親友と式神と死神と

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 森林が近くにある校舎裏にはこぢんまりとした庭がある。
 校舎裏ということで手付かずかと思いきや、野生の花以外の雑草は綺麗に取り除かれ、四角形の空間には二人が座れるベンチが二脚も両端に備え付けられていた。

 一颯と華人は購買から校舎裏の庭に移動して、同じベンチに座って詩那を待っていた。

「……先に食べていいよ」
「女性を差し置いて先に食べるほど不躾ぶしつけではない」
「あ、そう」

 紳士的に断る華人に素っ気なく呟く一颯。
 鞄から携帯電話を取り出して、側面にあるボタンを押して大きな画面に映る時間を確認する。

 購買で華人のご飯を購入する時、かなり時間がかかるだろうと思っていた。しかし、人でごった返していた中に入った途端、華人に気付いた生徒達は自然と道を開けた。
 高貴な雰囲気と美貌が周囲の人々を魅了したからだ。おかげで購買を任されている女性に見惚みほれられながらお勧めの弁当――若鶏わかどりの味噌焼き弁当――を買うことができた。
 思っていたより早く買うことができたため、昼休みに入って五分ほどで校舎裏の庭に到着することができた。

 現在は昼休み開始から五分が過ぎた。残り時間は二十分。それまで食べて会話する時間はほとんどない。これは放課後に持ち越してしまうだろうと思っていた時、人の気配を感じて顔を上げた。

「ごめん、待たせちゃって」
「ちょっと遅かった……な……?」

 普通に声をかけた詩那だが、その隣に見知らぬ男がいることに、一颯は衝撃を受けた。
 紳士物のベストにスラックス姿の美しい青年は、学校の教師でも生徒でもないことは一目瞭然いちもくりょうぜん
 一颯の隣にいる華人も、青年を見て唖然とした。

「し……詩那? だ、誰……?」
「黒崎君と同じく人ならざるものだよ。弁当を届けに来てくれたんだけど……お昼、一緒に食べるって……」

 苦笑いする詩那は向かい側のベンチに座る。その隣に座った青年は、持っている紙袋から弁当箱を入れたチェック柄の巾着を取り出して詩那に手渡す。
 ありがとう、と受け取った詩那は普通に弁当を膝の上に置いて広げる。対する青年はギッシリとおかずを詰め込んだタッパーを取り出した。

「あれ? 食べないの?」

 箸を持って手を合わせたところで、一颯と華人が食べていないことに気付く。

 首を傾げて訊ねれば、我に返った一颯がまくし立てる。

「あっ……のなぁっ……! 何で人外がここに来るんだよ! つーか弁当を届けに来たって一緒に住んでるってこと!? 詩那は、女だろ? 女なら人外でも男を家に入れるな!」

 疑問と正論を混乱しつつもはっきりと言い切る一颯に、詩那は思わず苦笑い。

「あ……あはは。ちゃんと説明するから。まずは食べよう?」

 早く食べなければ時間が少なくなる。そう促せば、一颯は燃焼できなかったいきどおりの所為で不機嫌のまま弁当箱を開けて食べ始めた。

「ところでさ、あんたの名前は? あ。あたしは白崎一颯」
「……海棠彪人だ」

 素っ気なく答えた彪人は、割り箸でおかずを食べる。
 一方、華人は美しい姿勢と所作の合間に彪人を注意深く見つめながら購買の弁当を口にした。

「それで、詩那。海棠さんと同居している理由は?」

 早く知りたいという感情が表に出てしまう一颯は質問する。
 詩那はどう説明しようか一瞬悩み、順を追って話した。

「……金曜日に禍殲卑まがつひ魂喰たまぐいの群れに襲われて死にかけたの。そこを彪人に助けられて、仮だけど契約して、一緒に倒して……」
「契約だと?」

 ここで華人が反応する。声にけんが宿っていることに、詩那は失敗したと気付く。

「人間に降るとは……我等の矜持きょうじを捨てたのか」

 霊人は人間になびかない、誇り高い種族。それ故に華人は同族が人間の配下についたことに憤っている。
 華族である彼なら当然の反応だと詩那は不安になってきたが……その心配は必要なかった。

「口をつつしめ、黒崎華馬はるまの末裔。みずから真名を露呈ろていしている時点で、矜持を捨てた貴様に言われる筋合いはない」

 厳然たる態度で言い放つ彪人の眼差しは鋭い。
 向けられた華人と、その眼を見た一颯は背筋を凍らせる。
 そして華人は、彪人の言葉を反芻はんすうして驚愕から目を見開く。

「何故……曾祖父そうそふの名を……」
「……なるほど。奴の曾孫ひまごか」

 彪人は威圧を与える眼光を消し、弁当のおかずを口にした。

「奴は死神治安協会が創立されると我先に入会したが……貴様も入ったのか?」
「あ……ああ……」

 飲み込んでから訊ねると、華人はぎこちなく首肯しゅこうした。
 ここで、何も知らない一颯が質問した。

「死神治安協会……って、何?」
「我々の種族が立ち上げた、現世の魂を黄泉路へみちびき、悪鬼怨霊を管理し、退治することを目的とする組織だ」
「へえ……。そこに入っているから死神って名乗ったんだ、華人は」

 白米を口の運びながら納得の言葉を口にした一颯は、もう一つ気になることを訊ねた。
「で、種族って?」
「現世と冥界の狭間にある霊界。そこに住む人ならざるもの――霊人。それが俺達の種族だ。霊界には現世と同じ暮らしがある。そこにいる小僧の家柄は上位に入る屈指の華族。現代風に言えば貴族だ」

 今はどうだか知らんがな……と締めくくった彪人の説明に、一颯は目を丸くしてゆっくりと隣にいる華人に向く。

「……あんた貴族だったの?」
「見て判らないか?」
大胆だいたん過ぎる貴族なんて想像したことないし。つーか人外に貴族なんて階級があること自体初耳だし」

 一颯の正直な言葉に、詩那は同感から小さく頷きつつ最後のおかずを食べる。
 不意に、一颯の弁当箱に半分ほど残っているおかずと白米を見て、心配になって声をかけた。

「一颯、早く食べなくていいの?」
「え? ……あっ! 詩那早い! おかずの交換が……!」

 一緒に弁当を食べる時は、おかずを交換し合って楽しく過ごすことが日常の一つ。
 学校に来る一番の楽しみがなくなったショックから、しゅーん、と落ち込む。そんな一颯が可愛くて、詩那はクスクスと笑った。

「明日、好きなおかずを作ってくるよ」
「! ハンバーグ!」

 好物を即答した一颯に、詩那ははにかんだ。

「デミグラスと和風おろし、どっちがいい?」
「……うーん。今回は和風、かな?」
「了解」

 明日の弁当のおかずと同時に今晩の夕飯が決定した。


◇  ◆  ◇  ◆



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