序章


 風を感じる。木の枝が擦れ合う音が聞こえる。
 目覚めると、淡い白銀の光と蒼穹そうきゅうが視界に映った。
 淡い光は雪。光を受けて降り注ぎ、風に乗ってキラキラと舞い踊る。

 驚いて起き上がると、自分の服装の違いに気づく。
 裾幅すそはばが広く、上品に雪の結晶の花を散らした白地の振袖ふりそでを淡青色の帯で締めている。
 寝転んでいた氷の花を咲かせた巨樹の枝から立ち上がると、綺麗な景色を一望できた。
 空の彼方まで澄み渡った蒼穹から降り注ぐ雪は美しく、所々に樹氷がいくつもそびえ立っている。
 チオノドクサという花がちらほらと咲く雪原は、光の反射でキラキラと輝く。
 奥にある広大な湖は不思議と凍ってなく、美しい青空を水面に映していた。

「美しい世界だな」

 心を奪われるほど美しい銀世界を眺めていると、突然聞こえた女性の声に驚く。
 きょろきょろと見回すと、目の前に不思議な女性がいた。
 肩で切り揃えた黒髪に黒曜石のような黒い瞳を持つ、中性的な和風の美女。
 幼子おさなごが着ている着物に似たような裾幅の広い振袖を着ている絶世の美貌を持つ彼女は、ニッと凛々しく幼子に笑いかけた。

「はじめまして。オレは氷沢雪華ひさわ せっかだ」

 男らしい口調で男勝りな態度で名乗った女性。
 女性的な和服を着ているが、中性的な美貌のおかげで違和感がない。
 不思議な人物に目をぱちくりさせた幼子は、我に返ると名乗る。

「えと……六華です。氷沢さんは……」
「雪華だ。呼び捨てで話せ。敬語も使うなよ。身内に余所余所しくされるの嫌いなんだ」

 顔をしかめてさえぎった雪華に、六華という幼子は戸惑いながら頷いた。

「で、まずは何が聞きたい?」
「……ここって、どこなの?」

 銀世界に迷い込む前は、普通に就寝したという記憶がある。
 なぜ見ず知らずの世界にいるのか不思議に思っていると、雪華は説明する。

「雪の適応者だけが持つ特殊な精神世界だ。オレは雪山の奥に屋敷が立っている精神世界だったが……六華の精神世界ほど美しくなかったな」

 精神世界と聞いて、六華は何となく理解した。
 この銀世界は自分が創り出した、特殊な世界なのだと。
 納得すると同時に、知らない単語に気づいてもう一度たずねる。

「雪の適応者って?」
「ある特殊な力を持つ炎の属性のことだ。大空、雨、嵐、晴、雷、霧、雲。これらを大空の7属性と呼ぶ。けど雪は7³(トゥリニセッテ)+αという特殊な属性だ」
「プラス……アルファ……」

 噛み締めるように六華は復唱する。
 彼女は生まれて数年程度しか経っていないのだが、理解しようとしていた。

「なぜオレがここにいるか。それは魂の断片として、お前の魂に宿っているからだ」
「……死者なの?」

 予想して言えば、「ご明察」と言う。
 死者が宿っているなんて驚きだが、どうして六華に宿っているのだろう。

「お前はオレを継ぐ、雪のリングの適応者にしてアルコバレーノ。そのサポートをするためにいる」

 思いもよらないことに目を丸くした六華だが、反論はしなかった。
 避けられない運命。決定された事項。
 理不尽だが回避できないのだと理解した六華は悟った。
 そんな幼子に、雪華は眉をひそめた。

「……怒らないのか? 図々しくお前に宿るんだぞ」
「だって、雪華は私のサポートをしてくれるんでしょう? 支えてくれるのに、怒るなんてしないよ」

 六華は心からの言葉を柔和な笑顔で言った。
 思わぬ言葉だったのか、衝撃を受けた雪華は目を丸くし、泣きそうな顔で笑った。

「六華が継承者でよかった」

 雪華の初めて見せる、女性的なはかない微笑み。

 次の瞬間、六華の意識は世界から切り離された。




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