変わらない朝


 不思議な夢を見た。美しい銀世界の中で、不思議な女性に会う夢を。
 あの銀世界は私の精神世界だと、女性は教えた。そして、その精神世界を持つ意味も。
 逃れられない宿命。
 避けられない運命。
 重苦しいと感じるけれど、私なりに頑張ろうと目覚めた時に決めた。



 ――お前が化け物を生むからだ。


 ドクッと、心臓が痛いほど跳ねた。
 心臓が嫌な音を立てて、その振動で勢いよく目覚める。
 胸の奥が早鐘のように脈打つ。嫌な汗が浮かび、呼吸が乱れる。

「っ……はぁー……ヤな夢……」

 深く息を吐き出して眩暈を感じて再びベッドに倒れると同時に、電子音が鳴り響いた。
 目覚まし時計を見れば、ちょうどいい時間帯に起きたのだとわかった。
 スイッチを切ってベッドから出て、クローゼットから服を取り出す。

 白い長袖の上にキャミソールワンピースを着て、短パンを履く。
 清楚で動きやすい服装は、ちゃんとコーディネートできていると鏡の前で確認して、最後に背中まである純白の髪をハーフアップに結わえ、髪型を整えた。

「……よし」

 満足した私――氷崎六華は準備が整うと1階に下りた。

 リビングに入れば、おいしそうな和食の香りが漂っている。
 お母さんはいつも遅くまで寝ているけど、今日は早く起きられたみたい。
 キッチンにいるお母さんは、私に気づいて笑顔を見せた。

「おはよー! 今日もかわいいわね、六華ちゃん!」

 艶やかな黒髪に綺麗な青い瞳の美女、氷崎清華さやか。子持ちとは思えない若々しさで、浮かべる満面の笑顔は無邪気でかわいらしい。

「おはよう、お母さん」

 笑顔を浮かべて挨拶すれば、お母さんは何度も頷いて喜ぶ。

 数ヶ月前まで、私は抜け殻のように感情が消えていた。
 今は少しだけでも笑えるようになったから、お母さんも安心してくれている。

「今日は和食?」
「そう」

 それを聞いて棚にある皿を取るために、棚に手を当てる。
 頭に入ってくる情報から一つの情報を限定して念じると、手元に和食用の皿が現れた。

「はい」
「ありがとう。上手くなったわね」

 異常なことなのに褒められたことが嬉しくて、頬を緩めてはにかむ。

 お母さんはグリルから焼き魚を取り出して皿に乗せるとテーブルに置く。
 完成した料理を食卓に並べ終わったところで、揃って手を合わせて食べ始めた。

「ん、このお味噌汁、おいしいね」
「ありがとう」

 照れくさそうに頬を染めてはにかむお母さん。
 ふと、お母さんは少しだけ心配そうな顔をした。

「今日も遅くなっちゃうけど、大丈夫?」

 お母さんは世界一有名な科学者で、各国からオファーが来ている。
 今は育児中だから国内の依頼を熟しているけど、やっぱり外国の仕事が多いみたい。
 母子家庭で頑張っているお母さんを困らせたくなくて大人しく頷く。

 けれど。

「嘘つかなくていいわよ」

 見抜かれてしまった。

「寂しい時は、ちゃんと『寂しい』って声に出して。じゃないとこっちも寂しいもの」

 人の心理に敏いお母さんの言葉は深い。
 取りつくろわなくても受け入れてくれるから心から安心できる。

「六華ちゃん、超能力の調子はどう?」

 私には秘密がある。
 それは生まれた時から周りに影響を与えるほど強い超能力を秘めていること。

 超能力は基本、念動力サイコキネシス、超感覚的知覚と呼ばれるESPがある。
 中でも私は基本的な念力とESP能力と、それ以外の能力を複数も持つ。

 PKである念力、ESPである遠隔精神感応テレパシー遠隔透視クレヤボヤンス予知プレコグ、その他に接触感応サイコメトリー瞬間移動テレポート、さらにヒーリングが使えるのだ。


 念動力は手を触れずに物体を動かす能力。

 遠隔精神感応は遠方にいる人間の精神と自らの精神を感応させて意思の疎通が行える能力。
 遠隔透視は千里眼と呼ばれることもある、遠方にある景色などを見通すことができる能力。
 予知はあらゆる未来を見通す能力。

 接触感応は手に触れたものの残留思念や考えていることを読み取る能力。

 瞬間移動は物体を瞬間的に移動させる能力。物体を飛ばすことも引き寄せることも可能。

 ヒーリングは対象の自己治癒能力に働きかけて活性化し、傷を癒すために促す能力。怪我のみならず病気にも効果があるが、かけられた本人に生きる意志がないと効果を発揮できない。


 私は、これらすべてを操る能力を持つ。

「……大丈夫だと思う」

 ただし、脳に多大な負担がかかってしまう。
 今は自由自在に操ることができるけど、まだ脳が幼いから不安定だ。
 限界を知らないから、どこまで伸びるか私でさえ知らない。
 それが、時々怖い。

「本当に六華ちゃんはいい子ね」
「そんなこと……」
「六華ちゃんは不安がると視線を下げる。その不安は誰かを傷つけないか恐れている。違う?」

 心理学をマスターしたお母さんには到底敵わないだろう。
 小さく首を横に振ると、お母さんは優しく微笑む。

「六華ちゃんなら大丈夫よ。六華ちゃんなら悪用しないって信じているし、何より私はお母さんだもの。愛娘を信じるのは当たり前」

 慈愛深い微笑みに心が癒される。私は小さく、ありがとう、と言った。



 私は、別の世界で生きた成人女性だった前世の記憶を持っている。
 いつの間に死んだのか記憶にない。しかも記憶も虫食いのように断片的でしかない。

 記憶の中には、この世界が漫画だという知識まである。

 好きな漫画の世界に転生トリップした時はすごく驚いたし、戸惑いもした。
 不安もあるけど、今は家族という存在があるため、頑張っていられる。

 たとえ公共施設に居場所がなくても。

 並盛幼稚園では、私は孤立していた。
 超能力云々より精神的に合わないし、溶け込めない。先生方から友達作りを強要されているけど、どうして気を許せない相手と馴れ合わないといけないのかはなはだ疑問だ。

 園内で問題視されている男の子の集団にちょっかいを出され、馬鹿にされる。
 先生は見て見ぬフリをするから、そんな彼らの言うことを聞く気になれない。

 結局、私は一人でいるしかなかった。




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