両親の思い

[ bookmark ]


 太陽が傾き、地平線の向こう側が茜色に染まる。
 一休みしたユリアは、風魔法による飛行術で家に帰った。

「ただいまー……」

 一声かけて入った途端、泉で出会った人間の魔力を感じた。

 引き取ると言っていたはずなのに、どうして我が家にいるのか。
 焦燥感から慌てて二階に上がった時、脳内に声のような流暢りゅうちょうな念話が届いた。

《ユリア。今、研究している魔法陣は完成しましたか?》
「え。……うん」
《それを持って降りてきて》

 右耳に付けているイヤーカフに触れて肯定こうていの声を出すと、念話の主は頼んだ。
 嫌な予感を抱えながら部屋に入り、魔法陣を描いた二枚の紙を持って一階の居間へ行く。

 居間の広さは十五畳ほど。壁際には本棚と魔道具であるクラシカルな置時計、外側の壁には石造りの暖炉だんろ、反対側の壁際に設置された台所の空間をへだてる仕切り用の壁がある。天井には照明魔道具である小さなシャンデリアがぶら下がり、台所側にある深みのある茶色のテーブルと四脚の椅子、本棚側にある二脚の上等なソファーとローテーブルを照らす。

 その二脚のソファーに向かい合うように座っている男女、男の隣に泉で出会った優男――クリスが座っていた。

 クリスを見た途端、ユリアの心が氷のように冷たくなっていく。ユリアの肩にいるミアは、警戒から毛を逆立てる。
 彼女達の反応にクリスは思わず苦笑してしまい、彼の隣にいる男は呆れ顔でクリスを見遣る。

随分ずいぶんと嫌われましたね」

 遠慮のない物言いに、クリスは反論できず「ハハハ……」と乾いた笑みを漏らす。

 毛先に若干の癖がある黒髪と、切れ長で凛々しい黒い瞳を持つ眉目秀麗な男。家族の中で一番長く生きているのだが、二十代後半の若々しさを保っている。
 ミケーレ・ティエール。髪と瞳の両方に『黒』を宿す珍しい『黒持ち』である、ユリアの父親。

 彼の正面にいる女は背中まであるストレートの金髪を持ち、穏やかな瞳に赤色を宿している色っぽい美女。
 マヤ・ティエール。『災禍の瞳』を持つ禍人であり、ユリアの母親。

 この二人を見ていると、ユリアは血の繋がった娘なのだと自覚させられる。
 ユリアの容姿は全体的にマヤに似ているが、髪の色と僅かに切れた目の形は父親譲り。

 言葉でたとえるなら、ミケーレが怜悧れいり、マヤが優雅なら、ユリアは優麗ゆうれいと称するだろう。
 花で譬えるなら、ミケーレが紫のグラジオラス、マヤが赤い薔薇なら、ユリアは椿が似合う。

 絶世の美貌と称賛されても可笑しくはないこの家族は容姿を抜きにしても、とても特殊だった。

 ミケーレは珍しい『黒』を持つ優れた魔法使いだが、魔法だけではなく武術にも秀でていることもあり、大抵の武器を操る腕前は超一流と呼べるほど強い。そのため魔法戦士と呼ばれている上に錬金術師でもあり、様々な知識を有している。

 マヤは『災禍の瞳』を持つ禍人だが魔法による治癒術の達人で、それと同じくらい攻撃・防御・補助の魔法の腕も優れ、カエレスティス王国の筆頭魔法使いである宮廷魔法使いを超える実力を持つ。普段は王都や周辺の村で治癒術師として活動しているが、王宮から勧誘されることもしばしばあり、その度に有能な魔法使いの実力を試し、未熟者の烙印らくいんを押して泣かせて追い払っている。

 偉人になっても可笑しくはない実力を持つ二人に育て上げられたユリアは、まさに血統書付きの魔法使いと言えた。
 ミケーレからは武術の技術と錬金術の知識を余すことなく与えられ、マヤからはありとあらゆる魔法の実力を鍛えられ、膨大な魔力を持つ二人から受け継いだ莫大ばくだいな魔力を秘める。

