居酒屋で邂逅

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 終業後、本屋で『双魚のお断り!』を購入した後、隊舎の自室に運んだ。
 まずは一巻から試読して、面白ければ給料ごとに買うつもりだ。
 これから読みたいのは山々だが……。

「結依! 迎えに来たぞ!」

 夜一に食事会に誘われたのだ。
 せっかく仲良くなったのだから付き合いたい。

「夜一、どこで食べるの?」
「居酒屋じゃ。前に部下と寄ったが、うまかったぞ」

 意外だ。貴族の当主が大衆食堂を利用するなんて。
 驚き顔の私に、夜一はムスッとした不機嫌そうな顔に……。

「儂とて気楽な食事を楽しみたいんじゃが、部下との付き合いがなければできん」
「それは……窮屈だね」
「仕方あるまい。まぁ、結依と友になった。これからは共に気楽に行けるな」

 明朗快活めいろうかいかつに笑う夜一。コロコロ変わる表情に、私もクスクスと笑った。

「ここがそうじゃ」
「わあ……大きいところなんだね」

 思っていたより立派な外観の居酒屋だった。
 場所は五番区。店名は『鈴鹿御殿すずかごてん』。
 大層な名前の居酒屋だ。これ、高いんじゃない?

「一般の店より少し高いが、下級席官の給料なら月に四回は利用できる。四席のおぬしなら七回は来ても問題ないじゃろう」

 やっぱり高いんかい。
 ちょっと今月のお小遣が気になってきた。

「飲食代は気にするでない。儂がおごる」
「えっ、それは悪いよ」
「何を言う。誘ったのは儂じゃ。それに、儂からの入隊祝いも兼ねておる」

 今日が初対面なのに、そこまでしてくれるなんて思わなかった。

 でも、嬉しい。心がぽかぽかする。
 胸が熱くなるほどの喜びを感じて、私は破顔した。

「ありがとう、夜一」
「……うむ」

 お礼を言うと、夜一は視線を逸らし、ポリポリと頬を引っ掻いた。

「さて、行くぞ。腹が減ってかなわん!」

 照れ隠しなのか、私の手を掴んで居酒屋に入った。

 店内は二人掛けのテーブルから四人掛けの座席があって、夜一の勧めで座席に行き、向かい合って座る。
 品書きを見ると、いろんな品目がずらりと載っていた。初めて見る料理名もあるけど、一番はお酒の種類。料理と同じくらい多い。

「結依は酒を飲むか?」
「私、未成年だし……いや、でも甘めのお酒は飲めるかな。匂いがきつくないやつ」
「なら出羽桜でわざくらを頼む。さかないわしの南蛮漬けと砂肝と……」

 いろいろと注文する夜一に驚きつつ、私はお肉のたたきと芙蓉蛋フーヨーハイ回鍋肉ホイコーローを頼んだ。
 料理が運ばれるまで、どんな話をしようかと悩んだが、夜一から切り出した。

「未成年と言ったが、結依は酒を嗜むのか」
「まぁ、ちょっとだけ。お父さんが海外に仕事に行った時、カクテルにハマっちゃって……」
「かくてる?」

 初めて聞く響きなのだろう。
 せっかくだし、教えることにした。

「数種類のお酒をブレンド……混ぜ合わせたお酒のことだよ。大昔はお酒を保存できなかったから、酸化しても美味しく飲めるよう工夫されていたらしくて。今はいろんな味を楽しめるように研究されて、種類も豊富。調理過程もそれぞれ違うの」
「洋酒か……」
「焼酎でも作れるよ。混ぜ合わせる材料が揃えばすぐできるから。ただ、調理器具は特殊なの。例えば氷を入れて振るやつは、鋼鉄製の薄くて軽い容器がいるの」

 そこまで言えば、夜一は目を見張る。

「酒を振るのか?」
「うん。振ると氷ですぐに冷えるし、アルコール度数も少し下がって飲みやすくなるし、何より簡単に混ざる。柄の長いスプーンで掻き混ぜるものもあるけど、うちは基本的にシェイカーっていう容器で作ってた」

 面白いのか食い気味に聞き入る夜一。語り手の私も楽しく説明できた。
 ここで出羽桜の入った徳利が運ばれてきて、お猪口と一緒に配膳された。

「お、来たな。まずは乾杯と行こうではないか」
「うん」

 冷酒をお猪口に注ぎ、片手に持つと、夜一が「そうじゃの……」と食前の言葉に悩む。

 不意に浮かんだのは、今日のこと。

「じゃあ、夜一との出会いを祝う言葉で」
「……なかなかいきなことを言う。では、儂と結依の出会いに乾杯じゃ」
「乾杯」

 軽く持ち上げて、出羽桜を飲む。
 かなりきついかと思えばそうでもなくて、どちらかと言うと程よい強さで甘い。

「あ、おいしい。これ、吟醸酒?」
「お。若者にしてはイケる口じゃな」

 ニヤッと笑う夜一に、私も楽しくて笑う。
 初めてお酒を飲んだのは十四歳の時だったけど、今生の私は酒精に強いようで、たくさん飲まなければそんなに酔わない。顔にもあまり出ないらしい。

「それで、カクテルとやらはどんな種類がある?」
「えーっと。お父さんはハンター・カクテルが好きだった。ウィスキーといって、大麦、ライ麦、トウモロコシといった穀物を糖化して、発酵させた蒸留酒があるんだけど、それと果実酒の蒸留酒……ブランデーを使うの。ライ麦のウィスキーと、サクランボのブランデー。それを厚手のガラス製の容器――ミキシンググラスって言うの――それに入れて、軽くかき混ぜて透明に仕上げて、できあがり。シェイカーでもいいけどね」
「……想像できんな」

