翌日の昼間。
遊びに来た子供達と『小鬼さんがころんだ』という遊びをしていた。
三人とも、この遊びに嵌ったようで、昼ご飯を食べた後でも続いている。
一通り鬼役を交代した頃、昨日の魔法使いの青年――アレンが家に訪れた。
「あ、こんにちは」
「こんにちは。変わった遊びだな」
この世界の人間には
そんなことを思っていると、エリンが興奮気味に言った。
「あのね、魔女さまが教えてくれたの! いろんな遊び、知っているんだよ!」
姉を
アレンは感心したような顔で笑い、「すごいんだな」と
「遊んでいるところ悪いが、彼女と大事な話があるんだ」
「魔女さまと?」
不思議そうな顔をする男の子。
これは……帰らせた方が一番いいかもしれない。
私は外に置いている籠の中から林檎を三つ取り出し、三人に渡す。
「今日の遊びはこれでおしまい。お
「いいの?」
「うん。それに、そろそろ帰った方がいいよ。これ以上は大人達が心配するから」
ずっとここにいたら子供達の保護者が黙っていないだろう。
三人は不満そうだけど、小さく
手を振って帰っていく三人を見送ると、アレンが言った。
「
「あの子達は純粋だからね」
私を慕ってくれる子は、あの三人だけ。あの子達のおかげで、これまで頑張ってこられた。だから感謝している。
「それで、話は長くなりそう?」
「ああ。家に入っても?」
「いいよ。何もないけど……」
もてなせるものは林檎と水くらいだから、出した方がいいよね。
家に入ってすぐ、コップに魔法で生み出す水を注ぎ、テーブルに置く。
林檎も切って出そうとしたけど、アレンに止められる。
「林檎はいい。高かっただろう」
「んーん。これは野生の林檎だからタダだよ。そもそもお金なんて持ってないし」
言いながら向かい側の椅子に座った。
「それで、話って?」
大事な話とは何なのか。私には見当もつかない。
思い切って
「シーナ、君を帝都に連れて行こうと思う」
「……え?」
一瞬、何を言われたのか理解できないほど思考が停止した。
少しずつ意識を戻して、理解して戸惑う。
「帝都に? え、どうして……」
「君のような魔法使いは城で働く素質があるし、ちゃんとした指導者がいれば、君の魔法使いとしての実力が格段に上がるだろう。
私が……魔法使いとしてスカウト?
嬉しいけど、自由じゃなくなるのが嫌だ。でも、このまま居場所のない村に居続けるのはもっと嫌だ。
今までできなかった運命の選択。それがこんなにも難しいものだったなんて……。
「シーナ」
席を立ったアレンは、黙って
私より大きくて大人の男らしい手。その手に包まれるなんて、お父さん以来だ。
……駄目だ、考えるな。泣きそうになっちゃう……。
「難しく考えなくていい。自分の心で感じたことを素直に言えばいいんだ」
「素直、に……?」
心に素直でいたことはある。けど、こんなことで素直になったことはない。
私が心に素直になれたのは、魔法を作る時と、精霊達と
人間関係のことで『嫌だ』とは言えず、建前ばかりの言葉を使ってしまう。
でも、それを取り払うことを許されるなら……。
「……行きたい」
自分を変えることが許されるなら、行ってみたい。
小さくてもちゃんと言えば、アレンは嬉しそうに微笑んだ。
どうして行くと言っただけでそんな顔をするのだろう?
よく、わからない。
「ここから持って行きたいものはあるか?」
「え? えっと……」
戸惑う私に、アレンは尋ねた。
持って行きたいものと言われても……あ。祖母の形見でもある魔法書を持って行こうかな。あと、母の形見のネックレスも。
ネックレスは、シルバーのチェーンに綺麗な宝石がぶら下がっているシンプルなもの。色は瑠璃色だけど、虹のような不思議な光沢感がある。
奥の部屋からその二つを持って戻ると、アレンは目を丸くした。
「これは……オパール?」
「オパールって?」
「宝石の一つだ。こんな不思議な色は初めて見る。これはどこで?」
「お母さんの形見。元はお祖母ちゃんの持ち物だったらしいけど……」
どこで手に入れたのか聞いたことがない。もう、聞くこともできないけど。
少し黄ばんだ魔法書を広げてみせると、また驚かれる。
「古代魔法書? これもシーナの祖母が?」
「うん」
古代魔法書。コスモから聞いたけど、人類が初めて使った魔法のことが
コスモ
まぁ、これは基本書のようだから、大層な魔法は
「見せてもらってもいいか?」
興味を持ったアレンに頷くと、アレンは
普通に読めるなんて凄い。これが都会の魔法使いなのね。
「……これは……国宝の価値があるな」
「え?」
「古代魔法はとうの昔に
そんなに凄いものだったの?
今まで知らなかったことを知らされて目を丸くしてしまう。
短時間でページを流し読みしたアレンは、本を閉じて私を見据える。
「これを竜帝陛下に
「えっ、でも……」
「もちろん、タダとは言わない。この魔法書は町を買えるほどの価値がある」
そんなに価値があるとは思わなかったけれど、真剣な眼差しに気圧されかける。
政府に
でも、私は――
「……ごめんなさい」
謝ると、アレンは私に再度問う。
「
「これは私の大切な思い出なの。お金とか褒美なんて、思い出に比べると価値がない」
この本は
「ほんの少しの間だったけど、私の幸せが詰まった宝物だから」
はっきりと言えば、アレンは目を見開いて息を呑んだ。
やっぱり欲しいのかな? ……だとしたら、こうしよう。
「そんなに欲しいなら、写本にしていいよ」
「……いいのか?」
「うん。これを
百歩譲っての提案に、アレンは頭を深く下げた。
「ありがとう。必ず返すことを約束するよ」
「……ん。約束」
約束なんて、身内以外とするのは初めてかもしれない。
新鮮に感じて表情が柔らかくなると、顔を上げたアレンが口を引き結んだ。
「どうしたの?」
「あ、いや……この本は、今から預かっても平気か?」
「うん。あ。出発はいつ頃?」
「明日の早朝だ」
明日の早朝かぁ……早起きしないと大変だ。
それよりも、あの子達に
「挨拶したい人はいるか?」
「……今日来た子供達。特にエリンって女の子に。でも、今日は村に行けないから……」
「なら、俺が代わりに伝えよう」
ありがとうと言えば、アレンに頭を撫でられた。
「礼を言うのはこっちだ。勧誘を受けてくれたし、国宝級の本を貸してくれた。それに比べると安いものだ」
「それでも、お礼を言うのは当たり前だよ」
感謝の気持ちを伝えるのは当たり前のこと。
私の言葉にアレンは穏やかに笑ってくれた。
彼はちゃんと当たり前のことを知っている。村人達も、この当たり前のことを覚えていてくれたらいいのに……。