城を出て捜索に当たり数時間。真夜中になる頃に、徐々に吹雪きだした。
視界が悪くなる中、これ以上の捜索は難しいということで、一度警備隊の建物に避難した。
オーエン達が率いる近衛騎士は優秀だった。
まず町の警備隊に協力要請をかけ、捜索に協力してもらうと同時に道の要所に検問を置いてもらった。
彼等自身も、自ら雪が積もった街中を歩き回り、仲間を見つけると小まめに情報交換を繰り返した。
おかげでこの短時間で、シーナが城を出てからの大体の足取りを掴むことができた。
「昼間に城の魔術師らしきフードを被った小柄な者が広場にいたそうですが、その後は貧民街の方角へ向かったそうです」
貧民街と聞いて、ドクリと心臓が嫌な音を立てた。
貧民街は、帝都でも暮らし辛い人間が流れ着く場所。
この時期の貧民街は、寒さのため路地裏などで倒れた者の死体が出やすい。生きている者は、その死体から金銭になる物を奪って生活している。
まさか、そこに……?
「こちらの情報では、貧民街付近から離れたところで見かけたそうです。その後、貧民街を離れて街へ入ったらしいのですが、行方はそこで止まっています」
さっと引いた血の気が戻り、小さく息を吐くほど安堵する。
貧民街に行ったが引き返してくれたようだ。だが、そこから見かけていないとなると、少し不味いかもしれない。
貧民街付近は治安が悪い。一年で数えるほどだが、人を巻き込むような事件は起こっている。シーナなら魔法で力押しできるだろうが、ほかの人間は巻き込まれることが大半だ。
そう考えたが、昨日までの報告でそのような騒ぎや事件が起きたとは聞いていないそうだ。ということは、その方面でのシーナは無事である可能性が高い。
けれど、窓の外から眺められる景色は夜の黒と雪の白のみ。建物に入った時より酷くなった吹雪に心が騒ぐ。
もし屋根もない場所で倒れていたら。
もし雪の中に埋もれていたら。
考えたくもない予想が浮かんで消える。
時刻は深夜二時。
明日の捜索のために眠ることになったが、俺は眠れそうになかった。
じっとしていると、シーナを失ってしまいそうな恐怖から泣きたくなる。
大声を上げてしまいたい衝動を押し殺して、手の中にある懐中時計を指先で撫でた。
すると、不思議なことに心が落ち着く。まるでそこにシーナがいるような気がして……。
それはきっと、懐中時計の宝珠に込められたシーナの魔力のおかげだろう。
とても澄んだ綺麗な魔力が、安心感を与えてくれる。
まるで、大丈夫だよ、と言っているような心地良さに、胸の奥が熱くなった。
翌日の朝。朝食を摂った俺は、誰よりも先に捜索を再開した。
竜は一食抜いても、一ヶ月も不眠不休を強いられても、何の支障もない。それでも周囲に溶け込んでいる以上は周囲と同じ行動をとらなければ。
いつも通り朝を迎えた人々は、いつも通りの生活を始め、いつも通りの仕事を始める。
変わらない毎日を、日々一生懸命に生きている姿。
そんな、いつもなら微笑ましいと感じる光景が、今は感じられなかった。
シーナが俺の傍に居ても居なくても、居なくなったとしても、この日常に何の変化も与えない。
誰かを失ったとしても、世界は変わることなく無情に回る。
それが、理不尽にも忌々しく思えてしまった。
空を見上げると、昨日の空とは打って変わった美しい青空が広がっている。
吐き出した白い息が空気に溶け込む様子がはっきりと判るほど、世界は色付いている。
不意に、最後に会ったあの時の言葉が鮮明に蘇る。
『アレンと出会って、私の世界は広がって、色付いた』
ありがとう、と。最後に言ってくれた言葉が、とても懐かしく思えて……。
「シーナ……」
俺だって、シーナと出会っていろんなことを知った。いろんなことを教えてくれたおかげで、俺の世界も広がって、色付いたんだ。
シーナがいない世界なんて、俺には色褪せて見えてしまう。
頼むから無事でいてくれ……。
――パンッ
きつく目を閉じて願っていると、空から弾ける音が響き渡った。
驚いて空を見上げれば、信号弾に使われている赤い煙が立ち昇っていた。
周囲の人々は驚いて一度見上げたが、何事もないことに気付いて各々の仕事に戻る。
その中で、俺は急ぎ足で煙の方向へ行った。
ふと、煙が見えた方角と、今進んでいる道で、シーナと行ったことがある場所が浮かんだ。
「教会か?」
これは盲点だった。
考えてみると、シーナは教会の祭司ザカリーと親しくなったし、泊めてもらうのも難しいことではないはずだ。
僅かな希望に
藁にも縋る思いで向かえば教会の前に近衛騎士や警備隊が集まっていた。
彼等の中にいるティモシーは俺に気付き、近づいてきた。
「この教会に入ったっていう目撃情報が入ったんだ。どうする?」
どうするとは、俺もこの教会に入るかという問いだろう。
