霊界の新文化

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 弁当を食べ終えた詩那達は教室に戻って授業を受ける。
 ちなみに彪人は隠形おんぎょうで姿を消しつつ校内を見回っている。それを知らない詩那達は、ごく普通に放課後を迎えた。

「……で、明日からリレーや各競技の練習をするから、体操服は忘れるな。体育祭の予行演習は前日の木曜日だから、体調は万全に整えておくように。じゃ、今日はこれで終了」

 荒俣の連絡が終わった瞬間、室内は解放的な雰囲気に包まれる。
 その中で詩那は、これから一週間の午後に体育の授業があることにショックを受けていた。

「詩那、大丈夫? 先に帰るか?」
「……ん、大丈夫。手伝うよ」

 華人に校舎の案内をするのだと、荒俣から頼まれていた一颯を手伝うと決めていたのだから、投げ出すわけにはいかない。
 それに、まだ一颯に重要なことを話していないのだ。この機会に話してしまいたい。

「じゃ、行くか」

 一颯の号令で、詩那と華人は教室から出た。



 現在、学校に残っている生徒は部活に入部している者と詩那達のみ。
 粗方あらかた校舎内の説明が終わり、一般的な授業の内容を教えていた。

「――で、華人は苦手な教科はあるか?」
「……理科と生物と世界史は、俺達の学び舎では習わなかったな。体育も加減ができるか不安だ」
「あー。霊人って超人的だからね」

 一颯の質問に僅かに眉を寄せて答える華人。
 彪人を基準に霊人の身体能力を知っている詩那が相槌あいづちを打つと、華人は更に難しい顔を作る。

「体育祭のリレーとやらも手加減しないと難しいな。玉入れは良さそうだが……」
「何だ、体育祭とは」

 別の声が後ろから聞こえた。突然すぎて「うわあっ!?」と一颯が声を上げて振り返る。
 そこには先程までいなかったはずの彪人がいた。
 華人も目を丸くして固まってしまったが、隠形した彪人の気配に気付いていた詩那は普通に教える。

「運動系の競技だよ。全校生徒で行うイベント……一種のお祭りだよ」
「ほう。それは見に行けるのか?」
「高校だから無理だと思うけど……って、まさか来る気?」

 我に返って訊ねれば、当然のように答えた。

「俺はお前の式神だ。当然だろう」
「いやっ、来なくていいから! ていうか来るな!」

 詩那は焦って拒絶する。
 全力で拒む詩那に対して彪人は不満げに眉を寄せる。

「何故だ」
「……恥ずかしいから」

 かぁっと頬を赤く染めてそっぽを向く詩那。
 隣にいる一颯は、思わず苦笑い。

「ハハ……詩那は身内が来ると上がっちゃうんだよね」
「意外だな」

 華人の感想に、詩那は文句を飲み込んで話題を変える。

「そ、それより! 二人はどうやって知り合ったの?」
「……あー」

 まだ話していなかったことを思い出した一颯は頭を軽く掻く。
 一颯は自分が話し下手だと自覚している。それでもこれは話さなければいけない。
 どう説明しようか悩みつつ、言葉を探して話し出す。

「えっと……金曜日の帰り道で、魂喰に遭遇したんだ。いつも通り倒そうとした時に、華人が現れて……あたしの代わりに倒したんだ。その時、マントと巨大な鎌を持ってて死神みたいな出で立ちだったから『死神?』って言っちゃって……。それで死神だってことを教えられて、家まで送ってくれたんだ」

 意外な情報に詩那と彪人は目を見張る。
 詩那だけではなかった反応に、華人は疑問を投げかける。

「何を驚いている」
「え、いや……和服じゃないんだね」

 ぽつりとこぼれた一言に、今度は華人が目を見張った。
 首を傾げる詩那と一颯。華人はたっぷり十秒が過ぎるまで悩み、ゆっくり話し出す。

「……霊界では、現世と同じく和服は少数派だ。ただ、歴史を重んじる一部の霊人は常に和服を着ている。洋服が取り入れられたのは、霊神様が時代に乗り遅れてはならないとみずか模範もはんとして広められたのだと学んだ」

 ほう、と感心の吐息を漏らす詩那と一颯、そして彪人。
 頭の堅い霊人もいるが、柔軟な考えを持つ霊人もいるようだ。

「服だけではなく、食文化やオタク文化も霊界に広まったのだが……」

 ピシッと、詩那と一颯の中で尊敬する心に亀裂が入った。

「「……オタク文化?」」
「何だ、知らないのか? 曰く、萌え≠ネるものを追求した文化だそうだ」
「「それ広めたら駄目なやつぅぅー!」」

 ガックリと床に膝をついた一颯は床をバシバシと叩き、詩那は壁を横殴り。
 行動は別々。けれど言葉は一語一句違わず、しかも異口同音いくどうおんで放たれた。

 ショックを受けた二人の反応にギョッとする彪人と華人。
 しかしながらオタク文化を詳しく知らないため、理由が判らず困惑する。

「何がそんなに駄目なんだ」

 眉を寄せて訊ねる彪人。
 しばし沈黙した二人はそれぞれの携帯電話を取り出し、「オタク」と「萌え」を検索した。
 そしてネット検索に引っ掛かった情報を二人に見せた。


 ――オタク(おたく)とは、自分の好きな事柄や興味のある分野に、極端に傾向する人を指す呼称。アニメ、漫画、玩具、映画、コスプレ、ゲーム、アイドル……。様々な大衆文化があるが、そのような特定の趣味の対象及び分野の愛好者、ファンを指す語として使われる。


 ――萌え(もえ)とは、ある物や人に対して持つ、一方的で強い愛着心・情熱・欲望などの気持ちをいう俗語。俗語としての萌えは、一部文化において、アニメ・漫画・ゲームなど様々なサブカルチャー分野の作品に出てくる、対象への好意・恋慕・傾倒・執着・興奮などのあらゆる種の感情を表す言葉である。


 このように辞書として情報が公開されている。それだけでは解らない二人の霊人のために、画像や動画を提供した。

 キラキラした魔法少女の動画。
 動画に映るヒロインをコスプレした、けばけばしい女性の画像。

 一連を見た二人は……瞳のハイライトが消えるほど目を据わらせてドン引きした。
 そして理解した。現実から目を逸らしたくても、こればかりは受け入れなければならない。

「霊神様は……オタクだったのか……」
「現世で変なものに目覚めるとは……残酷なことだ……」

 余程ショックだったのだろう。華人は遠い目になり明後日の方へ向いてしまった。
 彪人に至っては片手で頭を抱えて深い溜息を吐き出す。
 複雑な心境におちいる二人を眺める詩那と一颯は、顔を見合わせて苦笑するのだった。


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