人生は儚く

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 雪が降り出しそうな曇り空が広がる、一月の下旬。
 去年の春に高校生となった私――若桜結依は、少し不安だった。

「進路……かぁ……」

 私には前世の記憶がある。
 前世は平成時代に生まれ、新しい時代を迎えた頃に死没した。

 二十代という若さで死んだことに不満はない。愛読の本が未完結のまま死んだことに未練はあるけれど。
 平凡とは程遠い、後悔と劣等ばかりの人生だったから、解放されたのだと思えた。

 そんな私が『漫画の世界』の明治時代に生まれるなんて、思うわけがない。
 どうして愛読していた一つの少年漫画の過去に生まれたのか理解できない。
 更に言うと、家族が特殊過ぎて……いっそのことこの世=\―現世で生活しなくてもいいとさえ感じる。

 両親と兄も、母方の祖父母も、高い霊力を持つ霊能者。
 そんな家族を持つ私も霊能者だ。
 幼い頃は霊と人間を見極めるのが大変で、同年代から『幽霊女』とも呼ばれた。
 新しい人生のスタートダッシュは厳しかったけど、今は楽しいから許容できる。


「ただいまー」

 山側にあるこぢんまりとした神社。そこが我が家だ。
 正確に表記するなら、祖父母の家。

 実は、両親は去年の梅雨入りに揃って亡くなっている。
 普通に事故死だから、まだいい。あの『化け物』に喰い殺されていないのだから。
 残された私と兄には、頼れるのは祖父母しかいなかった。

「おかえり、結依」

 家の奥から巫女装束を纏うお祖母ちゃんが出てくる。
 あと少しで七十代になるのに、しゃんとした足腰。
 目元以外に目立つ皺がない、綺麗な黒髪と瑠璃色の瞳を持つ美老婆だ。
 ちなみに祖父は紫色の瞳を持つ美老人。

 いろんな意味ですごい祖父母だ。学校の友達もうらやましがるほどだから。

「帰って早々に悪いけど、ちょっと買い物に行ってもらっていいかい?」
「いいよ」

 こころよく引き受けると、お祖母ちゃんは私に紙と財布を渡した。
 メモを見ると、果物と饅頭だけ。おそらくお供え物に使うものだろう。

「ひとまず着替えて、お茶を飲んで。冬とはいえ、脱水になっては洒落にならない」
「はーい」

 お祖母ちゃんの忠告に従って、自室に行って着替えた。
 明治時代だけど、今は女の子でも袴を着ていい時代。
 矢柄の着物と長春色の袴を着た後、一つに纏めていた黒髪をハーフアップに整える。

 この時に使う髪留めは、桜と葉の透かし模様が入った銀の髪留め。
 明治では珍しい装飾品だけど、これはお祖母ちゃんから譲り受けたもの。お母さんが結婚の際に受け継いだものだけど、今は私の物になっている。

「こんなもんでいいかな?」

 鏡の前に立って身嗜みだしなみを確認する。

 鏡に映る私の顔は、前世に比べてかなり綺麗だ。
 玉の肌は白皙。チェリーピンクの唇に、筋の通った小振りの鼻。
 そして、左右で違う異色の双眸そうぼう
 右眼は瑠璃色。
 左眼は紫色。
 日本人にはないオッドアイは、髪と同じくらい好きな部分。
 華奢だけど、あるものは立派にある女性らしい体型。

