変化の訪れ

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 幼稚園に入園して二週間。
 志吹有留を観察している結依は、他人に無関心すぎる彼とどう接したらいいのか判らなかった。
 それどころか、同年代である園児達の扱い方も把握しきれず、どう対処すればいいのか悩んでいる。
 子供は特に異質なものを嫌う。

 早い話、幼いながら端整な顔立ちにオッドアイを持つ結依は、その対象に当てはまった。

 男の子からは「へんなめ」、女の子からは「きもちわるい」と言われる始末。
 大人達は幼い集団の心理を操りきれず、かばうことを諦めてしまっている。
 職務怠慢という語句が頭に浮かんだが、かえって好都合だと思った結依は差別を理由に孤立を選んだ。


 今日も一人になれる木陰で持参した人気書籍を読み進める。
 芽依から文字の練習ということで読みやすい本を見繕みつくろわれたが意外と分厚く、普通の幼子だと読むことを放棄してしまうほどの文章量だ。
 しかし結依は読み応えのある小説を熟読し、時々クスクスと笑っている。

 それもそのはず。結依の前世は成人した女性だったのだ。
 前世から読書好きなのだから、厚さ五センチもある書物もすぐに読み終わってしまう。

「ごはんの時間ですよー!」

 楽しく読んでいるうちに昼食の時間になり、建物に戻った。
 給食を配布されると、結依は周囲の子供と話すことなく静かに食べた。

「せんせー、こいつきもちわるい!」

 デザートのプリンをさっさと食べ終わらせた時、少し離れた席で食べている男の子が文句を言った。
 驚いて顔を向けると、男の子は有留のデザートを奪って、挙げ句の果てにののしっていた。

 ちょうど食事が終わった結依は、静かに男の子の背後へ向かう。

「五月蝿い。静かに食べろ」

 口に残っている食べかすを飲み込んだ有留が男の子をにらむ。
 初めて有留の声を聞いた結依は軽く驚くが、尊大な言葉遣いに違和感を覚える。

「なんだよ、このっ……!」

 有留に突っかかっている男の子が手をあげようとする。
 看過かんかできなくなった結依は背後につくと、その腕を掴む。

「暴力はんたーい」

 子供らしく間延びした声で、注意する。
 だが、男の子はギョッとして暴れ始めた。

「は、はなせよ! へんなめ!」
「変なのはあなただよ。人を傷つけて遊ぶなんて、そっちの方が気持ち悪い」

 今まで溜まっていた鬱憤うっぷんを淡々と吐き出す。
 子供とは思えない冷え切った眼差しに、男の子は喉を引きらせる。

「それと、人のおやつを勝手に取ったら駄目。そんなことしたら泥棒になっちゃうよ」

 子供心を傷つける言葉をえて織り交ぜて言えば、男の子は口を引き結ぶ。

「それ、ちゃんと返せる? 悪いことしたら何て言う?」
「……ごめんなさい」
「うん、正解。有留に言える?」
「……プリンとって、ごめんなさい」

 有留にプリンを返す男の子。わずかに目を見張った有留は頷いて受け取る。
 しっかり反省したところを確認した結依は安堵して、柔らかな笑顔を浮かべて男の子の頭を撫でた。

「よくできました。偉いね」

 子供は褒められたら成長するものだ。それを理解している結依は男の子を褒める。
 男の子は居心地が悪そうに、そして恥ずかしそうにうつむく。

「先生、ごちそうさまでした。歯を磨いてくるね。あと、外に行ってきます」
「え……ええ。くれぐれも幼稚園の外に行ったら駄目よ」
「はーい」

 明るい声で返事した結依は廊下に出た。
 ぽかんとする子供達と大人達。その中で有留は手早く食べ終わらせ、同じように廊下に向かった。
 流し台に行けば、結依は念入りに歯磨きをしていた。

