出会いは日常の中で

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 入隊まで二ヶ月弱。その間の六週間で、真央霊術院のカリキュラムが終わった。
 意外と簡単だったというのが感想。そんな私に対して、十三番隊隊長と第三席である浮竹十四郎と志波海燕に驚かれた。

 入隊日まで斬魄刀『神桜』の卍解の習得に使った。これは瀞霊廷外でこっそりと。
 そして、あっという間に習得に至った。



「十番隊第四席、若桜結衣です。書類を届けに来ました」

 入隊式を終わらせてしばらく。
 一言告げれば入室の許可を貰い、隊長格専用の執務室に入る。
 執務室には、浮竹隊長と海燕が書類をさばいていた。

 浮竹隊長の量は少ない。それは病弱な彼に負担がかからないように、隊員達が工夫しているからだ。
 ちなみに海燕は第三席だが、副隊長代理も務めている。これなら副隊長に就いた方がいいのだが、彼は義理立てするからなぁ。

「早いな。入隊してまだ二月ふたつきに満たないのに」
「先輩達のアドバイスのおかげです」

 浮竹隊長の感嘆の声に照れ臭くてはにかみ、書類を提出。
 最終チェックで浮竹隊長が素早く目を通すと、一つ頷く。

 この仕草は「問題ない」という合格ラインを意味するようだ。

「字も綺麗で見やすく、内容も整っている。前から思ったが、若桜は文章を書くのが得意なのか?」
「え? まぁ……ぼちぼちですけど」

 実は前世から物書きが趣味で、転生した今でも小説を執筆している。死後である現在、現世で書き溜めていた原稿を持ってきたのだ。

 一度に文章を起こすのは難しいから、使い古した紙に下書きして、原稿に清書する。
 前世はパソコンというハイテクな道具があったけど、現在は明治時代。そんな便利なものはない。紙の価値も高いから、無駄に使えないのだ。
 地道だけど、そのおかげで頭の中で文章をまとめるのが得意になった。
 この過程も無駄ではないのだと思うと嬉しく思う。

 その時、海燕が自慢するように話しかけた。

「知ってるか? 浮竹隊長って小説書いてるんだぜ」
「えっ?」
「『双魚のお断り!』って題名で『瀞霊廷通信』に掲載されてるんだが……」
「何それすごい!」

 あ、思い出した。確か現在では珍しいアクションアドベンチャー小説だっけ?

「構想はどんなの?」
「主人公の双魚が村を守りながら悪人を懲らしめるっていう……」
勧善懲悪劇かんぜんちょうあくげき?」
「そう、それ。一話完結型で面白いって、特に子供に人気だぞ。単行本もあるし」
「帰りに買う。絶対買う」

 普通は雑誌から読むのだろうけど、雑誌は苦手だから単行本派である。
 まずは一巻から買おうと決めると、話題の中心である浮竹隊長は頬を染めて苦笑。

「海燕。そういう話は本人のいないところでやってくれ」
「すんません。でも、これを機に読者層がまた増えますよ。俺も愛読者っすから」
「へえ、そんなに長いんだ」

 私はファンタジーと現代アクションが得意だけど、現在流行している和風な感じは滅多に書かない。しかも長編大作だ。
 これを機に勉強して、私も一話完結型に挑んでみようかな。

 そんな予定を立てていると、外から微かな霊圧を感じた。
 扉――基本的に引き戸――から海燕側へ離れると、無遠慮に開いた。

「浮竹、いるかい?」

 入ってきたのは浮竹隊長と同じ年頃の男性。
 一つに束ねた黒髪に、もみ上げと連結した薄い口髭。頭にかさを被り、隊長羽織の上に、派手な女物の着物を羽織っている。

 もしかしなくても、わかる。
 彼は京楽春水。浮竹隊長と同期で、八番隊隊長を務める男。

 突然の訪問だったのだろう。浮竹隊長は目を見張った。

「京楽。どうしたんだ、こんなところに」
「いやぁ、最近調子いいって聞いてさ。久しぶりに飲み交わさないか誘いたくてね」
「酒か……そうだなぁ。卯ノ花隊長からも良好だと褒められたし、久しぶりに行くか」

