02-02




 翌日の朝。いつもより早起きした私は、形見のネックレスを首に着けて服の下に隠す。
 こうしないと、村の人に見られたら盗んだと疑われるから。

 家から出て、村や土地を守る精霊に挨拶するために言葉を飛ばす。

『みんなへ。今日から私は帝都へ行きます。次に会えるのはいつになるか、わからないけど……でも、みんなのことは忘れない。今までありがとう。シーナより』

 よし。挨拶はこんなものかな。
 普通ならできないことだけど、私には古代魔法書で得た知識もある。知識を基に訓練したから、精霊と同じように遠くからでも精霊と交信することができるようになった。

 あとはアレンのむかえが来るのを待つだけ。その間に、少し歌おうかな。

 私は前世で好きだった歌を全部覚えている。何故なぜだか知らないけど、好きだと感じた歌だけは記憶に刻まれているのだ。謎だけど、おかげで大好きな歌を歌える。
 でも、人前では歌えない。だって、この世界の言葉に変換されるとしても、この世界の音楽は知らないから。この世界の音楽とは違う歌曲を知られるのは少しおかしいだろうし、何より私がずかしい。
 だから、一人きりでいられる今だけ、思う存分ぞんぶんに歌おう。

 大好きな歌を声に出して奏でる。心を震わせる旋律で、自由自在に音程を操る。

 朝焼けの歌。命の歌。そして、前世の私が作った歌。

 途中でハミングをして音色を繋げ、心行くまで歌い続けた。

「……!」

 歌が終わる頃、馬のひづめの音が聞こえた。
 村の方に顔を向けると、栗毛くりげの馬に乗っているアレンを見つける。

 アレンは都会ならどこにでもいそうな、けれど独特の美しさを持つ。
 だからか、その姿を見た途端に心臓が跳ねた気がした。

 ……前髪が長くて助かったかも。

「おはよう、シーナ」
「おはよう。素敵な馬だね」

 近づいて馬のほおを撫でると、気持ち良さそうに擦り寄ってきた。

「こいつは少し気難しい馬なんだが……シーナは動物になつかれやすいんだな」
「そうかな?」

 私って動物に懐かれやすいのかな?
 ……考えてみれば、私は森にむ知能が高い幻獣にも懐かれていた。
 どうしてこんなに?と疑問を持つほどだったけど、そういう体質もあるのだとコスモから聞いて納得している。
 これって体質なのだろうか? ……謎だ。

「さあ、行くぞ」
「……うん」

 これから先、どうなるか私でもわからない。
 楽しいばかりじゃないのは理解しているから、ちょっと怖かったりする。
 でも、アレンみたいな人がいてくれるなら……頑張れる気がした。

 差し出された手を取れば、アレンは簡単に私を掬い上げて前に乗せた。
 生まれて初めての乗馬は二人乗りだから少し緊張するけど、怖いとは思わなかった。

「馬に乗るのは初めてだよな?」
「うん」
「なら、しっかり掴まってろよ」

 片腕を私の腹部に回して、片手で手綱を操って進み出した。
 軽やかな蹄の音とともに林を抜けて、村に入る。村の中は、しん、と静まり返っている。早朝だけど、畑仕事のために家から出る大人もいる。それなのに、どうしてこんなに静かなのか。

 不思議だけど、過ぎていく村の風景には何も感じられなかった。
 普通なら故郷を離れるさびしさとか、あるかもしれない。けれど、村自体にいい思い出も何もない私には、心に響くものなど何一つなかった。
 生まれ育った村でも、ここは嫌な記憶ばかりだったから……。

 でも、エリン達のようないい子もいる。あの子達には申し訳ないけど、別れることに寂しさを感じられなかった。
 その代わりに、元気でね、と心の中で挨拶した。



 太陽が真上に昇った頃、ようやく馬の振動に慣れた私は尋ねる。

「アレンの仲間って、どうしたの?」
「あぁ……あいつらは花嫁候補の護衛があるから、俺達より遅いよ」
「花嫁候補?」

 初めて聞く単語に首をかしげて復唱する。

「俺達が村に来たのは視察だが、それは表向きだ。最も重要な仕事が、竜帝陛下の花嫁候補を城まで連れていくこと。花嫁候補は公正なくじで決められた各領地から、年頃の美しい娘達が選ばれる。城に住まわせる期間は一年。その間に陛下が気に入る者がいれば花嫁とし、いなければまたことなる領地から娘達が送り出されるんだ」

 初めて聞く国の習わしに目を丸くする。

 コスモから、過去に王が代替わりしたのは一度きりだと聞いたことがある。
 そして、現在の王は初代竜帝と人間の娘との間に生まれた御子みこが務めているのだと。

 もしかして、その事例があったから?

「相手は竜でしょう? どうして人間と結婚させるの?」
「政府の上層部が、竜帝陛下が国から去らないための繋ぎを欲しているんだよ。竜帝陛下が人間に愛想を尽かすと、国から去ってしまう可能性があると恐れているんだろう」
「……何それ、理不尽すぎる」

 思わず顔をしかめて、思ったことが口から出てしまった。
 そんな私に驚いたアレンは私を見下ろす。

「どうしてそう思うんだ?」
「だって、人間の勝手な押し付けで花嫁を選ばないといけないなんて……嫌すぎる。恋とか愛は、本人がその人に出会って、その人の心に触れないと芽生えないものだよ。それを人間の政略結婚みたいな方法で押し付けるなんて……。竜だってちゃんと心があるのに、人間の都合ばかり優先させるなんて酷すぎる」

 自分で感じて思ったことを全部言う。

 ここまで他人に対して感情的になったのは久しぶりだ。しかも、いきどおるほど相手に共感してしまうなんていつぶりだろう。
 私は同情心が薄いけど、こういった共感は自然と感受かんじゅしてしまう。

 湧き上がる不快感から眉間にしわができてしまい、そのままアレンを見上げる。

「アレンもそう思うでしょう?」
「っ、あ……あぁ……」

 同意を求めると、アレンはぎこちなく頷く。
 どうしてそこまで驚くのか解らなかったけど、今はこのモヤモヤを捨てたかった。

「まったく、人の意思を無視するなんて……政府の上層部って老害ろうがいが多いの?」
「老害……」
り固まった考えしかできないなんて、老害以外の何があるの」

 いっそ上層部を丸ごと変えてしまえばいいのに。

 むかむかして衝動のままに言ってしまう。
 すると、私の腹部に回しているアレンの腕が震えた。

「……くっ、はははっ!」

 どうしたのかと思っていると、突然笑い出した。

 え、何、どうしたの?

「あー、笑った。シーナは面白いな」
「え、どこが?」
「思い切った発言とか。一般人でも、まつりごとたずさわる人間を老害とののしる奴はいないぞ?」
「そうかなぁ」

 そうだよ、と言ったアレンは、どことなく嬉しそうだ。

「――……」
「え?」
「何でもない。町に着いたら服と靴を買おう。その後に宿に行って、ゆっくり休もうな」

 楽しそうに言うアレンに、私も楽しくなる。

 でも、服と靴を買うと言われて思い止まる。





2/3

Aletheia