでも私は、この先きっと彼女しか受け入れられないだろう」

 いろんなものを与えてくれた愛しい彼女を幸せにしたい。その気持ちは本物だ。

「……そっか。んじゃ、俺は兄貴のこと、全力で応援するよ」

 吹っ切れたように笑ったハドフォンスに苦笑する。
 こいつは何だかんだ言って私を心配して、最後には後押しする。
 誰よりも情に厚いハドフォンスに慕われるのも悪くないと改めて感じた。




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Aletheia