 浮竹隊長が笑みを浮かべて言うと、京楽隊長は軽く目を見張る。

「卯ノ花隊長のお墨付き……そんなに快調なのは初めてじゃないか?」
 浮竹隊長は肺病をわずらって、ある方法で延命している。
 髪が白いのは病が原因らしい。

 病床にせっている日が多く、四番隊隊長・卯ノ花烈に治療されている。
 けれど最近は快調続き。先日の診察に来た卯ノ花隊長からも驚かれるほどだとか。

「今年の新入隊士の噂は聞いているだろう?」
「確か入学試験で初の全問正解者で、斬拳走鬼も全て最良で合格したっていう子だよね。学院の歴史で二人目の神童。しかも蒼純君の推薦で、十三番隊に席官入りしたって。もしかして、その子が?」

 海燕から聞いた話を思い出していると、浮竹隊長が口火を切り、京楽隊長が思い出す。

 あ、不味い。逃げよう。

 ――縛道の二十六『曲光』

『曲光』は、対象物を覆い、視認できないようにする縛道。
 かくれんぼに最適で、これを使ってお祖母ちゃんと隠れ鬼をして、一時間以上も見つからなかったらご褒美にお菓子・お小遣を貰えるという遊びをしていた。
 お祖母ちゃんも本気で探しにかかるから必死に磨いた鬼道だ。

 私は口パクで行使して、静かに執務室から退室した。

「ちょうどそこにいるんだが……ん? 若桜?」

 浮竹隊長の不思議そうな声に後ろ髪を引かれるが、なんとかその場から立ち去った。

「ふぅ。あっぶなぁ……」

 人気のないところで『曲光』を解き、席官専用の執務室に向かう。
 けれど、その道中で妙な気配を感じた。

 ……つけられている?
 察したが、なるべく平常心を心がけて角を曲がり、気配を殺して待機した。

 不意に、首筋に悪寒が走った。

「!?」

 脊髄せきずい反射で屈みながら振り向き、片足を水平に振るう。
 声もなく驚いた気配を感じ取り、その人物が動く前に服を掴み、腕を背中に回して壁に押さえつけた。

 ぐぅっ、と呻く声が微かに聞こえた。
 捕縛できてほっとしたが、視界に映る白い羽織に瞠目。

 ゆったりとした袖のある羽織の背中には――『二』の文字。

「うっ、わあああああっ!?」

 隊長羽織となると、相手が誰だか必然的に絞られる。
 私より若干背が低いけど、黒髪に褐色の肌の女性で誰だか判別できた。

 二番隊隊長・四楓院夜一。
 五大貴族の一つ、天賜兵装番てんしへいそうばんとして名高い四楓院家の初の女当主であり、隠密機動の総司令官、並びに第一分隊・刑軍の軍団長。
 元々四楓院家が瀞霊廷の暗部の総司令官を担っている。

 そんな彼女を、拘束した。

 これってやばくない!?

「ごっ、ごめんなさい! すみません!! 大丈夫ですか!?」

 思わず絶叫して、慌てて壁から離して容態を確認。
 外傷は見当たらないけど、頬が赤い。
 きっと壁で打ったのだと悟り、サァーッと血の気が引く。

「療式ノ弐『癒波』」

 頬に手を添えて独自で編み出した鬼道を使い、ものの数秒で治す。
 ぽかん、と目をぱちくりさせている四楓院隊長から手を離し、確認。

「他に痛いところは?」
「……ない」

 呆然とだが答えた四楓院隊長。
 肩の力が抜けて、深く息を吐き出した。

「おぬしが噂の新入隊士か?」
「……噂?」

 そういえば浮竹隊長もそんなことを言っていた気がする。

「真央霊術院の入学試験を全て最良で合格し、六年分のカリキュラムを僅か一月半ひとつきはんで済ませ、十三番隊へ席官として入隊した神童――という噂じゃが、合っておるか?」
「……神童以外は合ってます」

