幼い出会い

[ bookmark ]


 ふっと意識が浮上して薄目を開く。
 カーテンの隙間から射し込む朝日で、暗い室内にわずかな明るさが広がる。
 ぼんやりとした眼で見慣れた天井を眺め、そのまま枕元にある目覚まし時計を見る。
 デジタル式の時計には、時分秒以外に日付と曜日、温度計の文字が表示されている。

 時刻は六時十五分。曜日は月曜日。室内温度は十八度。

 確認して、シングルより広めのベッドから出た。
 十二畳ほどの部屋の入口側にあるクローゼットの扉を開けて、奥にある箪笥たんすからカジュアルな服を取り出す。

「組み合わせは……これでいいかな?」

 長袖の袖口そでぐちがフレアになっている袖コンシャスな白いカットソーの上に、ポリエステル繊維のキャミソール。ジーンズ仕立ての二段層のスカート。編み込みが目立つ白い靴下。

 過剰かじょうなかわいさではなく、上品なかわいさを追求した組み合わせ。
 鏡の前に立てば、背中まで真っ直ぐ伸びた黒髪によく似合っていた。
 最後にくしを取って髪をかし、桜の透かし模様が美しい銀製のヘアクリップでハーフアップに整える。

 ふと、自分の瞳を見る。

「……やっぱり、慣れないなぁ。オッドアイって」

 ぽつりと呟いた通り、左右で異なる双眸そうぼう
 どちらもガラスのように澄み切った色をしており、幼い顔立ちを美しく引き立てる。

「あ〜……もう、うつい。やだなぁ、幼稚園なんて……」

 中性的な口調で小さくうめいた幼子は、今年で六歳になる女の子。
 しかし、五歳児とは思えない流暢りゅうちょうな言葉遣いだ。

「転生できたのは嬉しいけどさぁ……幼稚園は嫌だぁぁっ……!」

 とうとう頭を抱えてしまった女の子は鬱屈うっくつした気持ちを込めて文句を言う。
 一拍置いて大きな溜息を吐いて、女の子は顔を上げる。

 穏やかさの中に凛とした強さが宿る異色の双眸を見詰め、ふっと笑みを浮かべる。

「まぁ、頑張るしかないよね」

 レッツゴー、と言いながらこぶしを天井に向けて突き出して、子供が使うには贅沢ぜいたくな寝室から出た。



【若桜結依/5歳】
【髪の色/漆黒】
【瞳の色/右・瑠璃色:左・紫色】
【職業/幼稚園児】
【特技/霊能力】
【秘密/転生者】



 若桜結依は、前世の記憶を持つ霊能者だ。
 ただし、この世界ではない。結依にとって、この世界は『漫画の世界』。
 結依の前世でアニメ化までされた人気少年漫画――『BLEACH』。
 それが、結依が転生した世界だ。


「おはよー、芽依さん」
 顔を洗うなどの小用を済ませた結依は一階のリビングに入って、隣接しているダイニングキッチンにいる女性に挨拶あいさつする。

 背中まで伸ばした髪は、アジアンビューティーがうらやむ艶やかなからす濡羽色ぬればいろ
 大きく凛々しい瑠璃色の瞳に、口紅を塗らなくても薔薇色に染まったくちびる
 かなり歳をとっているらしいが、外見年齢は四十代前半ぐらいの若々しさ。

 近所から美魔女と呼ばれている彼女は、安桜芽依。
 いわく、結依の血縁者。

「おはよう、結依。今日も早いね」
「お腹空いちゃって。今日の朝ご飯は何?」
「味噌汁と卵焼きと焼き魚とほうれん草のお浸し。結依はまだ骨をまだ上手く取れないだろうから、白身魚にしておいたよ」
「やった! ありがとう!」

 嬉しくて満面の笑顔でお礼を言えば、芽依は笑みを返す。
 料理が完成すると、結依は炊き立ての白米を茶碗に装って、食卓に着く。
 芽依が料理を配膳はいぜんし、合掌がっしょうして「いただきます」と唱えてから食べ始めた。

「結依は今日から幼稚園だが、大丈夫かい?」
「う……ちょっと、やだ」

 美味しそうに白身魚を食べていた結依は、芽依の質問に困り顔で答える。
 眉を下げて口を引き結ぶ結依の表情で、何となく芽依は察した。

「不安なのは仕方ない。私も結依が無事でいてくれるか不安だ」
「え。……幼稚園って危ないとこ……じゃあない、よね?」
「ある意味危ないな」

 さらっと言った芽依の発言に余計に不安になった結依。
 食べる手が止まってしまったところを見て、自分の発言をかえりみた芽依は小さく苦笑。

「瞳の色でいじめとかあるかもしれない。結依のお母さんがそうだったように」
「……そうなの?」
「ああ。あの子は私と同じで瑠璃色の瞳だったから」

 なつかしむように語る芽依は痛みをこらえるように箸を強く握る。
 ふぅっと一息つき、心配そうな結依の表情を見て穏やかに笑いかける。

「君の両親のことは今度話そう。今は食べて幼稚園に行く準備をするよ」
「……うん」

 小さくうなずいて、結依は大人しく食べ進めた。 途中で不安を忘れて美味しそうに頬張ほおばる表情に変わり、芽依は心が癒されていくのを感じた。


 朝食後の歯磨きを済ませた結依は、寝室に戻ると必要なものを入れたかばんを取る。

「結依、これを付けて」

 中身を確認していると、芽依がチェーンに通した指輪を渡す。真ん中に青紫色の石が嵌め込まれている高価な代物は、今の結依では落としそうな大きさ。
 受け取った結依は、不思議そうに眺める。

