訪れた者

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「美しい歌だ」

 その時、この場にいないはずの男の声が聞こえた。
 穏やかな青年を連想させる声で意識を戻したユリア達は、幻獣ではない魔力に驚いて空間の入口に振り向く。

 そこにいたのは、人族の男だった。
 一つに束ねて右肩に流したプラチナブロンドの髪はやや長く、水色の右眼と黄色の左眼は切れ長だが穏やかな雰囲気を与える形をしている。
 中性的だが男性としてとらえられる優男風の顔立ち。細身だがしっかりした長身の体躯。えりに金糸を織り込んだ藍色のベスト、金糸で縁取った白いロングコート、紺色のズボンという高貴な装い。

 左目に片眼鏡モノクルを付けた、上流階級の貴族を彷彿ほうふつさせる二十代後半の風貌。
 ――だが、瑞々しい若さとは裏腹に、世俗せぞくを感じさせない超然ちょうぜんとした雰囲気がただよう。

「それに、ここまで美しい空気は初めてだよ」

 泉の空間を見回しながら踏み込んだ男に、ユリア達は警戒する。特に男を嫌う一角獣であるビアンカは、迷いなく鋭い角を向けて突進した。
 けれど男は、終始しゅうし穏やかな表情を浮かべるばかり。

「――」

 代わりに小さく口を動かした瞬間、空気が変わった。

「! 駄目っ、ビアンカ! 〈止まれストップ〉!!」

 一瞬の判断で言葉に魔力を込めれば、ビアンカは金縛りに遭ったかのように停止した。
 思いも寄らなかったのか、男が目を見張る。
 ユリアはミアを肩に乗せると、急いで泉から上がって魔法で足の水気を払い、靴を履いてビアンカに駆け寄る。

「ビアンカ、落ち着いて、よく見て」

 興奮こうふん状態に陥っているビアンカの胴体を優しく撫でて宥めると、ビアンカは落ち着いて男を見て……固まる。
 男の周囲には透明の膜が張られていた。不可視に近いそれを感じ取ったのは、ユリアの魔力に対する感知能力が高いおかげ。

「〈反射リフレクション〉。……光属性の魔法だ」
「……初見しょけんで判るのかい?」

 驚く男に、ユリアは厳しい眼差しを向ける。

「ただ魔力で作る魔力障壁と違って光属性の魔力を感じるから。それに、強い光属性の魔力を宿す一角獣の角を受け止めるには、初級魔法の防御じゃあ受け止めきれない。だから光属性の中級魔法で跳ね返すしかない」

 論理的に説明するユリアに男は更に驚嘆する。その様子に、ユリアは更に目を細める。

「貴方の魔力……普通じゃない。跳ね返す力も相当強いと思う。そうだとしたら、この子の角が折れるだけでは済まない。……この子を殺す気だったの?」

 怒りを込めたユリアの眼差しから敵意を感じる。
 金縛りが解けたビアンカは最後の言葉だけを理解して、恐怖を覚えたの他のか後ろ足を引く。他の幻獣達も、今の会話に警戒が強まる。

 ユリア達の反応に、男は困った表情で頭を軽くきながら苦笑した。

「そんなつもりはないんだけど……でも、そうか。確かに君の言うとおりになってしまうね」

 自分の力量を改めて自覚したのか、男は「ごめんね」と申し訳なさそうに謝る。
 どうやら悪い人間ではなさそうだ。けれど警戒をおこたらず、ユリアは訊ねる。

「村人じゃない……よね。服装からして……王都の人?」
「ご明察。私は王都にあるクレスクント国立学園の学園長を務める、クリス・ローゼンクランツ。ユリア・ティエールで間違いないね」

 王都には国内最高――否、各国より最高の学園がある。その学園長を務める男が目の前にいること自体がありえないことだが、自分の名前を知っていることが一番の驚きだった。
 目を見張るユリアの反応で肯定と受け取り、クリスは好印象を持たせる優しい笑顔を浮かべた。

「君を勧誘しに来た」

 突飛な話の内容に、思考が停止する。
 呆然とするユリアに、クリスは苦笑する。

「とりあえず君の家に帰ろう。君のご両親とも話し合わないと」
「……ちょ、ちょっと待って! 私……『黒持ち』で『禍人わざわいびと』だよ?」

 この世界では『黒』を容姿に持つ者は少ない。その理由は、『黒』は魔力の量が多くて質が良い人族と亜族のみに現れるからだ。
 魔力の量が多ければ出世に困らない。けれど量が多い者ほど制御が難しく、暴走すれば甚大じんだいな被害を周囲におよぼしてしまう。
 魔力の質が良ければ魔法の威力が強くなる。魔物との戦闘に困らないだろうが、強弱をあやまって同族に向ければ簡単に命を奪ってしまう可能性が高い。
 この二つをあわせ持ち、暴走すれば災害並みの被害が出てしまい、高魔力保有者も命を落とす。