「もちろん行くさ。ただ、大勢だと警戒されるから、俺とティモシー、近衛騎士団長の三人で、教会の祭司に訊ねよう」
真剣な俺の言葉に頷いたティモシーと、近くにいるオーエン。
オーエンが他の皆に待機を命じ、俺達は教会に足を踏み入れた。
この時間ならザカリーは教会の中の仕事をしているだろう。そう思って手前まで行った時、遠くの方から透き通るような声が聞こえた。
この声は、聴いたことがある。
旅立ちの日、木漏れ日の中で奏でられた、不思議な旋律。
「お……おいっ、アレン!?」
ティモシーが声をかけるが、俺は本能的に走り出した。
向かった先は、教会内の墓所に近い建物の陰になる場所。
歌が聴こえる方へ走って角を曲がると――
「……シーナ」
人気のない場所で、壁に凭れて歌っているシーナがいた。
俺の声に歌うことを止め、俺の方に向いたシーナは目を見開く。
「……アレン?」
ラピスラズリの右眼と、アメジストの左眼に、俺の姿が映る。
認識した瞬間、俺は駆け出した。
「シーナ!」
「アレン!」
同時にシーナが走ってきて、衝動のままに彼女を抱きしめる。
腕の中にある温もりは嘘じゃない。解っているのに、少しでも隙間を作りたくなくて……。
「アレン……ごめんなさい」
震える声で謝るシーナに心臓が締め付けられるほど痛む。
俺の背中に回されているシーナの腕の力が強くなると同時に、俺も抱きしめる力を強めた。
「いいんだ。……無事でよかった」
そっと離れて、涙で濡れた頬を撫でる。
シーナは潤んだ異色の
双眸に俺を映して、撫でる手に擦り寄って目を閉じる。
俺に安心感を持ってくれている。それが
堪らなく嬉しくて、もう一度シーナを抱きしめた。
「アレン! どこ行って……シーナ!?」
追いかけてきたのか、ティモシーがこっちに来た。
「ティモシー? もしかして……」
驚いて俺を見上げるシーナに、頷いて見せる。
「ティモシーもシーナを心配して捜してくれた一人だ」
そう言うと、シーナは驚いて近づいてくるティモシーを見る。
「シーナ! 無事だったか!?」
「う、うん……。ザカリーさん達に良くしてもらって……」
シーナがそう言うと、ティモシーは息を吐き出す。
安心したティモシーの様子を見て、シーナは眉を下げた。
「……あの、ごめんなさい」
「何がだ?」
「……迷惑かけちゃって」
シーナは迷惑をかけることに慣れていない所為で、変に人間関係が不器用だ。
俺はそんな彼女に苦笑し、ティモシーは困った表情で後頭部を乱暴に掻く。
「あー、迷惑かけない人間なんていないぞ? それに、俺は迷惑って思っちゃいない。シーナが心配だからしたことだ。わかったか?」
「……ん。ありがとう」
まだ少し辛そうだが、小さな笑顔で礼を言った。
「じゃ、行くぞ。オーエン団長が待ってる」
ティモシーの合図で、俺達は日陰から日向へと出た。
教会の入口まで行くと、オーエンとザカリーが何やら話し合っていた。
「あ。あの人……」
「シーナ、見覚えが?」
「うん、収穫祭の時に……」
シーナが答えて、そういえば、と思い出す。
シーナはあの時、オーエンの名を聞いていなかった。城でも今まですれ違いもしなかったから、ほぼ初対面と言っていいはずだ。
よく覚えていたな、と感心していると、オーエンがこちらに来た。
「久しぶりだな」
「あ、はい……って、覚えて……?」
「いるとも。わしはオーエン・ガスリー。城の近衛騎士団長を務めている」
「シーナです。この度はご迷惑をおかけしました」
丁寧に頭を下げて言ったシーナに、オーエンは苦笑する。
「気にすることはない。それで、アレン殿。これからどうするつもりだ」
「このまま城に連れ帰りたいが……」
シーナを見て言えば、彼女は表情を強張らせて視線を下げる。
このまま城に連れ帰っても、シーナのためにならないだろう。それに、まだ問題は解決していないし、何よりシーナを一人にするのも気が引ける。
「……それは明日にする」
今のシーナには、もう少し休養がいるはずだ。
意外そうな顔をするシーナとオーエン。ティモシーは俺の言葉に驚いていた。
「ソフィアには悪いが……ティモシー、シーナのことを伝えてくれないか」
「い、いいが……いいのか? そんな勝手なことして」
「俺が話しておくから。ザカリー、あともう一日預かってもらってもいいか?」
「勿論、構いません」
オーエンの後に来たザカリーに言えば、彼は笑顔で頷いた。
城で俺の正体を知っているのは、ヴィンセント、オーエン、ジェイソンだが、外ではザカリーだけだ。
俺の頼みは断れないわけはないのだが、この表情からして本心はもう少しいて欲しいのだろう。
教会には孤児院があるから、子供に好かれるシーナがいてくれると助かるだろうし。
「じゃあ、シーナ。また明日」
「……うん。また明日」
名残惜しそうな微笑みを見て、ようやく生きた心地になれた。