 前世と比べて格段にいい容姿になったなぁ、と我ながら思う。

「さて、行きますか」



◇  ◆  ◇  ◆



 簡単な買い物を終わらせて、雪道を歩く。
 我が家は山裾にあるから、周辺は鎮守ちんじゅの森で囲まれている。

 その入口まで到着した時だった。


 ――グォオオオォォ


 獣のような酷い咆哮が聴こえたのは。
 腹の底から響くような声に驚いて顔を向けると、白い化け物がいた。

 あれはこの世界での悪霊――ホロウ

「うわぁ、出た」

 げんなりした私は荷物を抱えて、襲いかかる虚の攻撃をかわす。
 何故、恐ろしくないのか。それは時たまだが相対あいたいしているから。

「えーっと。何にしようかな……」

 お祖母ちゃんから教わった術もいいけど、独自に編み出した術でもいい。
 ただ、なぁ……こっちにアレ≠ェ来ているし……。

「破道の三十一、赤火砲!」

 迷っていると、上空から赤い火球が虚の後頭部に直撃した。
 虚が痛みに叫ぶ。

 あーあ、来ちゃった。

「やれ!」

 火球を撃った者とは違う者が、虚の仮面に武器を突き立てる。
 何の変哲もない日本刀――打刀。
 しかし、その霊子密度は高い。

「ふぅ……よくやった、風間かざま
「ありがとうございます! 志波三席!」

 虚がボロボロに崩れて消えていく様を見届けた、長い下睫毛が特徴的な青年。
 彼が褒めると、女性が刀を鞘に納めて頭を下げる。

 志波三席……あぁ、まだ原作の百年以上も前なのか。

「ん?」

 ここで、志波と呼ばれた青年が私に気付く。

「……お前、俺達が見えるのか?」
「え? あ、うん」

 普通に頷くと、志波と風間が目を見開く。
 まぁ、普通の霊能者でも目視できる相手じゃないからね。

 だって彼等は死神だから。

 あの世とこの世の調節者バランサー。魂の秩序を守る者。
 死覇装しはくしょうという漆黒の着物を纏い、斬魄刀と呼ばれる特殊な刀によって、虚となった人間の魂魄を救済する。
 ざっくり説明するなら、こんな感じ。