 この症状は、精神状態が不安定な子供に起こりやすい。その所為で『黒持ち』は、精神状態が安定するだろう年頃まで他者と隔離されてしまう事例が多い。
 幸いにもユリアは魔力制御が完璧で精神状態も安定しているため、一度も暴走状態になったことがない。

 けれど、他にも問題を抱えていた。

 この世界には『禍人』という差別用語がある。
 禍人となる者は、赤い瞳を持つ者のみ。赤い瞳は『災禍さいかの瞳』と呼ばれ、周囲に災いをもたらす者だと忌避きひされる。
 しかし、それはただの迷信。過去に赤い瞳を持つ者が災いを引き起こしたことなど一度もない。だというのに人々は赤い瞳を『災禍の瞳』と呼び、『禍人』とそしみ嫌う。

 幼い頃のユリアは、母親の仕事で近くの村に訪れたことがある。その村に住む大人達は、同じく『災禍の瞳』を持つ母親ではなくユリアのみを激しく拒絶した。大人の態度に感化された子供も、ユリアを『化け物』とさげすんで傷つけた。
 それが原因で一時期だけでも親の愛情さえ疑ってしまった。疑心暗鬼になった所為せいで両親を言葉で傷つけてしまった。
 本音を吐き出すことで和解することができたが、ユリアの心に深い傷を植え付けた。

「そんな私が学園に……まして都会に馴染めるわけがない……」

 過去を思い出したユリアは顔を強張らせ、色白の手が更に白くなるほど拳を握り締める。
 徐々にうつむいてしまい、僅かに肩が微動する。必死に自制心を働かせて拒絶の言葉を吐き出すが、声まで震えてしまう。
 気付いたミアは、ユリアの気持ちを落ち着かせようと頬に寄り添う。

 この光景を眺めていたアルフィンは表情を険しくして、ユリアの前に出て腰にたずさえているレイピアのような細剣の柄を握る。

「今すぐここから立ち去れ。これ以上、ユリアさんを傷つけるなら許さないぞ」

 怒りを込めた声で告げれば、クリスは目を丸くする。

「ケット・シーが人間を慕うなんて珍しい。どうして彼女に入れ込むんだい?」
「……ユリアさんは、この森の魔力因子をたった一人で浄化してくれた。我々幻獣の居場所を作ってくれたお方だ。我々と対等でいてくれる稀有な人族を慕うなと言う方が可笑しい」

 はっきりといつわりのない言葉を紡いだアルフィン。彼の強い思いを聞いたケット・シー達も、ユリアの前に出て護ろうとする。
 そんな彼等の優しさを感じて、とうとうユリアの瞳から涙がこぼれ落ちた。

 クリスは嗚咽おえつを押し殺して涙を流すユリアの姿を見て、弱ったように眉を下げて深く息を吐く。

「……そうか。残念だけど、今は引き取るとするよ」

 このままねばっても平行線の一途を辿たどるだろう。そう判断したクリスは仕方なく道を引き返した。
 クリスの気配が遠くなり、消える。ようやく気が抜けたユリアは足の力が抜けて座り込んだ。

「ユリアさん、大丈夫ですか?」
「……ちょっと、キツイ」

 他人には「大丈夫」という言葉で本心を誤魔化す。しかし、気を許した家族と幻獣には素直だ。
 それを知るアルフィンは、不謹慎にも素直に打ち明けてくれたユリアの言葉が嬉しかった。

「……皆、ありがとう」

 顔を上げたユリアは、涙に濡れた瞳を細めて穏やかに微笑む。
 嬉しかったのだ。アルフィンの言葉も、初対面なのに護ろうとしてくれたケット・シー達の意思にも。
 感謝の気持ちを伝えれば、ケット・シー達はくすぐったそうにはにかんだ。

「きゅう……」
「ん。ミアもありがとう」

 心を支えてくれた相棒の頭を撫でて礼を言えば、ミアは安心してその手に擦り寄る。
 ようやく心が落ち着いた。ユリアはその実感を得て、寄り添ってくれた幻獣達に感謝した。


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