14-02




『どうして君はいつも無理ばかりするんだ! 心を殺すことになっても! 心が死にそうになっても! 自分を傷つけて平気そうに振る舞って!』

 コスモは私の相棒であり、家族でもある。だからこそ私を一番理解してくれている。

『それが……どれほど残酷なことかも知らないで……! 周りのことばっかり……!』

 こうして憤って怒るのも、私を想ってくれているから。
 コスモの想いが痛いほど伝わって、心が苦しくなるほど嬉しかった。

「ありがとう」
『……え』

 怒っているのに泣きそうな顔のコスモが表情を崩す。
 人間味のある精霊王に、私は頬を緩めた。

「いつも私を心配して見守ってくれている。それを知っているから頑張ってこれたんだよ」
『シーナ……』

 弱々しく私の名を呼ぶコスモが、とても痛々しい。

「どんなに苦しんでも悲しんでも、いつも支えてくれる。それだけで、凄く救われるんだよ」
『そんなの……気休めにしかならないだろ……?』

 コスモの否定する言葉に、私は首を横に振って否定する。

「コスモがいたからこそ、生きてこれた。コスモが支えてくれなかったら、今頃とっくにほろんでいた。コスモが支えてくれたから、私は頑張ろうって思えたの」

 ずっと息苦しい理不尽な世界で生き続ける苦痛を味わっていた。けど、コスモが支えてくれたからこそ、理不尽の中での小さな幸福を探せるようになった。
 心を強くして、守ってくれた。だからこそ言える。

「ありがとう、私を支えてくれて。ずっと心を守ってくれて、ありがとう」

 心からの感謝の気持ちを伝えると、コスモは一筋の涙を流し、涙から作られる宝珠を落とす。
 手を伸ばして、そっとコスモの頬に触れる。

「これからも一緒に頑張ろうね」
『……ははっ。本当に……シーナには敵わないなぁ……』

 私の手にすがるように擦り寄って涙を流すコスモに胸が痛くなるけれど、私は微笑んだ。

『……わかった。ただし、僕も立ち会う。シーナが話せないことになったら、僕がするから』
「ありがとう」

 気持ちが治まったのか、コスモは私の手から離れてアレンを見る。

 眩しそうに私を見ていたアレンは、伸ばされたコスモの指先が額に当たったことに気付く。

『見せるのは一度きりだ。覚悟は?』
「……頼む」

 強い眼差しで頼んだアレンを確認したコスモは、私にも同じように手の先を額に当て、光を灯した。光は徐々に広がっていき、ついに目の前を覆った。
 何もない暗い空間に、デオマイ村の風景が広がる。まるで、デオマイ村の中にいるようだ。

 村の中には子供がいた。黒髪に瑠璃色と紫色のオッドアイの、まだ七歳ぐらいの女の子。
 あれは、まだ親がいた当時の私だ。

「生まれつき黒髪で、左右で違う瞳だったから、村人達に怖がられていた。それでも怖がらない子供や大人もいたし、仲良くしてくれた子もいた」

 男の子と女の子、時々大人に囲まれている『私』を見ながら話し始める。
 そして、建物の陰で『私』を見る幼いイザベルを見つけて指差し、アレンに教える。

「でも、あの人間がそれを壊した」

 気付いたアレンの視線の先にいるイザベルは、仄暗い眼をして私を睨んでいた。

 景色が、村長宅の夕食時の風景に変わる。
 食欲がなさそうにパンを食べる手を止めるイザベルに、彼女の両親が心配した。

『どうしたの? イザベル』
『……シーナって子、何であんなに怖いの?』

 小さくてもはっきりと、イザベルは言った。

『真っ黒で……魔女みたい。目も違って……化け物みたいで、気持ち悪い……』

 涙声で訴えるように言ったイザベルは、この頃から演技派だった。

「村長夫婦はあの人間を溺愛できあいしていたから、あの人間が嫌うものをことごと排除はいじょしようとした。……私も、その対象の一つだった」

 情景が変わり、この前まで仲が良かった男の子に石を投げられる。
 頭や体に当たって痛がる『私』に手を止めそうになるけど、周囲にいる子供にあおられて石を投げ続ける。
 原因を知らなかった当時の『私』は、急激な変化に泣きそうになった。