 どうして神童と称するのか解せない。私はただ、お祖母ちゃんの英才教育があったからこそ結果を出せたのに。
 渋面を作って言えば、四楓院隊長は呵々かかと笑った。

「面白い奴じゃな。この儂の動きに匹敵する者はそうおらん。それほどの実力を持つのであれば、二番隊に勧誘すればよかった」

 老人のような口調だけど品格は失っていない。
 気さくで飾らない在り方に、こっちまで感化されて自然と笑みが浮かんだ。

「私だと足を引っ張るよ」
「そうかの? ところで、おぬしの名は何と申す」
「十三番隊第四席、若桜結依と申します」

 改めて名乗ると、四楓院隊長は顔をしかめた。

「砕けた口調で良い。儂のことは夜一と呼べ」

 まさか初対面で気安い態度を求められるとは思わなかった。
 目をぱちくりさせ、迷いながら口にする。

「えーっと……夜一隊長?」
「夜一じゃ」
「……夜一」

 呼び捨ては逡巡しゅんじゅんしたが、梃子てこでも動かぬ意志を秘めた琥珀色の瞳に見詰められ、呆気なく折れた。
 だが、これでよかったのかもしれない。夜一が満面の笑顔を見せたのだから。

「夜一って笑うと可愛いね」

 凛としている雰囲気が強いのに、笑顔は太陽の様。
 自然と微笑んで言うと、夜一は目を丸くして口を引き結んだ。

「おぬし、もしやたらしか?」
「はい?」
「……ようわかった」

 何がわかったのだろうか。
 疑問符を浮かべる私に苦笑した夜一は、私の手を引いた。
 その先には、浮竹隊長と京楽隊長が……。

「よ、夜一? 何でそっちに……」
「良いから良いから。浮竹、京楽、探し人はこやつか?」

 ギャーッ!
 心の中で絶叫するくらい嫌なんだ。お偉いさんと対面するのは!

「若桜、一言もなくどこへ行っていたんだ」
「……すみません。なんていうか、危機的な何かを感じて……」

 謝って視線を泳がせると、私の手を掴む夜一が納得したように頷く。

「結依は注目されるのが嫌なんじゃなな」
「うん、嫌い」

 素直に頷けば、カラカラと笑う夜一。
 そんな私達に、二人の隊長は驚き顔。

「いつの間にそんなに仲良く……?」
「つい先程じゃ。それで、結依がどうしたのじゃ」

 夜一が促すと、浮竹隊長はぎこちなく頷く。

「ちょうどだから京楽に紹介しようと思っていたんだ」

 やっぱりそうか。
 項垂れたいけれど、それは失礼にあたるから礼儀正しく一礼。

「十三番隊第四席、若桜結依です」

 名乗って顔を上げると、京楽隊長は瞠目して固まっていた。
 私が首を傾げると我に返ったけれど、何となく初対面の浮竹隊長と同じ反応だった。

「はじめまして。ボクは京楽春水。八番隊隊長だよ」

 勝負フェイスとはこのことだろうか。キリリとした決め顔だ。

「結依ちゃんと呼んでいいかい?」
「あ、はい。お好きにどうぞ」

 あっさりした対応に、京楽隊長の背後にある薔薇の幻覚が散った気がした。

「結依はあっさりしておるな」
「え?」

 駄目だったのかな、と不安になるが杞憂のようだ。
 夜一は笑顔で、ぽんっと私の肩を叩く。

「今夜は暇か?」
「うん。本屋以外に行くとこないし」

 頷けば、夜一は満足そうな顔で言った。

「今夜は儂と外食に行くぞ。拒否権は無い」

 ……拒否権くらいください。


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