「これは?」
「霊圧制御装置。結依の霊力は凄いから、霊力から放たれる波動……霊圧もかなりのものだ。これは霊圧を抑えるものだから体に負担はかからないはずだよ」
「そんな物まであるんだ……。ありがとう。ちゃんとつける」

 驚き顔で見詰めた結依はいそいそとチェーンに通して首につける。
 すると、体感できる霊圧がかなり下がって、体が軽くなった。

「わあ、すごーい! こんなに変わるんだ……!」
「ああ。それでは行こうか。まだ春だから上着も忘れないで」
「うん」

 芽依に言われてベージュのカーディガンを羽織って、部屋から出た。



◇  ◆  ◇  ◆



 物語の舞台となる空座町。
 結依の家は東端に位置する三ッ宮、その西側に位置する馬芝に一番近い、北側の地区・北川瀬にある。
 幼稚園への道のりは若干長いため――

(何で瞬歩しゅんぽ?)

 あの世とも呼ばれる尸魂界ソウルソサエティで、現世との魂の均衡きんこうを守護する高尚な存在――死神。
 そんな高位の死神が扱える高度な高速移動――瞬歩。

 結依は人間だ。しかし、芽依の特訓によって弱冠じゃっかん五歳で体得してしまった。
 つたなさの残る瞬歩を連用して芽依について行き、幼稚園の近くにある袋小路に到着した。
 軽い息切れを整えて、結依はまとっている外套がいとうを脱ぐ。

「本当に見られないなんて……透明人間になったみたい」
「正確には霊子を纏って、器子きしで構成されている生者には視られない外套だよ。私の友人が作ったものだから、安心して使うといい。が、人目にさらすなよ?」
「うん。ちゃんと気をつける」

 しっかり頷いて、専用の袋に外套を詰め込んで、鞄にしまい込んだ。
 確認した芽依は結依を連れて幼稚園に入る。そこは新しい園児を連れた保護者がたくさんいた。

 思わず後ろ足を引いてしまう結依。気付いた芽依は苦笑して結依の頭を軽く撫でた。

「……芽依さん?」

 不意に女性の声が芽依にかけられた。
 後ろに振り向けば、亜麻色の髪に青緑色の瞳――碧眼へきがんの美女がそこにいた。
 結依は外国人かと思ったが、よく見ると顔立ちは日本人のものだ。

「……あやか? 君、子供ができたのか」
「え、ええ……。芽依さんは?」
「引き取った子を園に入れようと思ってね」

 そう言って、芽依は結依の頭を撫でる。
 視線を下げて祐依を見下ろした絢という女性は、目を見開く。

「もしかして……」
「まだ言うな。今は時じゃない。……それで、その子が絢の子供?」

 芽依がたずねると、絢は頷く。
 結依は、絢の近くで立っている男の子を見る。

 指通りの良さそうな艶のある黒髪は真っ直ぐだが、毛先は外側に軽く跳ねている。
 前髪は長く、それでいて纏まっているため碧眼がちゃんと見える。
 瞳の色は絢に似ているが、ほとんどが父親に似ているのか絢の面影がない。もしかしたら彼が無表情を作っているからかもしれない。

(……あれ?)

 不意に、結依は脳裏にある映像がよぎる。

 それは『BLEACH』の『物語』に登場する敵役。
 虚という悪霊の部類に入る、最上位の大虚ヴァストローデ。
 最初に起きる事件や、過去に起きた事件の数々を引き起こした黒幕≠ノ仕える十体のヴァストローデ――十刃エスパーダの一角をになう、主人公の強敵。

(ウルキオラ・シファー?)

 無機質な仏頂面ぶっちょうづらを見ていると、敵の中で一番好きだった登場人物を何となく思い出してしまう。

「ええ。さ、挨拶なさい」

 絢がうながすけれど、男の子は一言も話そうとしない。

「……ご、ごめんなさい。ちょっと不愛想ぶあいそうな子で……」
「いや、気にしないよ。代わりにこっちが挨拶しないとね」

 芽依に言われて、結依は小さく頷いて軽く会釈えしゃくする。

「結依……えっと、若桜結依、です」

 少し言い直した結依。
 しっかり者の子供らしい挨拶に、ほぅ、と絢は息を吐く。

「かわいい……。やっぱり女の子はいいですね。私は志吹しぶき絢。この子は志吹有留うる。結依ちゃん、もしよかったらよろしくしてくれる?」
「うん」

 迷いなく頷いたが、少し不安でもあった。
 それでも、気になってしまう気持ちは本当だ。

(少し、様子見かな)

 本当に彼はウルキオラ・シファーなのか。
 もしも本当なら遠くない未来で実害となるか、無害となるか。

 見極めなければならない。そう思った。


prev / next
[ 3|71 ]


[ tophome ]