人外と夕飯

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 都会の喧騒けんそうから離れた県境けんざかいに、珍しい町がある。

 辻葩町つじはなちょう。埼玉県に近い東京都内に存在する、通常の町とは逸脱いちだつした不思議な町。
 現代の平均的な街並みの所々に古い街路や店があることから、観光地で有名な京都に似た雰囲気を匂わせる。

 木々に覆われた山が北側を囲むようにあり、そのふもとに町で唯一の私立高等学校が建てられている学園町がある。そこから中心地である本町の北側に辻葩総合病院が建っている。

 私立高・辻葩学園がある学園町と、辻葩総合病院がある辻葩本町。その中間に、最新型のマンションがあった。
 三階建ての低層マンションで、一層につき三部屋が並んでいる。一ヶ所を除き、入居できる部屋は全部で八部屋。
 通常のマンションより部屋数は少ないが、その分だけ一世帯の家族が窮屈きゅうくつを感じることなく住めるように設計されている。
 黒く染めた柱と温かみのある茶色の壁が、心を落ち着かせてくれる効果があることもあり、数年前から入居者で埋まった。

 そんなマンション『御巫邸みかなぎてい』に、神崎詩那は住んでいた。



 蛍光灯で照らされた通路を歩き、二階の突き当りの扉にかぎを差し込み、ガチャッと鍵を開ける。
 靴を脱ぎ、綺麗なライトブラウンの廊下の右側に入って、壁にあるスイッチを押す。
 円盤型えんばんがたの電灯がくと、そこは十二畳ほど広いリビング兼用のダイニング。
 つやのあるフローリングの上にかれた肌触りの良い絨毯じゅうたんの上に長方形のローテーブルが置かれ、六個の座椅子が部屋のすみに重ねられている。
 真ん中のガラス張りの中にレコーダーを収納する黒い台。その上に置かれた液晶画面の大型テレビ。リビングルームの反対側にあるのは、カウンター付きの仕切りで区切られたキッチン。

 詩那は、明るい部屋に似合うライトグリーンのキッチンスペースに入ると新型の冷蔵庫に食材を詰め込み、必要な食材を取って調理場に立つ。
 手洗いうがいを済ませた後、冷蔵庫に収納していた冷やご飯を使って炒飯チャーハンを作る。キッチンヒーターでは中華料理店で出される炒飯のようなパラパラした食感は引き出せないが、しっとりとした食感に程良いコンソメの風味が食欲をそそる。
 かきたま汁も同時に作り終え、二組の食器に盛り付けた。

「……よし。できた」

 味見もして、満足のいく二品が完成した。
 おぼんに載せて低いテーブルに運び、向かい合うように置かれた二個の座椅子の前に配膳はいぜんする。

 一人暮らしであるため、普段なら一品だけで済んでいたのだが……。

「お待たせ」
「待ちくたびれたぞ」

 一人の男が、同居することになった。
 夜の買い物帰りの途中で、妖怪と似て非なる進化する霊的な化け物・禍殲卑まがつひに襲われた詩那を助けたのが、この謎めいた男である。

 名前は彪人。
 外見年齢は二十代前半。身長は一八〇センチ以上。
 うねるように波打つ白い髪に、冷徹な光を秘める金色の瞳を持つ、この世の者とは思えない美貌の持ち主。日本とフランスを掛け合わせた精巧せいこうな人形のような風貌ふうぼうだが、若竹色わかたけいろの羽織、濃緑のうりょくの着物、藍色あいいろはかまといったしぶい和装が何故なぜかよく似合う。

 彼は恐らく人外の存在だろう。だから危機にひんした詩那を助けて、更に契約を持ちかけた。
 正直に言って、現時点の詩那は彼の正体を知らない。判っていることは、特殊な黒い炎を操る霊的な存在であることくらい。
 謎めいた男と契約するなんて、普段の詩那ではありえないことだ。その判断ができないくらい差し迫った状況だったのだから仕方ないことだが。

「これは何だ?」
「炒飯とかきたま汁。中華料理で、レンゲで食べるんだけど……使いにくいと思うからスプーンで食べて」

 帰宅途中で料理を所望され、手早くて美味しい二品を選んだ。
 現代では馴染みのある料理なのだが、彪人は知らないようで、説明しながら手を合わせてから食べ始める。

 しっかり「いただきます」と言った詩那に続いて、彪人も作法にならってスプーンを手に持つ。
 詩那の食べ方を観察してから口に運ぶと、彪人は目を軽く見張って料理を見下ろす。

「どう?」
「……初めて食べるが、美味い」

 満足のいく味だったようで、彪人は夢中になってスプーンを進める。
 無表情だが雄弁ゆうべんな瞳の輝きに、詩那はほっこりと温かな気持ちに包まれた。


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