竜王




 程なくして、人間の姿に戻ったアレンと城に戻る。
 周りの目が気になったけど、なんとか無視することができた。

 城の宮殿に入ると、真っ先に向かったのは朝廷部分。そこである一室に到着すると、アレンはノックの後に無遠慮ぶえんりょに入る。待った方がいいと思ったけど、アレンに手を引かれて私も入室する。
 部屋は広い方だと思う。それでも無駄な物はなく、綺麗に整頓せいとんされていた。
 部屋の主はオーエンさん。私達の登場に目を丸くしたが、すぐに我に返る。

「どうなさいました、アレン殿」
「服を借りる」

 一言告げて隣室に入るアレン。
 私は固まってしまったオーエンさんに頭を下げる。

「オーエンさん、昨日はありがとうございました」
「あ、あぁ……どういたしまして。その……アレン殿の正体を知ったのか?」
「はい」

 柔らかな表情で頷けば、オーエンさんは驚き顔になったが、すぐに口元に笑みを宿した。

「シーナは陛下とわかっても変わらないのだな」

 オーエンさんは、私がアレンとの関係が歪にならないか心配してくれていたようだ。
 いい人だなぁ、と笑顔になっていると、隣室からアレンが出てきた。

 顔を向けると、アレンは竜帝陛下の姿になっていた。道中で聞いたけど、正体を知っているオーエンさんに何着か服を預かってもらっているのだとか。
 『アレン』の姿で竜帝陛下の居住区である宮廷部分に入るのはいろいろと不味いから、ここで先に着替えた方がいいらしい。

「じゃあ、行くぞ」
「うん。オーエンさん、お邪魔しました」

 軽く一礼して、オーエンさんの執務室から出た。

「……アレン、本当にいつも通りでいいの?」
「ああ。けど、人前では『アンス』か『陛下』と呼んでくれ。それと、公式の場以外で敬語は使わないでくれ」

 人前では敬語で『陛下』と呼ぶのは当然だけど、どうして敬語は使ったらいけないんだろう?
 首をかしげると、アレンは苦笑した。

「シーナに敬語を使われたくないんだ。いつも通りでいてほしい」
「……頑張る」

 難しい要望にそう返すと、アレンは穏やかに笑って私の頭を撫でた。
 あっという間に宮廷部分の領域に入る。朝廷部分と似ているけど、あそこと違って落ち着いた雰囲気がある。
 そういえば私、宮廷部分に入るのは初めてだ。

「……ねえ、アレン」
「ん?」
「もしかして……私が住むところって、ここなの?」
「ああ。ここが一番安全だからな」

 マジか。竜帝陛下の居住空間に住むなんて恐れ多いのに!
 頭をかかえたくなった私は悪くない。

「シーナは嫌か?」
「……そんなことないけど、一介の魔術師見習いが住むなんて反感買いそう……」

 ちょっと怖くなってきた。私って小心者だから、胃が痛くなりそうだ。

「アンス様?」

 不意に、女性特有の美しいソプラノの声が聞こえた。
 立ち止まって振り向くと、とても美しい女性がそこにいた。

 くびれまである薄い青い髪は絹のように艶やかで、海のような青い瞳はサファイアという宝石のように輝いて見える。豊かな胸元に程よいくびれと言った女性らしい体躯に見合う高めの身長。冬なのに秋用のエンパイア風のドレスとストール。

 青系統の色で統一された美女は、アレンと同じ質の魔力を感じた。

「久しいな、ローザリント」
「ええ。……その子は?」

 私に目を向けるローザリントという女性。
 アレンと親しげだから、彼女も竜族なのだと理解してお辞儀じぎする。

「シーナと申します。宮廷魔術師見習いとして働いています」

 見惚みほれそうになる美貌にほおが熱くなりそうだけど、なんとか我慢がまんして微笑んだ。

「……かっ」

 すると、美女は言葉を詰まらせた。
 か……何だろう?

「可愛い〜!」
「へっ!? うにゃあ!?」

 首を傾げた瞬間、飛びつくように私を抱きしめてきた。
 変な奇声を上げてしまった……。ていうか何この状況!?