「おい」
「ぅん?」

 口から歯ブラシを離して口をすすいだ結依に声をかける。

「何故余計なことをした」

 子供らしくない口振りに結依は目を見張った。そして、苦笑する。

「ムカついたから。あの子、いつもちょっかい掛けてくるし。それと有留も火に油を注ぐような言い方だったし、無駄な喧嘩けんかになるのはけたかったの」

 答えて、もう二回ほどうがいを済ませて歯ブラシとコップを片付けに行く。
 残された有留は、子供らしくない結依に驚きつつ見送り、歯磨きを始めた。


 結依は園内の裏手に行くと、読書を再開する――のではなかった。

「さて、三極式さんきょくしきの続きでもしようかな」

 死神が扱える高尚な術――鬼道。
 結依は芽依によってある程度の数を習得したが、オリジナルの鬼道を作っていた。
 子供の遊びの範囲を超えているが、作りたいという創作意欲は消せない。

 結依は近くにある折れた木の枝を広い、それを半分に折って地面に置く。

「次は回帰系が欲しいし……うーん。――守式ノ参しゅしきのさん――『還帰かんき』」

 軽く伏せた目に真剣な色を宿らせ、想像を膨らませて唱える。すると、立体な四角形の箱が枝を包み込んだ。
 仏教にある身を守る結界というものだが、ただの結界ではない。出現した結界内に入っている木の枝が見る見るうちに戻っていった。
 完全に折れる前の状態に変わって、ほっと安堵する。

「よかったぁー。あとは治癒系を増やしたいけど、どうしようかな……」

 治癒系の技は怪我をしていなければ意味がない。
 だが、そう簡単に怪我をするわけにはいかないため悩んでしまう。

「おい」

 そんな時、ぶっきらぼうな声をかけられた。
 勢いよく振り向くと、そこには無機質な無表情の有留がいた。

「えっ……有留!? いつから……」
「今さっきだ。お前、今何をした」

 見られていたと理解して表情筋が引き攣る。
 なかなか答えない結依にしびれを切らした有留は早足に近づく。 この時、結依は無表情でせまられる怖さを知った。

「き、鬼道! 鬼道を創ってたの」
「……何? お前、死神なのか?」
「いや、違うけど……え?」

 有留の発言に、結依はぽかんとする。

「……死神、知ってるの?」
「俺の母親は死神だ」
「……マジか」

 まさか有留の母親・絢が死神だとは思わなかった。
 だが、芽依をうやまっていた姿を思い返すと納得できる。

「えっと……私は芽依さんが死神だから、色々と教えてもらっているの。今は瞬歩の使い方と鬼道と戦い方だけ。あとは独自で鬼道を創作するくらい」

 結依が思い切って告白すると、有留は目を見張る。
 初めて見る有留の表情の変化に、新鮮さから見入ってしまう。

「鬼道を……創る? まさか、さっきの鬼道がそうか?」
「あ、うん。私は三極式って呼んでいるの。攻撃、防御、治癒の三種類を創ってて」

 創作鬼道『三極式』。それが結依の編み出している新しい鬼道だ。

 攻撃系は、戦闘に用いる鬼道『攻式こうしき』。

 防御系は、守備に用いる鬼道『守式』。

 治癒系は、治療に用いる鬼道『癒式ゆしき』。

「今は全部で八つ創れたけど……」
「教えろ」

 命令形で言われて、結依は思わず顔をしかめる。

「そんな頼み方は嫌だなぁ」
「なら、どう言えばいい」
「普通は『教えてください』だけど……有留は『教えてくれ』が自然体だと思う」

 有留のイメージを考えて答えると、有留は目をしばたかせた。

「……変わった奴だな」
「ええ? 有留の方が変わってると思うんだけど」

 眉間にしわを寄せて不満の声を漏らす結依。
 すると、有留は興味深そうに目を細めた。

「結依。その三極式という鬼道を教えてくれ」

 雰囲気が柔らかくなる、優しい眼差し。
 わかりづらくても、結依はそう感じて頬に熱がこもる。同時に、有留が自分の名前を覚えていてくれていたことに気付いて、胸の奥が温かくなった。

「うん。ついでに瞬歩の使い方も教えるね」

 とても明るい、嬉しそうな笑顔。
 その笑顔を見た有留は、不思議な感覚を覚えた。
 胸が高鳴り、心臓を中心に温かな熱が広がっていく。
 今まで感じたことのない感覚に戸惑いを覚えるが、有留も無意識に目元を緩めていた。

「よろしく頼む」

 理解できない熱。だが、不思議と悪くないと感じた。


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