死して仕合せ

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 お祖母ちゃんは元死神。しかも、組織では上の地位に就いていたそうだ。
 彼女の案内で、正規ではない別の手段で死後の世界へ旅立つ。

「ここは断界。霊気が入り乱れる場所だから、瞬歩は使えない。壁の拘流に触れると二度と出られないから気をつけなさい。あとは掃除屋≠フ拘突に会ったら逃げて。触れる全ての異物を消しに来るからね」

 説明しながら走るお祖母ちゃんは、お歳とは思えないくらい速い。

「他の死神もこんな感じで移動するの?」
「いや。彼等には地獄蝶というクロアゲハがある。それを連れて行けば安全に移動できるんだ」

 走りながら会話する。霊体になったけど息切れが起きていないのは、幼い頃から鍛えていたからだろう。実際、お祖母ちゃんの荒技で霊体になっていたから。

 そしてとうとう穿界門の終着点に到達した。
 おどろおどろしい空間の先は、森林に囲まれた丘。
 広がる青空に青々とした草の香り。冬という時期もあり、雪の絨毯に覆われている。
 町の中で過ごしてきた私には新鮮な空気だ。

「さて、結依」

 お祖母ちゃんの声で我に返り、向き直る。

「ここは西流魂街一地区・潤林安の外れだ。そこからすぐそこにある瀞霊廷に行ったら、真央霊術院に入りなさい」
「……死神の学校ってこと?」
「そう。今の時期は入院手続きがあるから、その間に鍛えて挑みなさい。筆記は前に教えた勉強を思い出せばいい」

 幼い頃、お祖母ちゃんから尸魂界の歴史やら何やらの勉強を叩き込まれた。
 今でも時々筆記試験を受けさせられるから大変だったけど、実を結びそうだ。

 頷けば、お祖母ちゃんは私の頭を撫でた。

「いつでも帰ってきなさい。結依にはあの術≠ェあるのだから」
「……うん」

 そっと目を閉じて、私が編み出した術を思い出す。
 今まで現世以外で使ったことがなかった、特殊な術を。
 これを使えばいつでも帰れる。そう思うと気が楽になった。

「私、頑張るよ」

 これは今生の別れではない。
 だから、今は思う存分、精一杯頑張ろう。



◇  ◆  ◇  ◆



 入院手続きが終わって、どう修行しようか悩んだ。
 とりあえず斬魄刀を開花させたいけど……。

「確か、魂の在り処ルーツを写すんだっけ」

 己の魂を斬魄刀に投影する。
 精神世界である内在世界も反映されるらしいから、どんな斬魄刀になるのか予測できない。というか予測なんて無意味だ。

「……とりあえず、斬魄刀を使い慣らさないと」

 お祖母ちゃんから貰った刀は斬魄刀だ。
 曰く、尸魂界を去る時に一振りかっぱらったそうだ。

 鯉口を切り、刀身を滑らせて抜く。
 鈍色の刀身は、ゾクリとするほど美しい作りをしている。

 重さを手の内で確認すると、胡坐あぐらの上に乗せて目を閉じる。

刃禅じぜん≠ニいう、内在世界に行き、斬魄刀と対話する手段。
 今は開花していないはずだから、内在世界に入って、その影響を斬魄刀に投影しようと思う。


「……ん?」

 意識が沈んだかと思えば、心地良い風が頬を撫でる。
 まぶたを空ければ、そこは森林ではなく、海のような草原。
 淡い色合いの小花がちらほらと咲く草原にぽつんと立つ。

 天を仰ぐと青空ではなく、夜空だった。
 普通とは違う巨大な満月が青白く光り、赤・青・白といった星がちりばめられている。

「……え?」

 現実ではありえない美しい夜空に見入っていると、視界に淡い紅色の欠片が映った。
 振り返ると、灰色の池に囲まれた小高い丘の上に、見たことがないくらい巨大な桜の木がそびえ立っていた。

 樹齢千年を越える巨木に似た幹と自由に伸びる太い枝。
 数え切れない枝には、桜の花が満開に咲き誇っている。
 さっき見えた淡紅色は、風に乗って運ばれた花びら。

「綺麗……」

 雄々しいようで儚さも併せ持つ桜の巨樹に見惚れ、自然と足を運ばせる。
 池には真っ直ぐ生えた蓮華があり、渡ろうとすれば蓮の葉が道を作る。
 一瞬迷ったけど、葉に足をつけた。

「おぉ……」

 意外と安定した足場だった。
 波紋を作りながら渡り切り、巨木の幹に触れようとした。

「お待ちなさい」

 触れるか触れないかのところで、澄んだ声が聞こえた。
 振り返ると、そこには美しい女性が立っていた。

 三つ編みハーフアップで結わえられた、桜色のストレートヘア。
 エメラルドグリーンに色づいた、涼やかな目。
 白皙の肌に女性的な体躯が纏う服は、スリットが入った裾幅の広い着物。色鮮やかな紅色の帯を巻いた特殊な和装は楚々そそとし、白地に施された刺繍は桜と三日月。