「志波三席。私達が見えるということは……」
「……ああ。さっきの虚、こいつを狙っていたってことになるな」

 神妙な顔で会話する二人。
 死神に会うのはこれが初めてだけど、まぁスルーしよう。

「!?」

 そう思った直後、悪寒が走った。
 気付けば体が動いて、荷物を落とし、死神の歩法で志波を横へ突き飛ばす。

 瞬間、ずぷりと何かが私の心臓に突き刺さった。
 強烈な痛みを最後に、私の意識は暗転した。

「なッ、おい!!」

 激痛から解放された私は、意識を戻せばもう一人の自分を見ていた。

 ……違う。あれは私の体。
 爪の長い虚に、心臓を貫かれていた。
 治せば助かる見込みのある因果の鎖がないところを見て、完全に死んでしまったのだと自覚する。

「グオォオオオ!」

 虚が私の肉体を放り捨てると、スゥッと姿を消した。
 透明化の能力持ちの虚か。厄介だな。

「風間! そいつを護れ!」
「し、志波三席は!?」
「俺が相手する!」

 緊迫感が辺りを支配する。
 どこから来るのか分からない。そんな張り詰めた空気。
 でも、死ぬ直前の私の霊力が付着したから、感覚で把握できる。

「右に横一線振るって!」

 志波にそう告げれば、志波は咄嗟に刀を振るう。
 すると、振り下ろされようとした虚の腕を切断した。

「グギャァアアア!」
「なっ……」

 悲鳴を上げる虚より、戸惑いを隠せない志波。

「離れて!」

 指示を出せば、志波は残った虚の片腕の攻撃から逃れる。
 地面に亀裂を作る虚。その周囲に誰も居なくなったのは好都合。

 虚に付いた、私の霊力の残滓ざんしを使える。

攻式ノ肆こうしきのし

 暗い空間に放り込まれた感覚に支配される。その中で鮮烈な赤をイメージし――


「『楹火えいか』!!」


 強く唱えた。

 次の瞬間、透明の虚から巨大な火柱が立ち昇った。
 強烈な熱気に片手で目を庇う。
 火柱が消えて姿を現した虚は、ほぼ原形を留めてない。

「今だ!」

 好機を告げれば、我に返った志波は虚の仮面に刀を突き刺した。

 やっと、終わった。

 深く息を吐き出して立ち上がると、積雪を赤黒く染める自分の体に向かう。
 肉体には、霊体の私にない髪留めがある。
 それを外して、自分の髪につけた。

「お前は……」

 志波が声をかけようとした。
 だが、それを遮る声が聞こえた。

「結依!!」

 霊体なのに、心臓が止まりそうなほど驚く。
 息を詰めて振り向くと、私より五歳も年上の青年が走ってきた。

 私と違い、瑠璃色一色の双眸の美男。
 若桜瑠依るい。私の、兄。

「兄さんっ……!」

 込み上げる衝動を抑えられず走り出す。
 そして、兄さんに抱きついた。

「兄さん、ごめっ……ごめんなさい……!」

 涙を堪え切れず、湿った声で言葉を詰まらせながら謝る。
 兄さんは強く私を抱きしめて、そっと肩に手を置いた。

「結依なら、虚なんて敵じゃないだろ……? なのにっ……まさか」

 悲痛な声を漏らした兄さんは、ハッと息を呑んで私の頭に手を置く。
 兄さんも霊能者だ。私より劣るけど、彼は霊の記憶を読み取る能力に長けている。
 私の記憶を覗いた兄さんは離れると、志波に近づいて思い切り横っ面を殴った。

「志波三席!」

 鈍い音が聞こえ、女性の悲鳴が上がる。
 倒れかける志波だが、兄さんに胸倉を掴まれる。

「死神の癖に、結依に庇われただと……? ふざけるなよ……!!」

 憎しみを込めた兄さんの声を初めて聞いて、体がすくみそうになる。
 けど、ここままだといけない。

「兄さん、やめて! だってあの虚は……!」
「結依が気付けたなら、死神でも気付けるだろう!?」

 悲痛な兄さんの叫びに心が痛む。
 でも、どうやって兄さんの怒りを鎮めればいいのか……。

「瑠依、やめなさい」

 その時、お祖母ちゃんが現れた。
 気配を感じなかったのは、お祖母ちゃんも霊力を隠せるから。
 このタイミングでお祖母ちゃんが出てくるなんて思わなくて驚く。

「結依を並みの死神と同列にしたらいけない。この子は一等特別なんだから」
「だからって……!」

 兄さんの嘆きに胸が張り裂けそうだ。
 お祖母ちゃんは溜息を吐き、私に歩み寄った。

「本当に、誰に似たんだろうね。自分をかえりみないところは」
「……ごめんなさい」

 呆れた声が胸に痛い。
 俯いて謝ると、視界の端に何かが映った。

 それは、白い鞘に納まる刀。

「持って行きなさい」
「え。でも……」
「このまま残っても地縛霊か憑き霊になるだけだよ。それに、これから先、結依に必要なものだ」

 正論だけど、渋ってしまう。
 これを受け取ったら、二度と会えないような気がして……。

「何も今生の別れじゃないんだ。好きな時に帰ってきなさい」
「……いいの?」

 てっきり帰れないのだと思っていたのに、お祖母ちゃんは笑顔で払拭ふっしょくした。

「当たり前だ。結依は私達の家族なんだから」

 家族。その大切な宝物を、私は手放した。
 この時ほど、死にたくないと思ったことはないだろう。
 私は潤んだ目を擦って頷き、刀を受け取った。

「結依」

 志波を手放した兄さんが歩み寄る。
 泣きたい思いを抑えて向けば、彼は不器用な表情で笑っていた。

「いってらっしゃい」

 ……嗚呼。やっぱり、死にたくなかったなぁ。

「……うん。行ってきます」

 後悔ばかりだけど、家族は生きている。
 いつでも家族の下へ帰ってもいいのだと思うと、少し、心が楽になった。


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