 それだけではない。ユリアは新たな魔法や魔道具を作る天才だった。

 ユリアが右耳に付けている椿の飾り付きのイヤーカフ。ミケーレが左耳に付けている紫の石が付いた大振りのピアス。マヤが右耳に付けている赤い薔薇の飾り付きの大振りのピアス。
 これらはユリアが発明した通信魔道具だ。
 肌に触れられるように装飾品の形状にして、そこに相手の魔力を記憶させ、思考が筒抜つつぬけにならないように会話による通信や、記憶した相手の魔力を記録した名簿めいぼ作成機能などを搭載とうさいした。しかも安全性を考慮こうりょして所有者の魔力にのみ反応する防犯対策を組み込んでいる。

 この発明品はユリアの許可を貰ったミケーレが、魔法の研究機関であるマギカ協会に登録して発表したため数年前から世界中に広まった。今ではなくてはならない大切な必需品ひつじゅひんとして世界中に普及ふきゅうされたので、銀行に納められた賞金と月収による貯金は一生豪遊ごうゆうできるほどの額に上っている。
 それ以外にも古代魔法に使われる古代語を解析かいせきしたり、新たな魔法陣を作ったり、豊かな発想と想像力を発揮はっきしている。

 しかし、世に知られては困るものもあるのだと分別も持っている。
 特に古代魔法は威力が高すぎるため、軍事力を大幅に上げてしまう。戦争を起こしたがる人間に知られてしまえば、戦乱の世へ一気に変わってしまう危険性が出てくる。そのため古代魔法の中にある攻撃魔法や、それに使われる単語は秘匿ひとくしている。

 常識による良識や、未来を見据える思慮深しりょぶかさもあわせ持つ。だからこそミケーレとマヤは好きなようにさせているし、信頼している。
 それを先程までユリアの偉業を聞かされたクリスは何度も驚かされた。

(参ったな……どうやって信用を得ればいいのか……)

 同時に、ユリアに敵視されているという現状に内心頭を抱えた。

 はっきり言って、ユリアの魔力はクリスを超える。量も、質も、波長も。

 魔力は個々によって特徴がある。それは根本的な本質によるものだったり、生まれ持っての性質であったり。それによって魔力自体が発する波長や各属性が決まり、適応した属性の精霊に好かれやすくなる。ただし、波長が悪ければ適応している属性の精霊相手でも嫌われてしまう。
 魔力の波長は生まれながらのものなので、性格が悪くても波長が良ければ精霊に好かれてしまうこともある。けれど、それは分別のない下位精霊に限る。上位の精霊になれば理性的になり、相手の内面で決めることになる。

 ユリアの魔力は、量も多く、威力を決める質も良く、全精霊が好む波長を持っていた。
 だからだろう。泉にいた多くの幻獣に慕われているのは。そして、あのケット・シーが言ったとおり、近くにある村に届かない程度の距離まで魔力因子が浄化できたのは。

 調べてみたところ、泉を中心にした半径三キロメートル以上の領域内に流れる魔力因子に不調はなかった。……異常なくらい、という言葉が付くほど。

 通常、魔力因子の流れは水の流れと同じように一定していない。一定していないということは、流れが滞って澱む場所も出てくるということ。
 しかし、ティエール家を含めた直径約七キロメートルの圏内に、一切の澱みはなかった。
 この現状を作り出したユリアはただの魔法使いではない。大魔法使いと称してもいいだろう。

 だが、今のユリアは子供だ。利用する者や狙う者が現れる可能性は高い。
 彼女は『黒持ち』と恐れられ、禍人と人々に忌み嫌われる存在。人間関係を築き上げたことは無いはずだ。
 人間関係が希薄だった所為で、他人との接し方や悪意から逃れる術を知らない。これは生きていく中で致命的ちめいてきな弱点になってしまう。

 ミケーレとマヤは、そのことを懸念けねんしている。早い話、クリスが申し出た学園の勧誘に好機だと賛成していた。それを知らないユリアには気の毒だが、二人は彼女を思って決断したのだ。


prev / next
[ 6|71 ]


[ tophome ]