 頬擦ほおずりする美女に目を回してしまう。見兼みかねたアレンは苦笑して美女の肩を叩いた。

「ローザリント、そこまでにしろ」
「あら、ごめんなさいね」

 暴走が止まった美女は、名残惜なごりおしそうに離れてくれた。
 ずかしすぎて顔が真っ赤になる私に、美女は口を引き結んでアレンに顔を向けた。

「アンス様、シーナをちょうだい」
「……え?」

 突然の発言に目を丸くする。アレンも同じだけど、すぐに我に返る。

「駄目だ」
「どうして? 宮廷魔術師ならいくらでもいるじゃない」
「お前の国こそ魔術師は多いだろう」

 呆れ顔だけど全力で拒否しているアレンに、美女は頬を膨らませて「ケチ」と言う。

「何と言われようとシーナはゆずれない」

 はっきりと言ったアレンに胸が熱くなる。
 アレンの真剣な顔に美女は軽く驚き、口唇こうしんを軽くとがらせた。

「……今はあきらめるわ。シーナ、アンス様に愛想あいそかしたらいつでも言ってね!」
「え……え?」

 突飛すぎて話が追いつかない。
 軽く目を回していると、アレンは溜息ためいきいた。

「ローザリント、困らせるな。それに自己紹介もまだだぞ」
「そういえばそうね。はじめまして。私は水の国ヒュドールの二代目竜王、ローザリントよ。気軽にローザと呼んでちょうだい。敬語もなし!」
「あ、うん……って、ええ!? 水竜様!?」

 ようやく彼女の正体が判って驚愕した。
 水の国ヒュドールは、水竜の竜王が統治する国。その水竜である二代目竜王がローザリントだなんて……え、何でこの国にいるの?

 混乱しそうになりながらも疑問を持つ私に、アレンが教えてくれる。

「毎年恒例こうれいで、この時期になると各国の竜王が集まり、経済や政治の近状報告をすることになっているんだ」
「へえ……」

 首脳会議サミットみたいなものか……。
 この世界でもあるなんて、なんか意外だ。

「大変そうだね」
「そんなに大変じゃないわよ? あ、でもハドとゴトの仲裁ちゅうさいが大変ね」

 知らない名前……ということは、各国の竜王のことかな?

「仲裁って……仲悪いの?」
「それほどじゃないが……ゴトフリートは少し毒舌的だからな。ハドフォンスとしょっちゅう喧嘩けんかになる」

 毒舌って……また個性が強い。
 竜王同士の喧嘩も、なんだか被害が多く出そうな気がする。
 だが、彼らはあくまで竜王。暴力的な展開にはならないだろう。

 それでも竜王同士の喧嘩は想像できない。どんな感じで喧嘩するのか、怖いもの見たさで興味が出てきた。

「そうだわ! 今回の晩餐会ばんさんかいはシーナも出席してもらいましょう」
「……はい?」

 ローザが手を叩いて提案したけど、その突飛すぎる内容にきょとんとしてしまった。

「……ローザリント」
「シーナなら簡単に仲裁してくれそうだもの。それに、私がここに居られる期間は短いのよ? 一緒に居られないじゃない」

 私情だ。
 竜王が私情で一般人を巻き込むなんて想像したことなかったし、想定できなかった。
 唖然としていると、アレンは溜息を吐いて私を見下ろした。

「シーナ、頼めるか?」
「……え? 私……晩餐会に出るの?」
「ああ。嫌なら無理強むりじいしないが」

 アレンの気遣いは嬉しい。けど、私の手をギュッと握ってうるんだ瞳で私をじっと見据えるローザを見ると……。

「……大丈夫」
「やった!」

 ぐっとこぶしを握って喜ぶローザに苦笑がこぼれる。
 大人っぽい印象を持っていたけど、ローザは意外と子供っぽいようだ。

「さて、シーナ。そろそろ部屋に案内するぞ」
「あ、うん。ローザ、またね」
「ええ。また会いましょう、シーナ」

 軽く手を振って、ローザに背を向けて歩き出した。
 ローザの気配がなくなったところで、アレンが私に目を向ける。

「シーナは凄いな」
「え? そう?」
「ああ。ローザリントに気に入られるなんて滅多にない。それに、ローザリントは竜王だ。普通なら恐縮してシーナのような対応はしない」

 確かにそうだ。それなのに私は普通の対応をしていた。
 私……不敬すぎる?

「私は、私達竜族を特別視しない人間なんてこの世にいないと思っていた。人間は竜族を神の使いのように見ているから」
「あー、そういえば伝承でんしょうでは、マカリオス神の命令で戦争をしずめたんだった……。それがあると、確かに特別視する人が大半になるよね」
「そう。竜族は竜神の使いであり、神の使いではない。神の使いは竜神と混沌の精霊王だけだ」

 竜神は解るけど、コスモはマカリオス神の分身体。彼の使いとは少し違うかもしれないけれど、アレンが言うなら本当だろう。

「やっぱりシーナは凄いよ」

 穏やかな表情を浮かべて褒めるアレン。その笑みに頬が熱くなった。
 でも、気付かれたくなかったからはにかんで誤魔化ごまかした。

「ありがとう」

 礼を言えば、アレンは嬉しそうに笑って、繋いでいる私の手を握った。
 その大きな掌の温もりに心音が高鳴ると同時に、心から安心した。




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Aletheia