真実




 ザカリーさんの言うとおり、本当にアレンが私を見つけてくれた。
 正直に言って、アレンが捜してくれるとは思ってなかった。だって、彼はずっと忙しくて、私のことを知るまで時間がかかるはずだったから……。
 でも、来てくれた時は本当に嬉しかった。不安だった気持ちも吹き飛んで、喜びと安心感で涙が溢れた。
 もう二度と会えないと思っていたから……本当に泣きたくなるほど嬉しかった。

 ティモシーや近衛騎士団長のオーエンさん達は、捜索に協力してくれたそうだ。
 これは本当に申し訳なかった。これは私の問題なのに、巻き込んじゃったから。

 あのまま城に戻るのかと思ったけど、アレンは気を利かせてくれて、もう一日教会にいることを許してくれた。
 おかげでもう少し心を休めることができた。もしあのまま城に戻っていたら、きっと過労や心労で押し潰されていただろう。

 あの後、私は孤児院の子供達に掛け算の計算の仕方や、いろんな遊びを教えたりして過ごした。そういているうちに夜になり、風呂に入れない子供達に浄化魔法をかけてさっぱりしてから就寝。

 何の変哲もない普通の日常。自分の思い描いていたものとは少し違うけど、これも確かな幸せだった。


◇  ◆  ◇  ◆



 正午の鐘が鳴り響く頃。ザカリーさんと孤児院の子供達と一緒に昼ご飯を食べ終わらせて食器を片付けた後に、アレンが訪れた。

「シーナ、行けるか?」
「うん。あの……お世話になりました」

 ザカリーさんに頭を下げると、彼はほがらかに笑った。

「いえ。こちらこそ子供達の相手をして下さりありがとうございました。またお越しください」
「シーナお姉ちゃん! またねー!」

 ザカリーさんの後に子供達が手を振ってくれた。
 私も笑顔で手を振り返し、教会から出た。



 昨日と同じ青空の下、雪掻きしたのか歩きやすくなっている道を進む。
 教会から出て「すごく懐かれていたな」とアレンが話しかけてくれて、そこから私が孤児院で何をやったのかを話した。
 アレンは相槌を打ち、時々詳しく聞こうとしてくれた。とても話しやすくて楽しくて、気楽でいられた。

「……これから私、どうなるのかな」

 話題が尽きた頃、知りたかったことを訊ねる。
 曖昧な質問だったけど、解ってくれたアレンは教えてくれた。

「これまで通り、魔術宮で宮廷魔術師見習いとして仕事することになる。けど、魔術宮の居住空間にはいられない」
「えっ。どうして?」
「あの事件の詳細と事実は、ジェイソンが魔術宮に広めてくれた。……が、噂が混ざってしまったんだ。『シーナが同郷どうきょうの花嫁候補の命を狙った』という、馬鹿馬鹿しい噂が」

 ありもしない噂の内容に胸焼けがしそうだ。
 イザベル自身じゃない。イザベルの周りにいた、あの侍女だろう。
 なんとなく、そんな予感はしていた。あの人間なら噂を広めるなんてすぐにできそうだし、人を使ってからぬことをくわだてるなんて簡単にしそうだ。

「噂は無理に消そうとすると炎上するから下手にできない。ちょうどシーナが不在だったからか、真実味を帯びてしまったようだ」
「……ごめん」

 私があの人間の謀略に嵌ってしまった所為だ。
 真実を明かせば、結果的に簡単に解決するようになったけど、周りに迷惑をかけてしまったことは消しようのない事実。
 落ち込むと、アレンが私の頭に手を乗せた。

「シーナは悪くない。こればかりは誰も予想できないことだからな」

 アレンの言葉に、気持ちが少し軽くなる。
 やっぱりアレンはすごいなぁ。私の心が欲しかったことを言って安心させてくれることを簡単にしちゃうんだから。

「……ありがとう。それで、どこに住めばいいの?」
「――その話の前に、大切なことを聞きたい」

 ふと、城に向かっているはずなのに、人気のない場所に来ていることに気付く。
 訪れた場所は人が多く集まる大きな広場ではない、閑散かんさんとした広場。噴水もないし、手入れをする必要のある植木もない。あるのはベンチと街路樹だけ。それでも家が一軒くらい入りそうな空間だった。

 ここで何を話すのだろうか。そう思っていると、アレンに促されてベンチに座った。

「本当なら今すぐにでも自分の目で確認したかったが、時間が取れなくて無理だった」

 眉間にしわを寄せて言うアレンは、何かを言うことに渋っているようだ。

「だから、君の心を傷つけてしまうことを先に謝りたい」

 アレンが……私の心を傷つける?
 今まで無かったことに戸惑いから眉を寄せてしまう。
 不安を読み取ったアレンは躊躇ためらったが、私の手を包み込むように握りしめて、告げた。

「シーナ。君の憎しみの根源を知りたい」


 私の中の何かが、音もなく凍るように固まった。
 どうしてアレンは、私の『闇』を知ろうとするのか。どうして私の醜い部分を知りたがるのか、理解できない。

「……理由を……聞いていい?」

 掠れそうになる声を絞り出して言えば、アレンは沈痛な面持ちで目を細めた。

「俺はシーナの苦しみを理解しようとしなかった。その所為でシーナを危険な目に遭わせて追い詰めてしまった」
「そんなこと……」
「危険の度合いを把握できていたら、こんなことにはならなかった」

 それは違う――そう言いたくても、アレンの瞳の奥にある怒りに似た感情で言えなかった。

 彼の苛烈な激情を押し殺しているような眼に、心臓が痛くなるほど締め付けられる。
 でも、それは嫌なものではない。

「ちゃんとシーナと向き合いたい。だから、教えてくれないか」

 真剣で、真摯で、私の全てを受け止めようとしてくれている。
 これほど私を想ってくれる人は、これまで精霊以外でいなかった。

 どうしよう……すごく、嬉しい。

 胸の奥が熱くなって、その熱が染み渡るように広がっていく。
 泣きたいほどの喜びに目を閉じて、熱くなる目頭を抑える。

「……ごめんなさい。私じゃあ、上手く話せないから……」

 自分の口から教えたいのに、言葉にできないほどの憎しみで気がおかしくなりそうになる。
 こんな状態になるくらいなら、初めて知ったあの時のように――そうだ。

「コスモ」

 思いついたアイデアを実行するためにコスモを呼ぶ。
 現れたコスモは、穏やかな表情で私に微笑む。

『どうしたいんだい?』

 この優しい微笑みを消すことに罪悪感を持つけど、今はそれを押し殺して頼んだ。

「デオマイ村の地霊が私に見せてくれた記録を、私とアレンに見せてほしいの」

 途端に、コスモの表情が消えた。
 怖いくらいの変化に不安になる。それでも、コスモをしっかりと見据える。

『……それは、どういうことなのか、解って言っているのか』

 感情を殺した声は、こんなにも怖いものだったのか。
 怯えそうになる自分を叱咤しったして頷く。

「アレンは私と向き合いたいと言ってくれた。その気持ちに応えたいの」
『だからと言って、シーナまで見る必要はないはずだ』
「確かにそうだけど……これは私も見て、地霊がしてくれたように説明したい」

 初めて知ったあの時も、地霊が私にデオマイ村の記録――映像を見せながら教えてくれた。私もああやった方が、アレンにも伝わるはずだと思った。
 けれど、コスモは――

『それで君の心が死んだらどうするんだ!!』


 私のことを一番に考えて、怒ってくれた。




PREVTOPNEXT

1/4

Aletheia