芽生えた心
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平和な学校生活の中で、有留は時々上級生の喧嘩を買い、撃退していた。
退屈だが、少しのスパイスが効いた日常。
前世では考えられないほど
(結依がいるから、か)
幼馴染となった結依がいるから、退屈な日常も
「わあ……
しみじみ思っていると、結依の声が聞こえた。
呆れ気味で苦笑している彼女は、有留の足元に転がっている男の子達に視線を向けている。
喧嘩を売ってきた上級生が、仲間と思わしき上級生を連れて有留に挑んできたのだ。
ものの数分で再起不能にしたが。
「殺してないが」
「
苦笑いで返した結依は、呻いている上級生の少年達を見下ろす。
「――うん。病院送りにはならなさそう」
ざっと見渡して安堵する。
その様子に、有留は僅かに眉を寄せた。
「お前はどっちの味方だ」
「え? 有留だけど」
「なら、何故
「あのねぇ……病院に送るほどの問題を起こしたら、保護者が責任を問われるんだよ? 絢さんが怒られるのは嫌でしょう?」
有留の母・絢を持ち出せば、眉間の
「それに、正当防衛なのに有留が悪く言われるのは、私が嫌だ」
けれど、その次の言葉で眉間から力が抜け、目を見張る。
胸の内に響くものを感じた。結依の真剣な想いを聞いて、温かな熱が宿る。
(何だ、これは……?)
いつも感じている温かさより強い熱に、有留は無意識に手を当てる。
固まった表情で胸倉を掴む有留に、結依は異変を感じた。
「有留? ……大丈夫?」
少年達を踏まないように気をつけながら近づき、手を伸ばす。
その手が胸に当てている右手に触れると、一際強く心臓が脈打った。
「……有留?」
心配そうに顔を覗き込まれ、呼吸が止まる。
有留は耐えきれなくなり、空いている左手で顔を覆い、深く息を吐いた。
「どこか具合悪いの?」
「……よくわからん。ただ……ここが
ぐっと胸倉を掴む力を強めると、結依は軽く目を見張った。
「それって……嬉しいってこと?」
結依が探るように言うと、有留は黙考する。
今まで喜びを感じることはあった。だが、これほどではない。
「……いや。それより強い」
息苦しくなるほど心臓が高鳴り、頬に熱がこもる。
不意に、幼い手のひらが頬に当たった。
優しい体温を感じるが、それ以上に自身の頬が熱い。
「熱……? 風邪じゃないよね?」
心配そうに問いかける結依の顔を見て、また心臓が痛いほど跳ねる。
触れられている箇所がより熱くなり――反射的に身を引いた。
「……有留?」
有留は鈍くなった思考回路をフル回転させ、声を絞り出した。
「……帰るぞ」
そう言って有留は、ランドセルを背負い直して背を向けた。
若桜家から十数分の距離にあるマンションの二階に、志吹家がある。
一世帯用のマンションの一室に入ると、洗濯物を畳んでいる絢を見つける。
「あら、おかえりなさい。……どうしたの?」
絢の声で我に返ると、絢が有留の傍に膝をついていた。
「何かあったの?」
心配そうに訊ねる絢。
また温かな熱を胸に感じたが……。
「わからない」
結依のときの熱とは違い、柔らかなものだった。
「心配されたとき、ここが熱くなった。触れられると、息が苦しくなるほど心臓が痛くなった」
淡々と言葉にするが、親だからこそ分かるほどの困惑が声に込められていた。
「それは……結依ちゃんに?」
絢の言葉に、小さく頷く。
有留の反応を見た絢は目を見張り、そして頬を緩めた。
「それはね、好きって気持ちよ」
「……好き?」
「有留の場合、恋愛での好きなのかも。ね、結依ちゃんといると、嬉しいでしょう? 触れられると、ドキドキしない?」
言い当てられ、有留は無表情を微かに変えて頷く。
「嬉しい。楽しい。……愛しい。それが恋愛という感情なの」
愛しい。その言葉が、すとんと胸の内に落ち着いた。
微かに目を丸くした有留に、絢は「早熟ね」とはにかんだ。
「ただ、恋愛はいいものばかりじゃないの。好きな人が違う人に心を向けていると、もやもやしたりイライラしたり。気に食わなかったりつらくなったり。そんな嫉妬という感情も同じくらい芽生えてくるのよ」
嫉妬と聞いて、確かに自分は叩きのめした上級生を心配する結依に、挙げられた感情を抱いたことを思い出す。
否定する材料が見当たらない。戸惑う有留に、絢は微笑んでその頭を撫でた。
「愛し
親身に相談に乗ってくれるのは、親だからだろうか。
自然と首を縦に振った有留は、絢に感謝という気持ちが込み上げてきた。
「……ありがとう」
結依がいつも口にする、お礼の言葉。
なぞるように言えば、絢は嬉しそうに笑った。
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