 見蕩みとれていると、女性は憂い顔で私に問う。

「あなたは、本当に死神になりたいの?」
「え? そりゃあ……」
「今の瀞霊廷は危険だと知っているのに?」

 一瞬、何を言われたのか解らなかった。
 少しずつ噛み砕いて、息を呑む。

「あなたが……私の斬魄刀?」
「……ええ」

 儚げな微笑で頷く女性。
 物憂いげな表情に、私は眉をひそめる。

「たとえ二つ≠フ敵がいようとも、私はなるよ。物語に介入したいとは思わないけど、私は私の大切だと思うものを守りたい。……もう一度、家族に会うためにも」

 動機は不純だし、決意は曖昧だ。
 でも、これだけは確かだ。

 ――家族に会いたい。だからこそ諦めたくない。

 強気な眼差しで見据えると、ふぅと彼女は息を吐く。

「あなたらしい利己的な理由ね」
「うっ。……でも、それが私だから」

 自覚していることを突かれてグサッときたけど、すぐに言葉を返す。
 すると女性は、仕方なさそうに笑った。

「現実に戻りなさい。私を使う時に、名を明かしましょう」

 本当は今すぐにでも聞きたい。けど、それは彼女の意思に反する。
 なら、今は待とう。そう決めて、私は内在世界から意識を戻した。


「……お腹空いた」

 気付けば夕方。
 霊力のある魂は空腹を感じると聞いたが、本当にその通りだった。

「戻るか」

 今日会ったばかりの潤林安の人々は優しかった。
 私が死神を目指しているという点もあるからかもしれない。
 彼等に頼んでご飯を恵んでもらおう。図々しいけど、それしか道はない。
 幸いにもお祖母ちゃんから大量の通貨を貰っているから、何かあればこれを使おう。
 そう決めて、ひとまず村に戻った。


 こうして尸魂界の初日が過ぎていくのであった。



◇  ◆  ◇  ◆



 真央霊術院の試験は二月の上旬に行う。
 それまでに苦手な鬼道の詠唱を鍛えた。
 長文を噛まないようにそらんじながら術を使うのは、ちょっと苦手だから。

「君臨者よ・血肉の仮面・万象・羽搏き……」
「うわああああっ!」

 突然の悲鳴に、ビクッと肩を震わせる。
 集中し過ぎて、虚が現れたことに気付けなかった。

「うわぁ」

 結構な数の虚がいるようだ。死神もいるけど、数的に負けるかも。

「……ん?」

 一気に少なくなる死神の数。そこに違う死神の霊圧が近づいている。
 このままでは、その死神が死ぬ。

「行くか」

 見捨てて後悔するのは御免だ。もう二度と、後悔したくない。
 私は腰に携えている斬魄刀があることを確認し、死神の歩法――瞬歩で向かった。



 一秒もかかることなく到着したそこは、まさに地獄絵図。
 五人はいただろう死神は、むごたらしい死体に変わっていた。

 現場に来たらしい一人は、十体もいる虚と戦っていた。
 静かな怒りを滲ませている姿に込み上げるものを感じて、たまらず斬魄刀を抜いた。

『行くのですか』

 脳裏に響いた、女性の声。

『あの数を相手にすると、確実に死にます』

「……それでも」

 見捨てられない。助けたいんだ。
 心からの思いを伝えれば、小さな笑みが聞こえた気がした。

『なら、私を使いこなしなさい。私の名は――』

 その名を聞いた瞬間、霊圧がほとばしった。

「――こいねがえ、神桜かみざくら

 口上を唱えた途端、刀が一変した。
 形を変えて右手首に巻き付いたと思えば、桜色の光沢を帯びる銀の腕輪に変わった。
 一つだけ施されている三日月の透かし模様と、吹雪いているような透かし桜。

 装飾としては美しいだろう。けど、これでどう戦えばいいのか。できることなら刀の形状が……。

「!」

 刀を思い浮かべた途端、腕輪が腕から離れ、つばのない刀に変形した。
 望んだ武器に変わるのかと思ったが、それ以外にもあるのだと脳裏に浮かぶ。
 まさに私らしい斬魄刀に自信を持ち、地面を蹴った。

「なっ」

 死神を殴ろうとした虚に刀を突き立てた途端、虚がボロボロと崩れ、昇華する。
 仮面ではなく腕なのに、この威力。

 後ろで死神の驚く声が聞こえたけど、無視して次の攻撃に移る。

「万象をけ、神桜」

 唱えると、刀身から純白の炎が吹き上がる。
 刀身だけではなく周囲へ広がり、白炎に触れた瞬間、虚は次々と焼け死んだ。

 残った五体の虚が逃げようとする。
 ――逃がすか。

「万象を撃て、神桜」

 空に切っ先を掲げて、一線。
 振り下ろした瞬間、五体の虚に五本の紫電が突き刺さった。
 落雷と同様の轟音が響き渡る。
 ものの一分で、戦闘とは言えない一方的な殺戮を以て、虚を殲滅した。

 神桜の能力は、一見鬼道系のようだけど違うようだ。
 まだまだ技はある。あとはどう進化させるかが問題だ。

「君!」

 声を上げた死神に振り向けば、彼は私を見据えていた。
 腕を怪我しているところを見て、私は始解を解いた斬魄刀を鞘に納めて近づく。

療式りょうしきノ弐『癒波ゆは』」

 死神の腕に手を翳し、患部に治癒術を施す。
 みるみるうちに傷が癒え、綺麗な肌に戻り、完治したところで術を解く。

「他に怪我は?」
「あ……いや……」

 死神の男性は驚きを滲ませた声で首を横に振る。
 よく見ればかなりの美形だけど、その仕草は小動物みたいで、微笑ましくなって頬を緩めた。

「よかった。じゃあ、私はこれで――」
「待ってくれ。君はどの部隊の者だ?」

 立ち上がってきびすを返すと、男性は訊ねた。
 その質問に、思わず苦笑してしまう。

「私、まだ霊術院に入ってないよ」
「……それは……」
「護廷に入ってない。今年の入試で院生になるけどね」

 ぽかんと口を開ける男性。
 唖然とした顔が、おかしくて笑った。

「もう行くね」
「……君の名前は?」

 名前を訊ねられた。
 相手が誰だかわからないのに名前を告げるのは良くない。

 だから――

「名乗るほどの者じゃないよ」

 気取った言葉を残し、瞬歩で立ち去った。


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