 それを見つけた私の両親が駆け付けて、子供達を追い払った。

 黒髪に紫色の瞳が美しい、秀麗な顔立ちが綺麗なお父さん。
 まっすぐ伸びた黒髪に瑠璃色の瞳を持つ、美しいお母さん。
 安心感から泣きそうになったけれど、『私』は気丈に笑った。
 村の外れにある家に帰ると、実年齢より遥かに若く見える黒髪のお祖母ちゃんが血相けっそうを欠いて、怪我をした『私』に治癒魔法をかけてくれた。

「お父さんはユリウス。お母さんはシャナ。お祖母ちゃんはアメリア。あの村の中で不遇ふぐうを強いられるようになっても、私を見捨てず愛してくれた大切な家族」

 我慢強い『私』が泣けるように誘導することが得意だったお祖母ちゃんの優しさに、とうとう泣いてしまった。でも、それは苦しいものではなく、温かなものだったことを今でも覚えている。

「あれから三年ぐらいが経って、お母さんは子供を身籠みごもった。あの頃のデオマイ村では出産も難しいと考えたから、お父さんとお母さんだけ村の外に行って、子育てがひと段落してから帰ってくるということになっていた」

 最初の映像から三年後の我が家で家族会議を行った光景が終わると、次は少し成長したイザベルが映る。

「でも、私に兄弟ができると知ったあの人間は――」

『また、魔女と同じ化け物が生まれるの……? そんなの怖いよ!』

 怖がるふりをして泣き真似をするイザベルに、村長夫婦はある計画をした。それをこっそりと聞き耳を立てていたイザベルは、醜いほどわらっていた。

 また情景が変わり、今度は昼間の森の中。
 森の中を歩いているお父さんとお母さんだけど、見覚えのある人間が現れて立ち止まる。
 それは、村で親しかった男達だった。
 彼らの手には、まきを切るおの、畑をたがやくわ、鉱山で使うツルハシなどが握られている。

「あの村の土地の支配権は村長が持っている。その支配権がない村人達は、村長の言うことを聞かなければ土地を取り上げられる」

 ただでさえ生きることも難しいのに、あの人間と村長は傲慢にも利用した。
 両親と村人達が言い争い、村人達が各々おのおのの武器を持って近づく。

「土地まで奪われることを避けたい村人達は、他人の命よりも自分達の生活の保障を選んだ」

 振り下ろされる斧。お母さんを庇ったお父さんに当たり、簡単に命を奪われた。
 女性特有の甲高い悲鳴。後ろからなたを持った男の手によってお母さんも死んだ。
 凄惨せいさんな光景に吐き気を覚えたけど、ぐっと掌に爪を立てることで耐えた。

「その後、両親は山賊さんぞくに襲われたと村中に広まった」

 景色が変わり、今度は村長の家の中。
 魔力量のおかげで年を取る速度が遅いはずのお祖母ちゃんも、この数年でおとろえて老けて見えるようになってしまった。

『あんたの娘夫婦が死んで早二年か……。あんたもこの先長い訳じゃないが……』

 何食わぬ顔で普通にお祖母ちゃんと話す村長が心底憎い。
 村長の妻がお祖母ちゃんにお茶を出して飲むように勧めた。
 お祖母ちゃんは呼ばれた理由を聞くまでお茶は飲まなかったが……。

「村で嫌われ者の私に一人でも味方がいることが気に食わなかったのか。あの人間は村長夫妻をそそのかし、お祖母ちゃんに毒を盛った」

 安心させるために飲ませたお茶の中には毒が盛られていた。
 嫌な予感がして飲まなかったのに、安心感を与えられ飲むように誘導させられて、とうとう飲んでしまった。
 一口飲んだお祖母ちゃんは口から泡を吹きだし、床に崩れるように倒れて痙攣けいれんする。それを見下ろす村長夫妻は心底忌々いまいましそうな顔をしていた。
 死んだことを確認すると、村長夫妻は清々したような醜い笑みを浮かべる。

「そして……お祖母ちゃんが食中毒で亡くなったと言い触らした」

 これまでの景色が消え、暗い空間の中に私とアレンとコスモだけが立っていた。
 コスモは心配そうに私の手を握り締めている。それに安心感を覚え、コスモに感謝した。

 ここで初めてアレンを見ると……彼はいまだかつてないくらい怒りを宿していた。
 握った拳を震わせるアレンの気持ちは計り知れないけど、少なくとも私達のために怒ってくれているのだと知れて安心した。

「これが、私の憎しみの全てだよ」

 締めくくると、コスモは空間を解除した。





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Aletheia