 ふむ、と顎に手を当てる夜一の気持ちはわかる。
 ハンター・カクテルは奥が深いのだ。

「ハンターって、飲む人の好みに合わせて調節できるやつなの。アルコール度数を調整するために、材料の比率を変えることもしばしばなんだって。だからブランデーを多めにして甘口にしたり、ウィスキー多めで辛口にしたり。サクランボジュースのような風味があるからおいしいよ」

 生前に飲んだお酒の感想を言うと、夜一がごくりと喉を鳴らした。
 説明している私も、なんだか飲みたくなってきた。

「面白そうな話っスね」

 突然、第三者の声がかかった。
 驚いて顔を上げると、真央霊術院の白打の試験会場で見かけた……浦原喜助。
 え、えええええ。マジかぁ。

「なんじゃ喜助。今日は呼んでおらんというに」
「いえいえ、ボクも食べに来たんですって。あ、ご一緒しても?」
「他所に行け。今日は結依と二人で飲むと決めている!」

 しっしっとお猪口を持っていない手で追い払う仕草をする夜一に苦笑してしまう。
 浦原は驚き顔で私と夜一を見比べている。

「夜一サン。いつ仲良く?」
「今日の午後じゃ。結依は面白いぞ。儂の奇襲を簡単にあしらう」

 絶賛する夜一の発言に、浦原は目を見張る。それはもう、カッと。
 意外と怖い顔で引き攣ってしまい、出羽桜をちびちびと飲んで誤魔化す。

「見たこともない治癒術もそうじゃな。あれは何じゃ?」
「あれはオリジナル鬼道だよ。普通の鬼道って詠唱が長いし。めんどくさいから作っちゃった」

 苦笑気味に言えば、今度は夜一も目を見張って私を凝視する。
 怖い。怖いからその顔やめて。

「面倒だからって作れるものっスか?」
「意外と面白いよ? 創作意欲が湧くし」

 小説の執筆のね!
 それは心の中で豪語する。
 明るく笑えば、二人は目をぱちくりさせた。

「……神童という肩書は本当なんですね」
「それ、嫌なんだけど」

 ムスッと口唇こうしんを尖らせて文句を言えば、浦原は興味深そうな視線を送る。

「結依は注目されるのが嫌なんじゃと」
「有名になりたいわけじゃないから。じゃないと穏便な人間関係が築けないし」

 私の言い分に、夜一はクツクツと喉を鳴らして笑った。
 そして、料理が運ばれた。

「わ、おいしそー」
「食えばわかるぞ」
「うん。じゃあ、いただきます」

 両手を合わせてまずは牛の叩きから食べる。弾力があって、特製のタレと薬味のネギと一緒に食べると最高。飲み込んだ後に出羽桜を飲むと、お肉の後味とお酒の風味がちょうどよく広がった。

「う、わぁ……何これ、すごくおいしい」
「おぬし、幸せそうに食べるんじゃな」
「だってこんなにおいしいの、久しぶりだから。……あ、芙蓉蛋おいしい。じゅわっとしてる。あんがトロッとしてて、出汁の加減が絶妙」
「表現がうまそうじゃの。儂にも一口」
「どうぞどうぞ」

 お皿を向ければ、夜一は一口とって食べる。行儀悪いと言うだろうけど、ここは大衆食堂。誰も咎める人はいない。

「む。……これはいい」
「だよねっ」

 出羽桜だと甘みを強く感じるけど、これはこれでいい。あーでも、しむらくは、さっぱりしたお酒がいいかも。カシスオレンジとか。私って酒好きだったっけ?

「すみません。芙蓉蛋と、それに合うお酒を」
「喜助、向こうへ行けと言ったじゃろうが」
「いえ、ね。先程聞こえたカクテルというお酒の詳細を聞きたくて。どのような道具が必要なのか。もしよろしければボクが作ります」

 浦原の発言に、私は目を丸くする。
 一方で夜一は、ニヤリと口角を上げた。

「言うたな。ならば儂は洋酒を手に入れるぞ」
「その時はボクもご一緒させていただいても?」
「許そう」

 ……マジか。えーと確かメモ用紙とペンがあったはず……。

 私は懐から小さな紙の束とキャップを付けた鉛筆を取り出し、まっさらなそれにシェイカーとミキシンググラスの詳細を書く。

「それは?」
「え? あぁ、鉛筆。現世で普及ふきゅうしている鉛を使った筆……と言えばいいかな? 鉛を凝縮させて、穴を空けた木材に流し込んで固めて。削るのに手間がかかるけど、持ち運びは便利だし、何より汚れにくい」

 書く時、削れた鉛が手につくときがあるけどね。
 瀞霊廷では普及されていないようだし、筆がいいのだろうけれど……筆ペンはまだまだ作られていないしなぁ。消しゴムはブラジル産だし。

「だいたいこんな感じ」
「……絵、上手いですね」
「鉛筆の方が書きやすいからかな」

 そう言って渡し、食事を再開した。

「結依。洋酒にはどれほど種類がある」

「えーっと。ウィスキー、ウォッカ、ジン、テキーラ、ブランデー、リキュール、ラム酒……くらいかなぁ? ブランデーは果実酒で、リキュールは果実と香草が原料。ラム酒はサトウキビが原料で、洋菓子に使われるくらいは覚えているんだけど」

 よくよく考えると、十六歳がお酒の話をするなんておかしいよね。
 まぁでも今は死神だ。関係ないはず。
 一種の悟りを開き、大人な会話とともに食事を楽しんだ。

 そんなこんなで、浦原喜助とも仲良くなりましたとさ。


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